医学界新聞

こころが動く医療コミュニケーション

連載 中島 俊

2021.06.21 週刊医学界新聞(通常号):第3425号より

 ここまでの連載では,患者さんの話に耳を傾ける大切さや情報を引き出す質問の仕方,やる気を削がないかかわり方について紹介してきました。加えて医療コミュニケーションでは,医療者が患者さんの状況に即して情報を伝えることが重要な役割を果たします。本稿では,その際に求められるコミュニケーションの在り方を紹介します。

 患者さんを支援するためには,患者さんから話を聴くだけでなく,医療者が医学的な情報を提供することが欠かせません。医療者が行う情報提供の目的は,患者さんの予後改善やQOL向上,スムーズな意思決定の支援であり,患者さんとのコミュニケーション・ギャップをできる限り少なくするかかわり方が求められます。そのための方法が,EPE(Elicit,Provide,Elicit=引き出す,提供する,引き出す)という情報交換のアプローチです(表1)。

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表1 情報交換におけるEPEアプローチ

 EPEでは,初めに医療者が情報提供したくなる気持ちをぐっと抑えます。そして医療者が伝えようとする情報について,どのような考えを持っているかを患者さんから引き出します(Elicit)。この段階では,患者さんに対して「〇〇についてお話ししてもよろしいですか?」などの情報提供の許可を得ることも有効な手段です1)。続けて,引き出した事前情報を踏まえた情報提供を行います(Provide)。そして最後の段階で,情報提供を行った内容に関する患者さんの反応を引き出します(Elicit)。このように医療者による一方的な「情報提供」ではなく,双方向的な「情報交換」の姿勢が,患者-医療者間のコミュニケーション・ギャップを埋めるためには欠かせません。

 がん患者への告知などの「悪い知らせ」は,患者さんの将来への見通しを悪くし,大きな心理的負担を与えます2)。そのため医療者が患者さんに悪い知らせを伝える際には,医学的な情報を提供するだけでなく,十分に感情に配慮したかかわりが求められます。

 がんの患者さんが悪い知らせを伝えられる際に望むコミュニケーションをまとめたものが,SHARE(Supportive environment,How to deliver the bad news,Additional information,Reassurance and Emotional support)です(表23)。SHAREは,うなずきなどの日本人に合うコミュニケーションをベースに開発されました4)。SHAREに基づく2日間のワークショップを受けた医師(介入群)は,受けていない医師(統制群)と比べて,SHAREに沿った望ましいコミュニケーション量が増加することが示されています5)。また介入群による面談を受けた患者さんは,統制群による面談を受けた患者さんと比べて医師への信頼度が高く,抑うつが低いことが示されています5)。これらのデータから,医療者のコミュケーション・スタイルは,「悪い知らせ」を伝えられる患者さんのメンタルヘルスに影響を及ぼすと言えます。

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表2 SHAREに基づくコミュニケーション(文献3をもとに作成)

 インシデントやアクシデント発生時のコミュニケーションは,患者さんや家族はもちろん,医療者や所属組織にとって重要な意味を持ちます。患者さんが被害を受けた出来事に対し,医療者が遺憾の意を示しつつ現在把握している事実を伝えるコミュニケーションのプロセスは,オープン・ディスクロージャーと呼ばれます6)

 オープン・ディスクロージャーでは,「申し訳ない」という言葉を含む謝罪または後悔の表明や事実関係の説明,患者さんが経験を語る機会の提供,再発防止のために取られている措置の伝達などの対応を,①迅速に(できれば24時間以内に),②率直に,③医療者個人ではなく組織として実施することが推奨されています7)。ますます複雑化する医療行為のリスクに対応する必要性から,近年この重要性は認識されつつあります。しかしオープン・ディスクロージャーの先進国であるオーストラリアで実施された2014年の調査では,オープン・ディスクロージャーの正式なプロセスに参加した患者さんは17%にとどまることが報告されており8),医療政策を踏まえた早期の社会実装が望まれています9)

 心理療法におけるインフォームド・コンセントでは多くの場合,他の医学的介入と異なり介入の内容にあまり言及せず,心理療法を実施する期間や金銭の設定に関する情報提供など形式的な同意取得にとどまります10)。この背景としては,心理療法のインフォームド・コンセントが①心理療法と同様に侵襲的だと考えられていること11),②共感力などの医療者の力量に影響を受けること12)が挙げられます。加えて症状よりも洞察力を重視する心理療法では,患者さん自身と医療者を含む他者の関係理解の促進を目的とするため治療経過の予測が困難となり,インフォームド・コンセントの複雑性が高まると考えられます11)

 とはいえ,近年ではそれらを伝えないことは個人の自己決定権と患者保護の原則に反すると考えられ始めています13, 14)。現在,心理療法のインフォームド・コンセントに関するガイドラインは国際的にもほとんどなく,今後の整備が求められます。

 連載第1回で述べたように,患者さんの意思決定や行動変容に際して何をどの程度伝えて同意を得るのかという点は,現状では医療者個人の倫理観に委ねられています。私たち医療者はマニュアルやガイドラインに沿った対応が求められますが,加えて文脈に合わせた対応を行う柔軟性も欠かせません。

🖉 医療者には情報を伝えるだけでなく,患者から情報を受け取る姿勢が必要である。
🖉 患者と医療者のストレスを減らすためにも,定式化されたコミュニケーションの習得は重要である。
🖉 心理療法においても,介入の内容まで言及した情報提供が求められつつある。


1)原井宏明.方法としての動機づけ面接――面接によって人と関わるすべての人のために.岩崎学術出版社:2012.
2)Cancer. 2001[PMID:11745267]
3)内富庸介.患者に悪いニュースを伝える方法―精神腫瘍学的アプローチ.日耳鼻会報.2014;117(2):138-41.
4)内富庸介,他.がん医療におけるコミュニケーション・スキル―悪い知らせをどう伝えるか.週刊医学界新聞.2007.
5)J Clin Oncol. 2014[PMID:24912901]
6)長尾能雅.医療安全管理の全体像.日内会誌.2020;109(3):579-83.
7)Australian Commission on Safety and Quality in Health Care. Australian Open Disclosure Framework――Better communication, a better way to care. 2013.
8)Aust Health Rev. 2019[PMID:29695314]
9)Risk Manag Healthc Policy. 2019[PMID:30774487]
10)Dsubanko-Obermayr K, et al. Informed consent in psychotherapy:Demands and reality. Psychotherapy Research. 1998;8(3):231-47. 
11)Lancet Psychiatry. 2015[PMID:26360886]
12)Clin Psychol Rev. 2019[PMID:30442478]
13)Swiss Med Wkly. 2019[PMID:30903799]
14)Gaab J, et al. Go open:A plea for transparency in psychotherapy. Psychology of Consciousness:Theory, Research, and Practice. 2016;3(2):175-98.

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