医学界新聞

多職種で支える誤嚥性肺炎のリハビリテーション

連載 國枝顕二郎

2023.01.30 週刊医学界新聞(通常号):第3503号より

82歳男性,高度進行期パーキンソン病と中等度の認知症あり。Hoehn&Yahr分類Ⅳ度。誤嚥リスクは高く,誤嚥性肺炎による入院を繰り返す。体重は徐々に減少し,るい痩が目立っている。経鼻胃管の自己抜去を繰り返していたことから胃ろうを提案したが,本人は「死んでもいいから食べたい」と話す。家族も本人の希望をかなえてあげたいと語った。

 がんを含む内科疾患,パーキンソン病を含む神経変性疾患や認知症の終末期には,しばしば経口摂取が困難になり,患者さんが「食べたい」と訴えても誤嚥リスクを考えると希望に応えられない場面に遭遇します。自己決定能力の障害を伴うことも多いです。このように方針を決める際に「何かモヤモヤする」と感じる場合は,背景に臨床倫理の問題(ジレンマ)が潜んでいる可能性があります1, 2)

 誰もが悩む状況では,倫理の視点で問題点を整理すると方針が見えてくることがあります。例えば「むせているが,年だから仕方ない(=評価をしていない)」とのケースをしばしば目にするものの,ageism(年齢による差別)やdementism(認知症による差別)に対する「倫理的気づきのなさ」が背景にある場合も少なくありません。本当に終末期だから食べられなくなったのかを評価する必要があり,「みなし終末期」は許されません。「倫理的な問題がないか」「目の前の患者の最善の利益(best interest)は何か」と,1症例ずつ冷静に見つめることが大切です。

 倫理的な議論において,正確な評価や診断,予後予測といった医学的事実と,倫理的価値判断とを分けて考えることは重要であり,倫理的価値判断を行うには医学的に正確な事実認識が求められます(図11)。一方で,正確な事実認識がなされていても倫理的価値判断は1つとは限りません。価値観や人生観の違いによって選択する方針が異なることもあります。ただし,嚥下障害の臨床では正確な医学的事実を明らかにしづらい点があることをあらかじめ理解しておく必要があるでしょう。

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図1 正確な医学的事実を明らかにすることと倫理的価値判断(文献1より転載)
「医学的事実(fact)」と「倫理的価値(value)」の区別をよく理解することが重要。

 終末期では,約70%の患者が自己決定能力を失うとされます3)。たとえ自己決定能力が不十分でも,自己決定が完全に不可能と判断されない限りは可能と考え,家族と共に自己決定の支援が行われます。つまり終末期の問題を考える時は,医療者と患者・家族,および医療者間のコミュニケーションが取れていることが大前提になるのです()。

 それでは冒頭のケースに戻ります。「死んでもいいから食べたい」との発言は,患者の真意なのでしょうか。「何となくではないか」「やけになっているのではないか」「本当に死ぬとは思っていないのではないか」「その後意思は変化していないか」など,信憑性の検討が必要です。医療者から十分な情報が与えられた末の意思表示だったのか,という点も確認が必要でしょう。

 自己決定能力は①選択を表明できるか,②情報を理解できるか,③状況を認識できるか,④論理的思考ができるか,の4要素で評価されます1)。本ケースでは「食べたい」という選択の表明はできていたものの,情報の理解,状況の認識,論理的思考は不十分と思われました。一方,長年連れ添う家族の意向は,本人の意向を十分反映するものと推察されました。

 次に示す臨床倫理の4原則は,各倫理原則の側面からどうとらえられるかを考えることで,問題の整理に役立ちます。原則はしばしば対立しますが,どの原則が優位に立つかは症例ごとに異なります。

①自律尊重原則:患者の意思を最大限に尊重する
②善行原則:患者の目標に照らし,最も善いことをする
③無危害原則:患者に害を与えない
④公正原則:全ての人を公平に扱う

 では,本ケースを医学的事項,患者の意向,QOL,周囲の状況に分け,臨床倫理4分割法を用いて整理します(図2)。「医学的事項」(図2左上)は,前述の医学的事実に相当し,倫理的な議論において最も重要です。図2を見ると,医療者の「肺炎や窒息を防ぎたい」という善行原則と,本人の「口から食べたい」という自律尊重原則が衝突しており,医療者の複雑な胸の内が明らかになります。こうした解決が容易でない問題を考える際に重要なのは,多くのスタッフで話し合うことです。臨床倫理カンファレンスは結論を出す場ではなく,問題点を整理し意見を出し合う場で,方針の決定に至るプロセスを重視しています。誰もが納得する結論を出すことは難しいですが,解決策を探るプロセスの中で,医療者や患者・家族がより納得できる方針を導き出せる場合があります。また,自由に意見を出し合うことで相互理解が深まり,方針のコンセンサスが見えてくることも多々あります。

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図2 冒頭のケースに対して臨床倫理4分割法を用いた問題の整理

 忘れてならないのは,4分割法はあくまで倫理的な問題点を整理し議論するためのツールであること。埋めることが目的にならないよう注意が必要です。臨床倫理カンファレンスがすぐ開催できなくても,日々のカンファレンスや患者さんの面談時に,倫理の視点で問題を整理することも有効でしょう。

 本ケースでは臨床倫理カンファレンスを経て,誤嚥リスクが最も低い摂食条件で経口摂取を継続することになりました。本人の「食べたい」気持ちはいくらか和らいだようでしたが,3週間後に誤嚥性肺炎が再燃し他界。家族は「最後まで食べられてよかった」と口にしました。本人も家族も満足し,感謝もされています。ただ,医療者の「これで良かったのか」というジレンマは和らいだものの残ったまま。この状態は医療者にとってストレスであり,燃え尽き症候群にもつながり得ます4)。近年では難しい判断を迫られる場面が増えており,倫理的な気づきを持った対応が一層求められるでしょう1)。臨床倫理を知って「正しく悩む」ことは,医療者を守ることにもなります。「もやもやした問題」に直面した時には,一度立ち止まり,じっくり考える時間を設けてはいかがでしょうか。

●臨床の中で,ジレンマに気づくことがまずは重要です。
●倫理的な視点で話し合うには,医学的事実と倫理的価値判断を分けましょう。
●臨床倫理カンファレンスでは,結論よりプロセスが重視されます。

中には家族関係が良好でないケースや,遺産相続や年金などのお金の問題が背景にある場合も見受けられます。あらかじめこのような点の確認は必要でしょう。

1)藤島一郎.摂食嚥下障害における倫理の問題.Jpn J Rehabil Med.2016;53(10):785-93.
2)箕岡真子,他.摂食嚥下障害の倫理.ワールドプランニング.2014;134-5.
3)N Engl J Med.2010[PMID:20357283]
4)板井孝壱郎.「倫理的ジレンマ」を解決するための方法.嚥下医学.2021;10(1):20-9.


誤嚥性肺炎の発症には嚥下障害だけでなくサルコペニアやフレイル,低栄養,ポリファーマシーなど,さまざまな因子が関連します。診療の質向上に向けては理学療法,口腔ケア,栄養管理,薬剤管理などの多面的なアプローチが重要です。ぜひ多職種によるチームアプローチに挑戦していただけたらと思います。

百崎良(三重大学大学院医学系研究科リハビリテーション医学分野 教授)

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