医学界新聞

看護のアジェンダ

連載 井部俊子

2023.03.27 週刊医学界新聞(看護号):第3511号より

 2023年1月末に届いたメールは私の心をざわつかせた。それによると,「看護職の仮眠,特に16時間夜勤においては仮眠を取得することが必須ですが,もともと3交代勤務であった病院が2交代にした場合に,仮眠場所が十分に整備されていないことは実態調査でも明らかです。夜間の患者を守る看護職が,きちんとした仮眠も取れずにソファやストレッチャーなどで寝ている現状を何とか改善したいと思いました」というのである。さらに看護職の長時間夜勤中に適切な仮眠を取ることは「看護職の健康はもちろんのこと,患者さんへのケアの安全,(ケアの)質に影響するからです」とある。

 私はこれまで,労働科学研究者の研究などをもとに「日勤―深夜」「準夜―日勤」「16時間夜勤」に関する問題を指摘してきた1)。しかし,「16時間夜勤」の改革はなかなか実現されないことも認識していた。私は現役の看護部長であった1994年頃に勤務体制の変革に着手し,変則2交代制を導入している2)。ここでは「変則」として12時間勤務や16時間勤務を病棟が選択していた。それから16時間夜勤が全国的に普及してきたが,記録をみると,私はすでに2007年頃に「12時間以上の長時間労働の問題が指摘されており,16時間夜勤はやめるべきではないかと内心考えている」と追記している2)

 このような経緯もあり,「16時間夜勤」には勝手に責任を感じてきた私にとって,前述のメールはやり残した宿題を突き付けられたように感じたのである。当時も「休憩室の整備が必要」という課題を残された問題点のひとつに挙げており,仮眠室の確保に苦労したことが思い出される。

 私のやり残した宿題に取り組んでいる研究班は,矢野理香教授(北海道大学大学院保健科学研究院基盤看護学分野/北海道大学副理事)とパナソニック株式会社エレクトリックワークス社ソリューション開発本部のメンバーである。いわば産学共同研究開発チームである。

 2023年2月,北海道の冬にしては珍しく暖かな日に私は札幌を訪れた。研究開発チームのプレゼンテーションを聞き,製品を試行した。

 研究開発チームは仮眠用に開発したキャビンの試作品をもとに病院で実証を行い,病院への導入課題を解決して,夜勤看護師用の仮眠環境システム(商品名:reCabinリキャビン)」を2023年2月に商品化した。そのコンセプトは,看護師が寝に行くところではなく「看護師を迎え入れてくれる空間」であり,リラックス・リフレッシュできて,再び使いたくなるようなキャビンとして開発された。説明によると,パナソニックの「光」「音」「風」「香り」のエキスパートが各々の知見を持ち寄り,緊張して寝つけない看護師に,狭いけれど豊かさのある新しいプライベート空間を創出したというのである。

 「入眠フェーズ」は,穏やかな灯りと落ち着いたサウンドが流れ,リラックスできる香りを乗せた微風が届く。「仮眠フェーズ」は,灯りが消えて真っ暗な中,静音が流れる。そして「起床フェーズ」では,朝日のような灯りと適度な刺激の自然風で目覚め,心地良いサウンドとすっきりする香りが迎えてくれる。こうした環境を体験した看護師(n=33)は,起床時の灯り(76%),入眠時の香り(61%)・サウンド(48%)・灯り(42%),起床時の風(36%)・サウンド(30%),時刻設定(64%)などが睡眠や休息に役立ったと回答している。

 ベッドの脇には,好みの空間を選択できるように操作パネルが設置されている。病院では厨房から病棟に食事を運ぶ配膳車があるが,reCabinもそのくらいの大きさである。扉を開けてラグジュアリーな個室空間に入るといった感じである。reCabinでは,休憩時刻や時間,気分や疲労感,仮眠の質や満足度を入力することができる。こうした日々の利用データをもとに職場の労務環境の改善や看護師のQOLを考えることができる。

 「2019年病院および有床診療所における看護実態調査報告書」3)によると,「仮眠専用の個室が必要数ある」と回答した施設は全体(n=1595)の20.7%,「仮眠専用の個室はあるが必要数はない」は9.0%,「個室はないが仮眠専用スペースがある」は25.6%,「仮眠専用スペースはないが横になれる場所がある」は38.6%,「仮眠できる個室や専用スペース,場所はない」は2.3%であった。

 夜勤中の仮眠環境別の離職率をみると,離職率20%以上の施設において,「仮眠できる個室や専用スペース,場所はない」施設の離職率は25.0%と高く,「仮眠専用の個室が必要数ある」施設では10.9%であった.

 reCabinは看護職だけでなく,当直明けの医師や,始業時刻の早い栄養士,その他の職種にも利用範囲を拡大することができる。職員の健康管理は医療安全に直結するものであり,看護管理上の課題のみならず病院管理上の課題でもあるから,reCabinの導入は病院が持つ課題ソリューションのひとつとなろう。

 当日この研究会に同席した現役の看護部長は,「16時間夜勤を選択する看護師たちは多く,シフトの変革は容易ではないこと,16時間夜勤を批判するのではなく,長時間体制の中でいかに良質な仮眠を取れるようにするかが看護管理者の課題である」と指摘する。そうか,と私は再び一撃を受けた。

 入院患者に対して24時間看護を提供するには交代制勤務体制が必要である。だからといって看護師個人がシフトローテーションをせずに,固定勤務帯を維持しつつ,24時間の看護提供体制を構築する方向性に移行できないものかと,新しい仮眠文化を創ろうとしている夜勤者のキャビンを前に,私は考え続けている。


1)井部俊子.看護のアジェンダ第75回『看護師の夜勤への警告 「日勤―深夜」「準夜―日勤」「16時間夜勤」』.週刊医学界新聞 第2921号.2011.
2)井部俊子.「看護幹部会」について 2交代制勤務の始まり.マネジメントの探究.ライフサポート社;2007.pp37-40.
3)日看協.2019年病院および有床診療所における看護実態調査報告書.2020.

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