実践家と研究者がパートナーシップを結び
データで強みを可視化する
対談・座談会 岩本 大希,友滝 愛
2020.10.26
「先輩の優れた実践や,自分たちの漠然とした問題を見える化したい!」。看護師の周りには,ベッドサイドで収集される臨床データからスタッフの労務に関するデータまで,あらゆるデータが日々積み上げられています。でも,どのデータを集めて分析し,実践へフィードバックすればよいか途方に暮れてしまうのではないでしょうか。
全国7か所の訪問看護ステーションを運営する岩本大希氏と,臨床におけるデータ活用をアドバイスする友滝愛氏の2人が,実践家と研究者がコラボレーションする新たなデータ活用の形を考えます。データと現場感覚がリンクする,一歩進んだケアを実現させるパートナーシップ関係とは?
友滝: 岩本さんが,データに関心を持ったきっかけは何ですか?
岩本: 利用者のアウトカムがどう変化したかを,事例でしか表せないもどかしさを感じたことです。僕らのケアは情緒的にしか語れないのか,と。
友滝: 良いエピソードを可視化できず,モヤモヤする感じですね。
岩本: はい。先輩方の素晴らしい実践の積み重ねから訪問看護は間違いなく価値があると確信しているのに,それをうまく説明できないのが悔しくて。
友滝: ケアの意義を対外的に説明しようとするときに,事例だけでは説得力に欠けてしまう場面もありますよね。
岩本: 診察は医師が来るし,介護はヘルパーに頼むから「訪問看護はいらない」と言われることもあります。でも,実際に体験すると「あって良かった」「なくてはならない」という反応が返ってくるんです。訪問看護の良いエピソードはたくさんあるはずなのに,看護師の介入でどう変わったかを示す客観性を帯びたデータが共有されていない。そうした現状を変えたいとの思いから,データに注目しました。
看護過程と成果を見える化する
友滝: 多職種とかかわる看護師は,物事を判断する際に数値を軸に説明を求められることがあります。看護のアウトカムを説明する際に,現場でのエピソードとデータの間にある「文脈」をできるだけ落とさずデータ化することは,特に大切にしたい点です。訪問看護の現場でデータが少ないことは,どのような点に影響が現れますか。
岩本: 医師やケアマネジャーが患者・家族に訪問看護の利用を勧める際や,病院の看護師が退院調整を行う場面です。現状は,客観的なデータを参考にしたサービス間の比較が難しく,利用者が事業者を比較して選ぶ過程が基本的にありません。サービスを提供する側と選択する側の情報の非対称性が看護サービスを提供する場に現れます。すると「利用者の最適」以外の理由で選定されることが,構造上は起きてしまうわけです。
友滝: サービスを享受する患者・家族にも数値で客観的に説明をすることで,専門性や強みを事業所ごとに発揮する訪問看護ならではの良さに目を向けてもらうことができますね。利用者からのニーズは実際にありますか?
岩本: 訪問看護を利用する小児の保護者は20~30代が多く情報リテラシーも高いため,SNSも使って情報収集を積極的に行っています。利用者が選択肢を得られるよう,客観的なデータから利用者目線で可視化できれば,宿泊先や飲食店を選ぶのと同じように事業所間比較ができるはずです。
その点,諸外国ではケアの客観性を確立するためにデータを提示し,看護の価値が評価されるよう努力しています。例えばオランダの訪問看護はデータを示すことで,国民から評価と支持を受けています。同国の成功例を再現するため当事業所は,看護の過程と成果を見える化する「オマハシステム」(註1)の日本語版を搭載したソフトウェアを開発し,基礎的なデータを取る体制を整えました。
友滝: 在宅ケアのアウトカムを定量的に評価できるオマハシステムを導入した狙いは何でしょう。
岩本: 自分たちの看護の過程と成果を記述し,見える化することです。日々のデータが体系的に記録されれば,課題や成果を看護師本人にすぐにフィードバックできます。患者のプランの再考や状態の変化を予測することにもつながります。熟達した看護師は皆,自分の頭の中でプランを思考しながらベッドサイドで実践していますよね。
友滝: ええ。同じ病院でも別の病棟では知られていない素晴らしい実践が多くあることを,私も臨床時代に経験しました。
岩本: そのような主観的な情報の証明が,データを集めるモチベーションになっているのです。
友滝: 良いケアを広める選択肢には,研究を行って論文として世に発信するだけでなく,院内の勉強会やカンファレンスでのフィードバック,雑誌記事に載せるなど,先輩たちの優れた実践を可視化する手段はたくさんあります。
データを活用する大きな目的は,過去を振り返り,現在の立ち位置を把握し,そして未来を予測することの3つです。データから日々の実践を体系化していくことは,「実践の科学」と言われる看護に今後ますます求められるのではないでしょうか。
臨床と研究のコラボレーションで有益なフィードバックを
岩本: 当事業所ではオマハシステムで取得したデータを基にWyL年間レポートを毎年作成し,利用者も見られるよう公開しています(註2)。当初は,手当たり次第データを取り出し,先々のことは後で考えればいいと楽観的に考えていました。ところがいざ取り掛かると,データの解釈やデータセットの精査まで手が回らなくて……。独学で扱える範囲を越えて壁にぶつかってしまったのです。
友滝: 臨床の傍ら研究デザインや統計,バイアスまで考えながら吟味するのは労力があまりにも大きいはずです。
岩本: データ分析のサポートは間違いなく必要だと痛感しました。そこで友滝さんには,「外部相談支援チームメンバー」としてパートナーシップ契約を正式に結び,データの分析と評価などアウトプットの方法について相談しながら進めています。本来は対価を支払うべきですが現在のところは無償です。
友滝: 今は臨床に価値あるものを生み出す土壌作りの段階ですので。
岩本: ありがとうございます。専門家のサポートに対し,適正な対価をいずれ支払いたいと思っています。
研究者の視点から,データで注目する点をあらためてお聞かせください。
友滝: 数字の背景に隠れた事業所の強みを読み取ることです。今年8月に公表されたWyL年間レポートから一例を挙げると,利用者が訪問看護を終えるまでの経過について可視化できないか注目しました。訪問看護を利用する小児の場合,本人・家族のセルフケア能力が向上し,社会とのつながりが増えることで徐々に訪問看護の手を離れていくのではないでしょうか?
