医学界新聞

ケースで学ぶマルチモビディティ

連載 大浦 誠

2022.03.14 週刊医学界新聞(レジデント号):第3461号より

60歳男性。会社員と農家を兼業。妻と2人暮らし。隣県に住む長男夫婦が出産を控えており,孫の顔が見られることを楽しみにしている。50歳より2型糖尿病,高血圧,脂質異常症,アルコール性脂肪肝,COPDのため内科通院中。55歳時に早期胃がんの診断で内視鏡的粘膜下層剥離術。喫煙は1日10本を30年。日本酒は2合/日。父親に大腸がんの既往あり。禁煙には興味なし。休肝日も設けてくれそうにない。【処方薬】一般内科でエナラプリル,ロスバスタチン,メトホルミン,ロキソプロフェンナトリウム,オキシコドン,エソメプラゾール,デキサメタゾン,チオトロピウム吸入。

本連載第14回のCASEの10年後の話です。

 2年間にわたる連載はこれで最終回になります。総合診療医である筆者が実践しているマルモの診かたをマルモのトライアングルという形で紹介してきました。これは総合診療医の間でもまだ十分に体系立てられていません。マルモ診療をケーススタディ形式で振り返り,言語化や概念化をすることでようやく見えてきた枠組みは,これまでに類をみないものであります。

 多数の病気を一つひとつ考えるよりも,パターンに当てはめて全体像の把握を優先したマルモのプロブレムリスト。患者に治療やアドバイスをする際に「やりすぎていないか,患者の持っている力を伸ばせないか」という視点で考えるマルモのバランスモデル。実際にやりすぎていることは減らす,1つの介入で大きな効果を生むアプローチは何かを考える四則演算。これらの考え方を用いて事例をひもといていくことにより,マルモのアプローチのイメージが深まったと思います。

 今回は最終回らしく,マルモを診る上で本当に大事なこと,すなわち「マルモのトライアングルを埋めること」ではなく,3つの視点を持つことについて解説します。

マルモの考え方はMECEではなく「患者の視点」「医師の視点」「メタの視点」

 読者の中には「連載の中で,パターンに当てはめよう,トライアングルで考えようなどと言っていたのに,それが大事ではないとはどういうことだ」と思われる方もいるのではないでしょうか。一般的にフレームワークと呼ばれるものは,「漏れをなくすため」に考えられています。ビジネスの世界ではMECE(Mutually:お互いに,Exclusive:重複せず,Collectively:全体に,Exhaustive:漏れがない)と呼ばれる考え方があります。考えが漏れなく,かつダブらないようにするために有効であり,鑑別疾患を漏れなく挙げるのにも通じるでしょう。

 一方で,マルモのトライアングルを「まずは問題点を整理し,パターンと介入点を見つけよう」と始めると,漏れがないかのチェックはできるのですが,十分に確認したことにはなりません。そこで大事なのは「患者の視点」「医師の視点」「メタの視点」です。単にトライアングルを埋めるのではなく,これらの視点を常に頭に浮かべながらさまざまな方向から検討することが重要なのです。

【患者の視点】バランスモデルを眺めながら患者の人生を想像する

 患者の視点でマルモをみるには,想像力が不可欠です。例えば「60歳男性」のCASEで何を想像しますか? 主訴から鑑別疾患を挙げたり,併存疾患と年齢から治療の適応を考えたりする人もいるでしょう。マルモ診療においては「どんな人生を歩んできた方だろう」という視点で具体的に想像します。本連載第12回の「つなナラ」で紹介したような,どのような仕事をしていて,何人家族で,家族の中ではどのような役割で,どんな地域に住んでいるのかという視点です。

 「そんなことは医療に関係ないのでは」と思われるかもしれませんが,薬を出すにしても「職場が遠距離で帰りが遅く,夜に薬が飲めない」ということもあるかもしれません。あるいは「工場勤務で食堂には麺類か定食しかないので,食事指導は難しい」という場合もあるでしょう。父親の介護をしている,早期定年で趣味を楽しんでいる,孫の面倒を見るのが楽しみ……。こうした仮説を基に患者を理解することで,より個別性の高いアプローチを提供できるのです。患者がどのような治療を希望しているか,ひいてはどのような人生を希望しているのかをイメージできるようになりたいものです。

