医学界新聞


“Exercise Oncology”生涯にわたる運動の実践へ

対談・座談会 高野利実,越智英輔,辻哲也,志賀太郎

2022.09.05 週刊医学界新聞(通常号):第3484号より

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 運動腫瘍学(Exercise Oncology)をご存じだろうか。運動によるがんの予防,がん治療中の副作用の軽減,がん治療後のQOL向上などを目的とした学問で,米国ではがん患者が治療を受けた帰りにスポーツジムに寄り,汗を流すことも珍しくない光景だ。一方,日本では医療者が運動を推奨することはあっても,積極的に運動するがん患者は多くないのが現状だろう。米国で運動腫瘍学の有用性への認識が広まる中で,日本での認知度をどのように高めていけばよいか。

 本紙では,腫瘍内科医としてがん診療に携わる高野利実氏を司会に,がんサバイバーへの運動介入を研究する越智英輔氏,がんのリハビリテーション(以下,がんリハ)の第一人者である辻哲也氏,がん患者の循環器診療を行う志賀太郎氏による座談会を企画。国内における運動腫瘍学の発展の可能性を議論した。

高野 本日の座談会では,運動腫瘍学とは何か,また国内における今後の発展について議論したいと思います。1990年代以降,がん患者やがんサバイバーに対して運動が及ぼす効果について,米国をはじめ世界中で数多くの研究が実施されてきました。その結果,運動を実施することで体力の向上や身体機能の回復,がん関連疲労の軽減などがみられ,運動はがん患者やがんサバイバーが抱えるさまざまな課題を解決することがわかっています。米国ではこれら運動腫瘍学に関する研究が盛んな一方で,本邦における認知度は高くない現状があります。

 は運動腫瘍学の概念を示しており,本座談会に向けて私が作成したものです。人はがんを発症する前の「がん予防」の段階からCancer Journey(がんとの共生)が始まっており,「がん治療」「がんリハ」「緩和ケア」「がんサバイバーシップケア」の全てに運動腫瘍学がかかわっていることを示しています。越智先生,運動腫瘍学の成り立ちを教えてください。

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 運動腫瘍学の概念図(高野氏作成)

越智 運動腫瘍学の成書『Exercise Oncology』(2020)の著者Kathryn Schmitz氏は,手術,化学療法,放射線療法に加わるがん治療の第4の柱として運動を挙げています。かつて,がん患者が運動を実践することはそこまでポピュラーではありませんでした。しかし,現在では化学療法の遵守率や治療完遂率が向上し,副作用の軽減や再発率の低下を目的に運動を実践する有用性が医療者にも少しずつ認識されてきたのだと思います。

高野 越智先生の分析を支持するように,今年,米国臨床腫瘍学会から発表されたガイドラインでは,がん治療中の運動が強く推奨されました1)。本ガイドラインによれば運動による副作用はほとんどなく,心肺・呼吸機能が向上し,QOLが良くなることがエビデンスをもって示されています。

越智 ガイドラインで推奨される運動は,ウォーキングやサイクリングなどの有酸素運動と,ダンベルやバーベル,マシンなどで実施する筋力トレーニング(以下,筋トレ)の2つですね。有酸素運動と筋トレを組み合わせることが推奨されます。

高野 運動腫瘍学をテーマに議論していく上で,がんリハとの連携を意識しておく必要があると思います。がんリハにおける運動療法の位置づけについて,辻先生から教えてください。

 がんリハの中で運動療法は大きなウエイトを占めるものの,作業療法や言語聴覚療法などもあり,施術のうちの一つという位置づけです。また,運動腫瘍学と大きく異なるのは対象者でしょう。がんリハはがん治療中の患者に行われ,がん予防を目的とする方やがん治療を終えたサバイバーは対象から外れます。

高野 運動腫瘍学の対象を考える上で重要なことは何でしょうか。

 医療と非医療の境目を意識することです。患者の経過によって運動の目的が異なり,実施される運動の質や量が変わってくるからです()。がんリハにおける運動療法には,段階的な治療のレベルが存在します。表は右の列にいくにつれて徐々に医療から非医療に移行しており,がんサバイバーの方が生涯を通して運動を習慣化していくことについては,運動腫瘍学が担っていきたい範囲です。

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 がん患者に対する段階的なリハビリテーション治療のレベル(2016年の米国リハビリテーション医学会議による発表をもとに辻氏が作成)

