医学界新聞

対談・座談会 池西 靜江,西村 礼子

2021.11.22 週刊医学界新聞(看護号):第3446号より

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 2020年11月に実施された調査1)によれば,「非対面(遠隔・リモート)方式の講義を実施している」と回答した看護職養成所数は528校(回答数:731校)に上る。2016年に行われた調査2)で「ICT教育を実施している」と回答していた養成所数がわずか10校(回答数:309校)であったことと比較すると,ICT教育の導入が急速に進んだことが理解できる。では一体,こうした教育現場の急速な変化に看護教員たちはどのように対応したのだろうか。2人の看護教員による対話を通じて,その実情に迫った。

池西 2020年1月に端を発する国内のコロナ禍により,臨床現場はもちろん,基礎教育の現場も様変わりしました。最大の変化はICT教育の急速な導入でしょう。日本看護学校協議会が休校時の対応に関する計画について2020年4月末に調査をしたところ,65.2%の学校がオンライン授業を予定していると回答しました3)。私自身,コロナ禍で初めてICTの活用を積極的に考え始めました。

 西村先生はコロナ禍以前より基礎教育の場でのICT活用を進められていますよね。導入を検討する養成所から多数の相談があったのではないですか。

西村 ええ。2009年頃から学習管理システムのLMS(Learning Management System,註1)を活用した教育を行ってきたことから,ICT活用時の困り事に関して多くの看護教員から相談を受けました。内容を詳しく聞いてみると,操作方法といったコンピューターリテラシーに関する単純な相談ではなく,「対面で行っていた授業をいかに構造化してシステムに当てはめるか」に苦戦されているように見えました。

池西 私も同じように不安を抱いた1人です。初めはうまく行えるのかと疑問でした。しかしいざやってみると,取り組みたかった授業に近い形になったことで,教育の幅が広がったと感じましたね。

池西 コロナ禍での基礎教育の最大の課題は,臨地実習をどう実施すべきかという点でした。臨床現場での体験は何物にも代えがたい経験ではあるものの,感染拡大の状況に鑑み臨地実習自体の中止や日程短縮が続々と決まる中で,学生と学校をつないだり,学生と病院をつないだりするオンライン実習が,試行錯誤しながらも2020年夏頃から徐々に取り入れられていきました。

 そうした流れの中で,私が当時会長を務めていた日本看護学校協議会でも,オンライン実習を前提とした学習補完教材(医学書院「eナーストレーナー」)を開発することになりました。開発に取り掛かった当時は,9月からの臨地実習を実施できるかどうかが不透明な状況であったため,臨地実習の形に少しでも近付けられる教材を作ろうと皆必死でした。現場での経験を積めないままに卒業していくのはあまりにもかわいそうだと思ったからです。

西村 私もオンライン実習案を作成した当初は手探り状態でした。前例がないことは教員にとって大きな負担です。そのため,「私は実習期間中,この目標に対してここまでの到達を期待しているのですが,内容はどうですか?」と,学生や担当教員,模擬患者さんと率直に話し合う機会を設けて,改善をし続けました。

池西 西村先生の施設ではどのような実習形式となったのでしょうか。

西村 当校の臨地実習は,期間短縮や午前中だけの時間短縮,全面中止となるケースもありました。それゆえ実施に際して最も考えたのは,「限られた臨地実習期間で何を学んでもらいたいか。臨地実習でしか学べないことと,オンライン実習でも学べることは何か」です。オンライン実習で代替できないのは,患者さんの背景にあるナラティブな部分を自身の五感を用いて引き出すことなのではと考えました。そうした考えを基に臨地実習と代替実習案を作成し,学内のシミュレーション等で補える部分は代替をしていったのです。

池西 教材開発をする際,私も同じことを考えました。やはり患者さんとの対話でしか得られない経験が多分にあるはずだと。これまでは,臨地実習に行けることが当たり前だったからこそ,「臨床現場でなければできないことは何か」との議論が抜け落ちていた気がします。コロナ禍を機に,改めて検討する機会ができたのは,不幸中の幸いだったのかもしれません。臨地実習の意義を再認識しました。

池西 では反対に,シミュレーション教育をはじめとするオンライン実習の強みはどんな点にあると考えますか。

西村 卒業時到達目標に基づく科目としての到達目標に対して,①安心・安全かつ忠実性がコントロールされた環境で繰り返し取り組めること,②診断的・形成的・総括的評価ができること,③レディネスの担保ができること,という点でしょうか。

 例えば,脳梗塞患者さんの再梗塞を想定し「この部分に気付いてほしい」と考えた時,その部分を切り取って教材化することで何度も復習できます。これは患者さんの状態をコントロールできない臨地実習では経験しにくいと言えます。さらに,「今,何を考えてその行動に至ったのか」という思考過程と行動の言語化も併せて確認できることは大きなメリットでしょう。

