睡眠外来の診察室から
[第2回] 「仕事中寝てしまうので受診するように言われた」(松井健太郎)
連載 松井 健太郎
2022.05.09 週刊医学界新聞(通常号):第3468号より
医学部5年生では病院実習が本格的に始まる。
あれは私が実習で泌尿器科を回っていた時である。昼休みに図書館のソファでちょっと休んだつもりが,気付いたら夕方になっていた。
何を隠そう,ぐっすり眠ってしまっていたのであった。私はウソがつけないたちなので,すぐに指導教官の若い先生に謝りに行った(真剣に怒ってくださった。ありがたい限りである)。
大いに反省したので,すっぽかしはその後しなかった(と思う)。しかし,代わりにいつでもどこでも突然寝てしまうようになった。ある時,ローテート先の外科の先生から「君は睡眠の病気,例えばナルコレプシーではないか」とお声掛けいただいた。すると私が返事をする前に,同期の友人がこう言ったのであった。「いえ,彼は単に寝てないんです」。
全くその通りなのであった。そもそも私は自己評価が著しく低く,何か資格でも取らない限り社会の荒波に揉まれて野垂れ死んでしまうだろう,と医学部を志願した口である。「医師」にはピンとこない。タイムリミットは迫る。卒業が近づくとともに「明日死ぬくらいの勢いで生きねばならぬ」と思うようになった。そこで極端な夜更かしをしていたのである。深夜3~4時までやりたいことをする。そして8時前後に起床してギリギリで大学病院に行く。連日4~5時間睡眠であった。
妙に根性がある(現実逃避していた)私は,1年以上にわたり短時間睡眠の習慣を継続したのであった。その結果,私は以下のことを見いだした。
①いつでもどこでも寝られる。
②眠気はモチベーションに関係なく生じる。絶対に寝てはいけない場面でも気付くと寝ていることがある。
③寝入り際に夢が生じる(グループでの講義中,いないはずの同級生がいたと誤認したことがある)。
④短時間睡眠を連日続けたからといって慣れることはない。
これらの症状は,慢性的な睡眠不足において典型的なものである。①~③はナルコレプシーのような中枢性過眠症の臨床症状と区別がつかない。③は特に興味深い所見で,慢性的な睡眠不足から代償的にREM睡眠が生じやすくなる反跳現象(REM rebound)である〔Front Endocrinol(Lausanne). 2016[PMID:28066328]〕。入眠期にREM睡眠が生じやすい疾患と言えばまさにナルコレプシーであり,類似した現象と言える。
「仕事中寝てしまうので受診するように言われた」
さて本題である。上記を訴え,睡眠専門外来を受診する方がたくさんいらっしゃる。その中には,かつての私のような慢性的な睡眠不足の人が少なからず含まれるのだ。
睡眠不足のダメージは蓄積する。借金のようにじわじわと蓄積していくことから,これを「睡眠負債(Sleep debt)」と言う。6時間睡眠を10日ほど続けると,1晩徹夜したのと同じくらいのパフォーマンス低下が生じると報告されている(Sleep. 2003[PMID:12683469])。よく「睡眠時間を延ばしてみましたが,眠気が改善しませんでした」という話を伺うが,慢性的な睡眠不足では,例えば数日程度,12時間睡眠をとったとしても睡眠負債は解消されず,日中の眠気の改善は得られないのである。
望ましいとされる睡眠時間は,中学生・高校生で8~10時間,大学生・勤労世代で7~8時間である(Sleep. 2004[PMID:15586779])。なので,日中の眠気が生じている場合,連日8時間以上の睡眠(目標9~10時間)を最低1か月は確保していただき,過眠症状が改善するかどうかを確認してみてほしい。
余談であるが,④「短時間睡眠を連日続けたからといって慣れることはない」のも非常に貴重な経験であった。1日当たり3~4時間睡眠でも,日中の機能障害が生じない「ショートスリーパー」と言われる体質の人はいる。近年,その関連遺伝子も報告された(Science. 2009[PMID:19679812],Neuron. 2019[PMID:31473062])。一方で,私は自身の体験から,「ヒトは後天的にショートスリーパーにはなり得ない」が真実であると思う。確たるエビデンスがあるわけではないので,身をもって連日の睡眠不足を体験していただくのも良いと思う。ただし,友人が居眠り運転による自損事故で亡くなり悲しい思いをした私としては,ぜひ安全に気を配り,自身や近しい人,もしくは見知らぬ人を不幸に巻き込まないように注意していただきたい。
なお,睡眠時間を延ばしたところ私の過眠症状は改善した。また,医師になってみたら思いの外楽しかった。私と似たような考えの医学生の方は,生き急ぐことなく,存分に寝ていただけたら幸いである。
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