睡眠外来の診察室から
[第3回] 「おとなしい子なのに,朝起こそうとすると人が変わったように暴れる」
連載 松井 健太郎
2022.06.06 週刊医学界新聞(通常号):第3472号より
私たち夫婦には5歳の娘がいる。プリンと果物が大好きな,かわいいかわいい娘である。好きな果物はランブータン。マニアックなチョイスなのは図鑑に載っていたためである。また,恐竜にも造詣が深い。「パラサウロロフスは?」「ディメトロドンは?」と生存した時代を問い掛ければ,「白亜紀」「ペルム紀」と即答してくれる。好きな恐竜はギガントサウルスである。これも図鑑で得た知識のようだ。何かとマニアックなので保育園では少し浮いているかもしれない。が,かわいい。本当にかわいい。
そんな娘は私に似て寝付きがよく,いつも朝までぐっすり寝ている。幸せそうな寝顔である。かわいい。
ところがある時,あれは夜の23時ごろであった。ぐっすり寝ていた娘が突然,「いやだああああ!!!」と大声を上げて泣きだしたのである。妻が抱きしめ「どうしたの?」と問い掛けるがおうおう泣いている。そのうち泣きつかれたのか寝たので,「悪い夢でもみたのかねえ」などと言いつつ,私たち夫婦も寝ることにした。
しかし夜1時過ぎに再びおうおう泣き出すではないか。すわ何事か。わけも話さず号泣しているので,「何かストレスを抱えているのかな……」と不安になる。妻も心配そうである。
翌朝,「昨日,すごく泣いてたね」と娘に言うと「え?」と言う。「ぐっすり寝られた?」と聞くと「うん」。全く覚えてないのである。これには夫婦でびっくりしてしまった。
これは「夜驚」である。正式な病名は「睡眠時驚愕症」。知識としてはもちろん知っているのだが,まさかわが娘に生じるとは。
睡眠時驚愕症は,徐波睡眠期(深いノンレム睡眠)からの不完全な覚醒によって生じると考えられている(American Academy of Sleep Medicine. International Classification of Sleep Disorders, 3rd ed. American Academy of Sleep Medicine;2014.)。徐波睡眠は非常に深い眠りである。通常は何をしても目覚めない。そこに何かしらの強い覚醒刺激が入ると,中途半端に覚醒した状態となる。そして無意識のうちに泣き叫ぶ・悲鳴を上げるのが睡眠時驚愕症の特徴である。
「おとなしい子なのに,朝起こそうとすると人が変わったように暴れる」
外来診療の場面では,上記のように話される親御さんにしばしば出くわす。
朝決まった時間に子どもが起きてこない。これでは遅刻してしまう。両親が起こしに行くが,なかなか目覚めない。大声で呼べば暴言を吐き(例:「うっせえババア!」),体を起こせば暴れ,時には父や母を殴ったり蹴ったりする。しかし覚醒した後は覚えていない。同席するご両親は,「まるで人格が変わったようで不気味で……」と心配そうにされている。そんな子どもの姿と向き合うのに疲弊し,朝起こすのを諦めているケースも多い。
これは「錯乱性覚醒」と言う。機序は睡眠時驚愕症と同様である。錯乱性覚醒は寝ぼけてつじつまの合わないことを言ったりおかしな行動をしたりする疾患で,気持ちよく寝ているところを起こされることで非常に不快な情動が喚起され,寝ぼけて脱抑制状態であることも相まって,暴言や暴力につながるのである。
起こそうとすると暴れる子どもは,①慢性的な寝不足,もしくは②睡眠・覚醒リズムの後退が顕著で,社会的に望ましい時刻に入眠・起床できない「睡眠・覚醒相後退障害」を呈していることが多い。外来ではそれらの改善をめざしていく。
睡眠時驚愕症,錯乱性覚醒自体は多くが成長とともに自然に消失する。これは徐波睡眠が加齢とともに出現しにくくなるためである。そのあたりを十分に説明し,ご両親に安心していただく。
ただし,成人期の症例(まれだが成人期に発症するケースもある)では,夜間の異常行動が慢性化することがあり,原因検索が重要となる。①睡眠・覚醒の移行を妨げるような要因(過度な飲酒・一部の睡眠薬使用など),②急な覚醒を促す要因(閉塞性睡眠時無呼吸など)の両方が夜間の異常行動を惹起しうるほか,③心理社会的ストレス要因も準備因子となる(Clocks Sleep. 2018[PMID:33089156])。対応に苦慮した場合は専門医への紹介をご検討いただけたらと思う。
なお,かわいいかわいいうちの娘は寝起きがとても悪いので,毎朝私はボコボコに蹴られている(無理やり起こす私が悪い。妻はもっと上手である)。これも錯乱性覚醒である。もっと早く寝かせて睡眠時間を延長すべきなのだ。自分のコラムは,時に耳が痛いものである。
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