志賀 運動介入の一般的な対象として,がん治療が概ね終了した比較的元気な方を想像しやすいと思います。そうした方々は,体力が回復していますので,運動の提供はしやすい。運動腫瘍学の対象をがんサバイバーのみとするのであれば,きっと学問として構築していきやすいでしょう。しかし当然,全員ががんを克服するわけではなく,中には緩和ケアが必要となる方もいます。つまり,運動腫瘍学で特に議論が必要なのは,がん治療中の患者への運動介入です。患者によってはがん治療の影響で体力が低下していること,そしてその低下の度合いも個々で異なります。がんサバイバーと治療中の患者への運動介入では,実施すべき運動が全く異なり,その方法を一般化することは容易ではないのです。

 同感です。がんサバイバーにはある程度運動を統一してプログラムを作成しやすいですが,治療中の患者にはテーラーメイドなプログラムが必要になるでしょう。

高野 がん治療中の患者は,抗がん薬の副作用で心臓や血管が傷害されます。そうした化学療法中のがん患者に対してどのように運動介入すべきか,腫瘍循環器学(Onco-Cardiology)を専門とされている志賀先生はどう考えますか。

志賀 ほとんどのがん治療薬に心毒性があると言っても過言ではなく,中でもアントラサイクリンによる心毒性は有名です。こうしたがん治療薬による心毒性に対して運動介入の意義が期待されています。各がん治療薬によって心毒性の病態は異なり,それに対する運動介入の理想的アプローチ法も異なってくると思います。エビデンスの集約により将来的にはがん治療薬ごとに運動介入の形式をパターン化できると理想でしょう。最近では,このような心毒性のリスクがあるがん患者へ心臓リハビリテーション(以下,心リハ)を考慮した運動を提供するCORE(Cardio-Oncology Rehabilitation)という考えが提唱され始めています2)

高野 詳しく教えていただけますか。

志賀 がん薬物療法などによる心毒性のリスクを持つ患者にも心リハを提供するというコンセプトで生まれたのがCOREです。がんリハと同様に,COREでも診断初期から運動介入することで心毒性のダメージを軽減できるのではないかと考えています。一般的に心リハでは心肺運動負荷試験(cardiopulmonary exercise test:CPX)により,その患者の適切な運動処方を決定します。しかし,がん患者全て,特に副作用を伴うがん薬物療法中の患者全てにCPXを行うのは現実的ではありません。心リハの観点を盛り込んだがん患者への運動介入については,がんリハの専門家との議論が必要になるでしょう。

 同感です。治療中の患者への運動介入で必要となるのは,がん治療初期の段階で治療前から心機能が低下している患者のスクリーニングです。最近は高齢のがん患者が増加しているので,そうした患者をいかに見極めるかが問われます。

志賀 辻先生のおっしゃる通り,心...

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がん研究会有明病院 乳腺内科 部長

1998年東大医学部を卒業後,同大病院で研修。2002年国立がんセンター中央病院内科レジデント。日本での腫瘍内科の発展に尽力し,05年には東京共済病院,08年には帝京大病院に腫瘍内科を,10年には虎の門病院に臨床腫瘍科を開設する。20年より現職。21年より院長補佐。

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法政大学生命科学部・大学院スポーツ健康学研究科 准教授

2002年岡山大卒。07年東大大学院総合文化研究科にて博士号を取得。17年から国立がん研究センター,米カリフォルニア大ロサンゼルス校で運動腫瘍学を学ぶ。専門は運動生理学。現在は乳がんサバイバーへの運動プログラムの開発に取り組む。16年より現職。

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慶應義塾大学医学部 リハビリテーション医学教室 教授

1990年慶大医学部卒。2002年静岡県立静岡がんセンターリハビリテーション科部長時代にがんリハと出合い,現場のニーズを実感。05年慶大リハビリテーション医学教室へと戻り,がんリハ全般のエビデンス構築に励む。20年より現職。

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がん研究会有明病院 腫瘍循環器・循環器内科 部長

1999年金沢大医学部卒。2008年東大大学院医学系研究科修了。10年に東大病院循環器内科助教。13年がん研究会有明病院総合内科循環器内科に赴任。同科副医長,医長,副部長を経て,17年より現職。21年より院長補佐。腫瘍循環器学(Onco-Cardiology)に精通。

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