池西 できるまで取り組んだ経験は,卒業後に自信となるはずですよね。

西村 そうだと思います。またコロナ禍では,臨地実習の中止を案じて看護職の方が教材開発に積極的に協力してくださったことがとてもありがたかったです。もちろん授業の目標・評価を作るのは教員なのですが,「この部分は教科書にはAと書いてありますが,実践ではBというケースも多いから,教材に取り入れたほうがいいかもしれません」と数多くのアドバイスをいただきました。教員だけで作成すると,実習での学びを促す教材なのにもかかわらず臨床の場での看護実践とはどうしても異なる部分が出てしまうために,この差を埋める良い教材ができたと考えています。

池西 確かにコロナ禍になって,現場の看護職の方と協働して教材を開発するという話をよく聞きます。在宅看護の教材を作成する際には,訪問看護師の方が現場を撮影して学生たちに映像を見せてくれたこともありました。

西村 当校でも看護職の方に撮影にご協力いただきました。そうした映像は私にとって魅力的に映りましたね。

池西 それはなぜですか。

西村 恐らく私が撮影をしていたら,この場面は撮影しなかっただろうという部分が盛り込まれており,新しい発見が多々あったのです。撮影の意図を伺い,看護職の方が伝えたかったメッセージを理解できたことで臨床現場の看護実践を可視化できました。学生にとっても貴重な経験となったはずです。これもオンライン化がもたらしたメリットの一つだと思います。

池西 その通りですね。コロナ禍がなければ,恐らくオンライン授業もオンライン実習もここまでの普及を見せることはなかったでしょう。臨地実習がこれまで通りの日程で再開できるようになった時には,オンライン実習で得られた経験を0に戻すのではなく,良いところは継続しながら,内容をさらに洗練していく取り組みも必要ですね。

池西 これまで話してきたように,看護教員には数々の苦労がありました。奮闘ぶりを学校の枠を超えて互いにたたえ合えるような機会があればよかったのですが,それもコロナ禍で難しい状況です。これらの優れた実践を共有したり,発信したりする環境が構築できないかと模索をしていました。そうした中で,このたび看護教員向けのオンラインプラットフォーム「NEO(Nursing Education Online)」が,医学書院から立ち上がるそうです。オンライン上における看護教員の横のつながりが生まれることで,基礎教育全体の教育力の底上げを期待しています。

西村 ICT教育の導入が進む中で,オンライン上での交流に対するハードルは大きく下がっていると思います。つい先日,私も他大学のオンライン実習に2週間参加させていただきました。こうした機会はあまりないので,大変勉強になりました。

池西 例えば養成所の場合,領域によっては担当教員が1人しかいないこともあり,校内では適切なアドバイスが受けられない場合もあるでしょう。オンライン上であっても他校の教員とつながる機会があれば,その方とディスカッションし,授業に役立てられるはずです。もちろん参加者の中には経験豊富な方もいらっしゃると思うので,さまざまな視点が入ることにより,授業のさらなるレベルアップができるようになればと思います。

西村 授業の内容に関するディスカッションだけでなく,授業設計や教育方法・ツール,世代や専門領域ごとにコミュニティを作って実践を報告し合うことにもNEOは使い勝手がいいかもしれません。新たに物事に取り組む際には,「これで本当にいいのかな?」との疑問が付きものです。同じ悩みを持つ方々が集まり,ちょっとした質問や議論ができる場を設けることは大事だと思います。

池西 教育方法ごとのコミュニティを作るのは面白いですね。個人的な話になりますが,最近,話し合い学習法(Learning Through Discussion:LTD,註2)が面白くて取り組んでいます。オンライン上で実践例を共有したり,勉強会を企画したりすることもいいでしょう。1人で「どうしたらいいかな」と悩むよりも,そうした場に参加して横のつながりを作ることができれば解決することも増えるはずです。

西村 おっしゃる通りです。専門学校の先生方は教育課程を受けて看護教員になられていますが,大学教員にはそうした仕組みがないために,以前からプレFD(Faculty Development,註3)の必要性が謳われています4)。大学によっては教育支援センターやFDが整備されていない施設もあることから,困った時に全国から知恵を借りられる場があれば,教員の能力開発にもつながると思うのです。私自身,体系的に教育を学んできたというよりも,試行錯誤しながら独学で研鑽を積んできたので,NEOへの期待が高まります。

池西 そうですね。加えて,オンライン上での研究授業(註4)が実施できれば,さらなる教育力の向上が見込めるはずです。私のところには「書籍に掲載されている学習指導案を見ても授業のイメージが湧かない」との相談がよく寄せられます。口頭で説明することもできますが,実際に見ていただいたほうがやはり印象に残るでしょう。

