医学界新聞

書評

2021.04.26 週刊医学界新聞(看護号):第3418号より

《評者》 洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長

 ICD-11が公表され,「複雑性PTSD」という診断が新たに加わったことにより,トラウマやPTSDに関する議論が活発化している。評者は認知行動療法とスキーマ療法を専門とする心理職だが,この数年,学会やシンポジウムで「複雑性PTSDに対するスキーマ療法」についての発表を依頼されることが激増している。とはいえ,スキーマ療法はトラウマ処理を目的とするのではなく,安定した治療関係を少しずつ形成したり,成育歴をゆっくりと振り返ったりする中で,自らのスキーマやそれに伴う感情に気付きを向け,その結果として他者と安全につながったり,セルフケアが上手にできるようになったりするという,非常に地味で地道なセラピーである。

 ところでそのような複雑性PTSDのシンポジウムでは,スキーマ療法以外は,トラウマ処理を目的とするさまざまな技法が紹介されることがほとんどである。それは例えば,EMDR,PE,STAIR/NST,CPT,ホログラフィトーク,USPT,BSP,BCTといったものである(ググってください!)。同じ壇上でプレゼンしながら,これらの技法に筆者は圧倒されてしまう。なぜなら技法の内容も紹介される事例も実に華々しいからである。評者が提示するスキーマ療法の事例はだいたい年単位(3年や5年は当たり前)であるのに比べ,他の華々しい技法はわずか数セッションでトラウマ処理がなされ,クライアントが回復する。スキーマ療法だけ地味で地道で時間がかかり,なんだか評者は自分が詐欺師であるように感じてしまうのだ。とはいえ一方で,どう振り返っても,トラウマを持つ人とのセラピーは,どうしたって時間がかかるし(そもそもトラウマを扱えるようになるまでに時間がかかる),安心安全なかかわりや場の中で薄皮を一枚ずつ<525D>ぐように少しずつ進めていくしかない,という実感しかない。なのできっと華々しい技法や事例を提示する方々も,トラウマを扱うために,地味で地道な何かをしているに違いないのだ,と考えるようになり,むしろその「地味で地道な何か」を知りたい,と思うようになった。

 そして本書がまさに,医療の現場で地味に地道にトラウマを扱うということがどういうことか,ということについて,基本的な考え方と多くの症例を具体的に示してくれる稀有な本なのである。人は誰しもトラウマを持ち得る存在であること,トラウマを持つ当事者を医療のみならず福祉や行政などの社会的ネットワークで支える必要があること,援助においてはトラウマ処理よりもまずは生活の安定化が不可欠であること,そしてどんなに頑張ってもうまくいかない事例もあること,医療者や援助者もトラウマを受けるリスクがあること……などについて,これでもかと...

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