医学界新聞

レジデントのための心不全マネジメント

連載 河野隆志

2022.11.14 週刊医学界新聞(レジデント号):第3493号より

 外来通院中の心不全患者さんが「血圧は高くないのに,この薬を飲む必要があるのでしょうか?」とけげんに思って質問することは珍しくありません。レジデントの皆さんから見ても,患者さんが瞬時に良くなる急性心不全での利尿薬・血管拡張薬に比べると,慢性期の心不全治療薬は地味に映るでしょう。でも,生命予後改善に直結する薬剤は,是が非でも導入し,適切な量まで漸増しなければなりません。

 特に,選択肢が多数ある左室駆出率の低下した心不全(heart failure with reduced ejection fraction:HFrEF)の薬剤選択には配慮が必要です。HFrEFの発症・進展には,交感神経系,レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の賦活化が大きく関与しており,これに伴う進行性の左室拡大と収縮性の低下(左室リモデリング)によって,最悪の場合は死につながると考えられています。そのため,左室拡大の抑制と左室リモデリングの改善をめざした適切な薬剤選択が求められるのです。HFrEFに対してこれまでは,アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬/アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB),β遮断薬,ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)の基本3剤による治療が推奨されてきました(表1)。

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表1 代表的薬剤の用法・用量

 近年,学会や講演会でアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)やSGLT2阻害薬といった新規心不全治療薬の議論が盛り上がる一方,それらの使用根拠となるランダム化比較試験(RCT)では,「従来の心不全基本治療薬3剤を忍容性のある最大投与量まで増量する」ことが前提となっています1, 2)。つまり,古き良き心不全治療薬である基本3剤に関する情報を押さえておくことは重要なのです。今回はそうした心不全基本治療薬3剤に関して紹介をしていきます。

 まずは,従来の基本薬3剤を投与する際のポイントを確認しましょう。

ACE阻害薬/ARB:HFrEFに用いられるさまざまな薬剤は,ACE阻害薬が内服されている前提で証明されているために,「基本中の基本薬」と言えます。投与は低用量から開始し,副作用である,血圧低下,腎機能悪化,高カリウム血症が現れそうな場合は徐々に増量すべきです。ACE阻害薬とARBには同等の効果があるとされますが,ACE阻害薬で空咳が出てしまう場合にはARBを用いましょう。

β遮断薬:カルベジロールとビソプロロールのいずれかを使用します。うっ血の解除を確認後,少量から開始し,血圧・心拍数に注意しながら,数か月かけて徐々に増量します。うっ血の状態で勢いよく増量すると,心不全を悪化させる可能性があるので要注意です。身体所見を繰り返し確認し,丁寧かつ的確に病態把握することが,β遮断薬の用量調整に失敗しない鍵となります。時に,「ACE阻害薬とβ遮断薬は,どちらを先に始めるべきですか?」との質問を受けますが,いずれが先でも予後に大きな差はないことが明らかにされています3)

MRA:「心不全と言えばエース(ACE阻害薬)・ベータ(β遮断薬)」が頭に浮かび,MRAは忘れられがちです。後ほど話題にしますが,高カリウム血症や腎機能悪化に注意しながら上手に使用する必要があります。

 臨床現場での心不全薬物治療の実態を調査した観察研究が注目を集めています。HFrEFの外来心不全患者を対象とした米国での前向き観察研究 (CHAMP-HFレジストリ)によると,レニン・アンジオテンシン系阻害薬,β遮断薬,MRA全てに適応を有する症例のうち,これらの基本3剤全てで目標用量が投与されていたのは実に1%に過ぎないことが報告されました4)。目標に達していないにもかかわらず,十分に治療薬を使用していない(clinical inertia:臨床的惰性)医療者側の問題は確かにあります。一方で,RCTに登録される患者群には高齢者や併存疾患を有する方が組み込まれにくいなどの偏りがあるため,実臨床で使用する際の注意点も以前より指摘されてきました。

 例えば,RALES試験5)でMRAの慢性心不全予後改善効果が示された後に,実臨床におけるACE阻害薬(あるいはARB)とスピロノラクトンの積極的併用による血清カリウム値の上昇に伴う死亡・入院増加が報告されています6)。また,個々の薬剤により差はありますが,CHAMP-HFレジストリでは,高齢,慢性腎機能障害の症例ほど薬剤が投与されにくく,かつ用量も低い傾向が示され4),患者側要因が実臨床で心不全基本治療薬導入に影響していることもうかがえます。

 基本治療薬3剤の導入は重要ですが,RCTに組み込まれにくい集団で上手に導入・増量するには工夫が必要です。実際,米国心臓病学会からのエキスパートコンセンサスによれば,高齢者の心不全においては,ガイドライン推奨の薬物治療を試みるべきではあるものの,より低用量の使用を推奨しています7)。また,高齢者特有のリスク,すなわち併存疾患が多い,身体的な脆弱性(フレイル)が進行している点にも鑑み,リスク・ベネフィットのバランスを取る必要性が指摘されています。

 このように,高齢者の心不全に対する真の適切な薬物治療については曖昧な部分も残されている一方で,循環器内科以外の先生方にも理解しやすい適正使用法の提案が必要とも考えられてきました。適切性基準(Appropriate Use Criteria:AUC)は,標準的な客観的意見集約法によってエキスパートコンセンサスを視覚的にわかりやすい形式で提示したもので,循環器領域では米国での冠動脈カテーテル診療において広く活用され,診療の質向上に寄与しています。日本でも厚生労働科学研究「地域におけるかかりつけ医等を中心とした心不全の診療体制構築のための研究」の一貫で,心不全診療におけるAUCが策定され,年齢・腎機能・心拍数で分けたシナリオごとに「適切である」「どちらとも言えない」「適切とは言えない」の3段階で提示されています(表28)。主なポイントは以下です。

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表2 HFrEFに対する従来の基本薬に対する適切性基準(文献8をもとに作成)

MRA:75歳以上の高度に腎機能が低下(eGFR<30 mL/分/1.73 m2)したHFrEF患者には「適切とは言えない」と判定されている一方,85歳未満で中等度腎機能低下(30 mL/分/1.73 m2≦eGFR≦60 mL/分/1.73 m2)の症例であれば,「適切である」と判定されていること。

β遮断薬:75歳以上かつ心拍数50 bpm/分未満のHFrEF患者では「適切とは言えない」と判定されること。

 上記からもわかるように,基本薬3剤の投与は,意外と単純ではないのです。とりわけ高齢や併存疾患を有するなどのエビデンスが乏しい場合,個別の状態を踏まえた現場の医師の臨床経験による治療判断が重要となる場面も多いです。内科医の腕の見せどころとも言えますが,医師ごと,施設ごとの診療の質にばらつきが出やすい場面とも言えます。シナリオごとの適切性を提示したAUCは,判断に苦慮する際に役立つことが期待されますが,AUC自体の適切性も検証していく必要があると考えられています。


1)N Engl J Med. 2014[PMID:25176015]
2)N Engl J Med. 2019[PMID:31535829]
3)Circulation. 2005[PMID:16143696]
4)J Am Coll Cardiol. 2018[PMID:30025570]
5)N Engl J Med. 1999[PMID:10471456]
6)N Engl J Med. 2004[PMID:15295047]
7)J Am Coll Cardiol. 2021[PMID:33446410]
8)ESC Heart Fail. 2021[PMID:33201597]

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