西村 ライブ感が伝わることは重要ですよね。教員は無意識下で学生の雰囲気を察知し,その場その場で必要なことを判断して臨機応変にさまざまな教育手法を実践していますので,雰囲気を感じ取るためにも研究授業は有効だと考えています。

池西 そして何より授業した教員が,「こういう意図で授業を行いましたが,どう感じましたか?」と質問することで,客観的なフィードバックがもらえることは成長につながります。多くの方に自身の授業を公開するのは勇気が必要なことかもしれませんが,実現できれば間違いなく教育力の向上に寄与するはずです。ぜひ皆さんに取り組んでいただきたいですね。

西村 私自身の新たな挑戦として,大学教育のデジタルトランスフォーメーション(DX)化を目標に文科省が実施するスキームDにて,効果・効率的・システマティックな教育,DX化に取り残されない学生・教員・教育全体の仕組みづくりをめざし,「看護実践能力(コンピテンシー)基盤型システムによる学習・教育の構造・過程・成果の可視化」プロジェクトを進めています。

 またこうした活動などを通じて,看護分野に留まらない教育分野の方々と話し合う機会が増えました。その中で気付いたのは,看護教育が他の業界と比べて遅れを取っているわけではないことです。むしろ,ICT教育の実践では優れている点があるとさえ感じています。そのため私は,看護教育の枠を飛び出してもっともっと日本全国に発信をしていっていいのだと考えています。

池西 同感です。社会の変化に負けず,より良い教育をめざして,しっかり実践を続けてきたことは胸を張っていいでしょう。たとえ分野・領域は違っても,教育の本質や組み立て方には共通の部分があるはずです。だからこそ看護の良さや魅力をより一層伝えていくことが,これからのわれわれ看護教員には求められています。

(了)


註1:教材や学習状況を管理するツール。学習者はシステムにアクセスすることで教材やオンデマンド講義の閲覧,出席・課題・アンケート・レポート提出,ピア評価・授業評価,テスト受験が可能になる。課題の提出状況,受講履歴,成績を学生自身で管理することもできる。
註2:文章読解を促す協同学習の技法。予習(個人思考)とミーティング(集団思考)によって構成され,学生は事前に定められた詳細なプランに沿って主体的に学び続けることができる。
註3:FDとは,大学教員の能力向上や資質開発を行うための組織的な取り組みを指す。対してプレFDは,大学教員をめざす大学院生を対象に,特に教育に関連した知識や技能の能力開発を目的とする。
註4:先行実践を踏まえ,何らかの新しい問題提起を第三者への伝達を意識して,授業を計画し,実施し,授業の振り返りを行うこと5)

1)日本看護学校協議会共済会.看護職養成校の新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大への対応に関する調査報告書.2021.
2)平成28年度厚労科研「看護実践能力の育成に資する効果的な教育方法に関する研究」(研究代表者:佐々木幾美)総合研究報告書.2017.
3)日本看護学校協議会.新型コロナ感染症の対応調査集計結果.2020.
4)佐藤浩章.2030年を見すえた大学教員養成――プレFDの可能性.看教.2018;59(11):984-9.
5)向山洋一(編).研究授業のやり方見方:小事典.明治図書出版;1998.

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Office Kyo-Shien代表

国立京都病院附属看護助産学院(当時),京都府立保健婦専門学校(現・京都府医大)卒。国立京都病院での臨床経験後,京都府医師会看護専門学校,(専)京都中央看護保健大学校に勤務。37年間の看護教員生活を経て,2013年にOffice Kyo-Shien開設。鹿児島医療技術専門学校学科顧問。専任教員・教務主任養成講習会の講義,看護教員向けの講演,看護学校運営のアドバイス,看護学校での講義などの活動に携わる。『看護教育へようこそ(第2版)』『学習指導案ガイダンス』(いずれも医学書院)など著書多数。前日本看護学校協議会会長。

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東京医療保健大学 医療保健学部看護学科准教授

名大医学部保健学科看護学専攻卒。東京医歯大大学院保健衛生学研究科博士前期課程・博士後期課程修了。博士(看護学)。順大附属順天堂医院で看護師として勤務。東京医歯大大学院保健衛生学研究科非常勤,東京医大医学部看護学科助教を経て,2019年より現職。『看護教育』誌で「看護教員のICT活用教育力UP講座」を12回にわたって連載するなど,ICTを活用した授業設計や学習効果について全国に発信を行う。現在は,文科省「大学教育のデジタライゼーション・イニシアティブ(スキームD)」にて「看護実践能力(コンピテンシー)基盤型システムによる学習・教育の構造・過程・成果の可視化」をめざす。

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