レジデントのための心不全マネジメント
[第9回] 心不全患者さんの視点を意識して退院前指導をする
連載 北方博規
2023.03.13 週刊医学界新聞(レジデント号):第3509号より
薬物治療をしっかり導入しても,自宅で服薬管理ができず入退院を繰り返してしまう患者さんを経験したことはありませんか。心不全管理では,塩分制限,服薬管理,適切な運動など,患者さん自身が退院後に行う自己管理「セルフケア」が極めて重要であり,セルフケアが不十分な患者さんの死亡率や再入院率が高いことはよく知られています1)。入院中にうっ血を改善させ,ガイドラインが推奨する薬剤を導入しただけで満足しては,心不全マネジメントとしては不完全です。再入院を十分に予防できるかは,患者さんが退院後にセルフケアを実践できるかにかかっており,心不全の療養指導が鍵となります。
とはいえ,患者さんに求められるセルフケアの内容は多種多様であり,個々の特性に沿った質の高い療養指導をめざすには,単一の職種で実践することは困難です。そこで,専門職がそれぞれの強みを生かした連携が求められます。チームが機能するには軸となる人材育成が重要であり,日本循環器学会は2021年より心不全療養指導士の認定制度を導入しました2)。心不全療養指導士による各施設での取り組みが学会で徐々に報告され,より良い療養指導の在り方が議論されています。今回は,心不全療養指導をどのように進めるのか,患者さんの視点を意識してどう個別化するか,多職種によるマネジメントがなぜ大切かを記します。
療養指導をどのように進めるか
心不全増悪の早期発見には,体重,血圧・脈拍,心不全症状を自身で確認するセルフモニタリングが特に重要です。そうしたセルフモニタリングを進めるツールとして,日本心不全学会は「心不全手帳(第3版)」(以下,手帳)を発行しています3)。同ツールでは,心不全の定義の紹介から,病みの軌跡の図を用いた病態の解説,悪化を防ぐポイントや検査・治療薬,心臓リハビリテーションの紹介,日常生活上の心掛けまでを幅広く網羅しており,療養指導で“何をするか”がイメージできるようになっています(図)。患者さんには血圧や体重などのデータを毎日手帳に記入してもらいましょう。そして,記載いただいた内容を外来で一緒にぜひ確認してみてください。共に振り返ることは,セルフモニタリングの大切さを理解していただくためにも重要なポイントになるように感じます。
また手帳では,すぐに医療機関を受診すべき「安静時の息苦しさ・夜間の咳」などの危険な状態(レッドカード)や,「ここ数日で急激に体重が増えていないか」などの注意が必要な症状(イエローカード)を具体的な観察ポイントとして挙げており,療養指導の上では大変参考になるはずです。ただし,患者さんが判断に迷う状況も当然ありますので,病院受診のタイミングを具体的に伝える(例:1週間で2 kg体重が増えた場合)ことに加えて,医療従事者に相談できる窓口を伝えておくと良いでしょう。手帳は無料でダウンロードできますので,ぜひ確認してみてください(註)。
患者さんの視点を大事にする
療養指導では,私たちは「患者さんを支援する」という立場(医学生あるいは若手医師への上級医による指導と似ていると思います)で行う必要があると同時に,多くのことを患者さんに指導しなければなりません。手帳などの教育資材を用いて画一的に指導することは質を担保する上で重要ですが,患者さんの個別性を意識した指導も必要とされます。患者さんはそれぞれ特有の生活習慣があるので,どのセルフケア項目を守るのが苦手かは,人によって異なるようです4)。例えば,塩分制限を守ることに自信がないと感じている患者さんに対しては,何が制限遵守の妨げになっているかを掘り下げ,その障壁の克服に焦点を当てた具体的な指導を行うことが重要になります。どのような食事に塩分が多く含まれているのかが伝わっていなければ,栄養指導を適宜導入しながら食事と塩分に関する知識を拡充して理解してもらうなどのかかわりが必要でしょう。
中には,療養指導を受けることに対する意欲,姿勢,レディネス(学習に対する準備)が乏しい患者さんに遭遇する場合もあります。意欲が乏しいのは大きな問題ですが,その背景を探ることも必要です。例えば,「心不全が急性増悪を繰り返す」ことへの理解が十分でなく,増悪予防の必要性を認識できていないこともあります。このような場合は,まずは心不全の病みの軌跡を説明し,理解してもらうことが求められるでしょう。
興味深いことに,患者さんと医師とのコミュニケーションの質が,セルフケアの実践やその自信度と関連すると,さまざまな領域から報告されています4, 5)。患者さんがどのように療養指導をとらえているのか,心不全をとらえているのか。すなわち患者さんの視点を意識しながら,対話を工夫することが大切なのかもしれません。
多職種連携による高齢心不全患者のマネジメント
心不全療養指導士を中心とした多職種連携は,激増する高齢の心不全患者さんのマネジメントにおいて特に威力を発揮します。そもそも高齢患者さんと一言で表現しても,併存疾患やADLなどの身体機能を含め介入すべきポイントは十人十色です。そこで昨今では,「医学的要素(併存疾患・栄養・ポリファーシーなど)」「身体機能」「認知・精神機能」「社会環境」の4つの領域から高齢心不全患者さんをとらえ直し,包括的に管理する重要性が強調されています6)。例えば急性心不全による入院治療後ではADL低下が著しいケースが多く,理学療法士によるADL低下予防や離床プログラムなどの運動療法が重要です。栄養状態は身体機能に強く関係するため,管理栄養士による栄養指導も欠かせません。疾患が複数併存する場合はポリファーマシーを上手に避けるために,薬剤師による処方の見直しも求められるでしょう。さらに,身体・認知機能が低下している方では,独居など社会的に孤立している方も多く,退院後の転帰先の選定に難渋するケースもあるため,ソーシャルワーカーによるかかりつけ医との地域連携や社会支援強化が重要です。
多職種の専門性を生かした心不全マネジメントで重要なことは,「どのような治療を望んでいるのか」「限られた余生の中で何を大事にして生きていきたいのか」といった患者さんの価値観や治療目標を把握し反映していくことです6, 7)。したがって,各専門職がバラバラに介入するのではなく,相互に情報共有・意見交換し,個別化していくことが重視されます。
多職種連携で重要なカンファレンスの形態は,毎週あるいは隔週で開催する,入院患者を一人ひとり振り返るブリーフィングを行う,難渋症例に対してディスカッションポイントを絞って議論するなど施設ごとにさまざまと言えます。どの方法がベストというものはありませんので,各施設の特性に合わせて,より良い方法を模索することが大事でしょう。そうした議論の中心には心不全療養指導士の存在が必要であり,これからのさらなる活躍に期待したいと思います。
Take-home message
✓ 心不全手帳を活用しながら,心不全療養指導を深める。
✓ 患者さんの特性を踏まえて,療養指導を個別化する。
✓ 特に高齢心不全患者さんの場合は,個別の治療目標を意識して多職種で介入する。
註:外国籍の方のために英語と中国語にも対応しています(有料)。
参考文献・URL
1)Eur J Heart Fail. 2021[PMID:32945600]
2)日本循環器学会.心不全療養指導士Webサイト.
3)日本心不全学会.心不全手帳.2022.
4)J Cardiol. 2023[PMID:36241046]
5)J Am Heart Assoc. 2021[PMID:34238022]
6)J Am Coll Cardiol. 2018[PMID:29699619]
7)Circulation. 2012[PMID:22392529]
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