【医師の視点】プロブレムリストを眺めながら,疾患パターンを中心に今後起こり得る病態を予測する

 医師の視点でマルモを診るには,併発する可能性のある疾患をいかに予測できるかが重要です。

 例えばプロブレムリストで心疾患/腎/代謝パターンが多い糖尿病患者がいたとして,糖尿病の治療目標と降圧目標を設定して,神経障害の確認でモノフィラメントを使用したり,眼底検査を行ったり,微量アルブミン尿のフォローアップをしたりするのは教科書的アプローチです。

 一方で,マルモ診療の発想では予想範囲をさらに拡大します。心疾患なら例えば弁膜症や虚血性心疾患や慢性心房細動の発症がないか,老年症候群で特に多い褥瘡や栄養失調,認知症,失禁,フレイルやサルコペニアはないか,またはがん検診や禁煙,禁酒などヘルスメンテナンスを行っているかなどを検討します。「今起きていること」をみるだけでなく,「今後起きそうなこと」を事前に予想し,それが起こったらどうアクションをするかを考えておくと良いでしょう。

【メタの視点】第3者の視点で,外来・医療機関・地域・国までイメージする

 最後の「メタの視点」は,「ある見方に固執せずに,その見方そのものを見直す観点を持つ」ことです。

 患者の視点で考え,生活をイメージするのもメタの視点と言えるのですが,患者の視点はあえて脇に置いて,何か別の見方ができないかと考えることを示します。具体的には,外来全体の視点を例にすると,この患者さんには今日の外来患者の中でどのぐらい時間をかけようか。次に待っている患者さんはバスの待ち時間を気にされる方だから,この方の今回の外来はあえて短時間で終わらせ,次の患者さんを早く診ようといった視点です。外来のマンパワーが少ないので検査は少なめにしようとか,担当する看護師の得意なところを活かそうとか,特定の曜日には非常勤の専門外来があるからそこで相談しようと考えることによって,外来のマネジメントにつながります。

 病院や診療所であれば,検査やスタッフ,臓器別専門医のリソースも意識しなければなりません。地域の特性や文化も,患者の受療行動に影響を及ぼします。都会か田舎かで専門家の分布や,医療に対する患者の期待値も異なるかもしれません。国民皆保険,フリーアクセスという日本の医療制度を意識した診療も必要になるでしょう。さらに言えば,地球の気候変動を意識した薬の量の調整や,環境に配慮するアプローチも考えたくなるでしょう。

【患者の視点】60歳ということで,定年後の過ごし方について聞いてみた。「農業に専念したかったのでまだ元気でいたい。初孫の顔を見るのも生きがい。早期胃がんを発見してもらったこともあるのでがん検診は受けたい。禁煙なんて考えたこともなかったが,そろそろ親が亡くなった歳に近づいてきたので禁煙を真面目に考えてみようかな。近所の農家との付き合いで飲み会があるが,飲酒はその際だけにすることができるかもしれない」とのこと。

【医師の視点】糖尿病の管理は妥当。糖尿病関連疾患のスクリーニングはできている。範囲を広げるなら胸部聴診や心電図での心疾患のスクリーニング,脳血管疾患予防を意識した高血圧管理,閉塞性動脈硬化症の契機となる間欠性跛行やフレイル,サルコペニアの確認も重要だろう。定年後のメンタルヘルス(うつ病予防など)も確認が必要。ヘルスメンテナンスとしてがん検診は成功しそう。禁酒は難しそうなので段階的に介入。COPDもあるので禁煙のチャンスは狙っていきたい。

【メタの視点】妻は元気なのだろうか。孫が生まれたことによって家族バランスが変化し,長男夫婦が今以上に実家にかかわらなくなるかもしれない。外来自体はそれほど混んでいないため,次回は妻のみから情報を得てみよう。今のところは診療所でのかかわりで十分だが,早期胃がんの時には近隣の病院との連携も必要になった。地域の飲酒・喫煙率の高さを考えると,同様のケースも増えてくるだろう。禁煙指導やがん検診の利用率UPのために病院の保健師と診療所で意見交換をしてみよう。通院頻度が増えると,車での通院による温室効果ガスも増えるだろう。待ち時間の治療負担も考え,病状が安定してきたら通院間隔をなるべく延ばしていこう。浮いた時間をどう過ごしたいのか,生きがいも聞いてみよう。この地域には社会的処方となり得る集まりの場があったはずなので,紹介しよう。

  • マルモのトライアングルは考えるきっかけに過ぎない。
  • 大事なのは「患者の視点」「医師の視点」「メタの視点」である。

 最後にスケールが大きな話になってしまいましたが,総合診療医のマルモの診かたについてケースを通じて感じられたのではないかと思います。それでは,連載はここで終了とします。最後までご覧いただき,誠にありがとうございました。

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