岩本: その通りです。小児の場合,訪問看護を終えられる患者とそうでない患者の2つに大きく分かれます。病院から在宅に移った時点で,いずれ訪問看護の卒業が見込める人は家族と一緒に目標やゴールを決めて開始します。
友滝: すると,終了を見据えた介入やゴールまでのプロセスから一定のパターンを抽出できれば,看護師はケアの選択肢を加えやすくなります。一方,高齢者はいかがでしょう。
岩本: 一度回復して訪問看護から離れたとしても,別の疾患を患い再開することがしばしばあります。高齢者はケアの増減が変動するため,小児のように一定の転帰をたどるとは限りません。
Nが小さいデータは価値が低い?
友滝: なぜ,小児と高齢者の違いをお聞きしたのかというと,データから浮かび上がる事業所ごとの利用者の特性やスタッフの強みを,年間レポートに反映したいと考えたからです。
岩本: 質的にカテゴリーの異なるデータから,強みを伸ばせそうなデータに注目したわけですね。
友滝: ええ。例えば全国に7か所あるウィル訪問看護ステーションのうち,江戸川の利用者の内訳を見ると小児が多く,回復して訪問看護を終える方が一定数います(図)。それに加え,看取りで亡くなる方も多い。これはがん患者や高齢の方も少なからずいることを示しています。ところが,このような対象者の違いを区別せず集計した結果だけでは,事業所ごとの強みや良さの詳細を読み取れません。小児と高齢者の数や高齢者の予後の長短などが混在しているためです。
図 ウィル訪問看護ステーションの事業所別に見る訪問看護終了の分類(2019年6月~2020年5月,葛西は20年8月開設)
岩本: 確かに,オマハシステムで取り出されるデータは,スコアの前後比較や事業所間比較ができるよう平均点で取り出されていますが,それ以上の比較は十分にできていません。
友滝: そこも実にもったいない。なぜなら,数値データを見るときは,平均値のような代表値だけではなく,データのばらつきもセットでみることで全体像を把握できるからです。
岩本: 研究者の目から,事業所ごとにどのような特徴が見えましたか?
友滝: 多様性に富んだケアが行われていることです。平均値は一見,高いか低いかをわかりやすく判断できる反面,平均値から優劣を判断してしまいがちです。事業所ごとの比較に平均値を用いてしまうと事業所間の成績評価のようになってしまう。当然,事業所によって利用者の背景やスタッフの専門性は異なりますよね。そのような違いや多様性を,ケアのばらつきから解釈することもできます。
岩本: 平均値を出す上で数(N)が大事だと思っていましたが,それよりも「ケアのバラつき」に注目したわけですか。Nが小さいデータは分析の価値が低いと思っていたのですが……。
友滝: いえいえ,たとえNが小さくても,小規模事業所ならではの課題のバリエーションから,さまざまな患者さんを多角的にケアしている様子が見て取れます。それに,一見「外れ値」とされるデータも重要な意味を持つのです。出されたスコアにどのような意味があるかを慎重に分析して見えてきたのは,バラエティに富んだ,多彩なアプローチを取るウィル訪問看護ステーションならではの実践の姿でした。
岩本: 自分たちが日々,一生懸命実践してきたケアの中身が見えることで自信が持てますね! それに,臨床を振り返る上で新たな気付きも得られました。例えば,自分たちの弱みとなりそうなケアの傾向や,逆に成果を出しているとはとても考えられない疾患群や介入に焦点を当てていたことです。
僕は研究者ではなく,あくまで実践家。友滝さんのようなアカデミアの人が臨床側の事情に沿って改善の糸口を一緒に見つけてくださるのは,本当にありがたいです。
友滝: データを基に現場へ即時性のあるフィードバックが期待されますが,簡単そうで実はとても難しい。病院ではデータを扱う医療情報部門のシステムが大きいためカスタマイズしにくいこともありますし,訪問看護事業所でシステムを改修するには大きな費用がかかります。
岩本: だからといって,訪問看護事業所が独自にデータのアナリストを雇用するのも現実的ではありません。
友滝: そこで,データから物事を整理するのを得意とする研究者が,岩本さんたちのように臨床経験が豊富な方とコラボレーションすることで,意義のあるフィードバックを実現できると思うのです。
岩本: 臨床の実践家が研究者とパートナーシップを結び,臨床の強みを可視化し伸ばすのはこれからの看護に必要な取り組みと言えるでしょう。
データ活用でベッドサイドケアに費やす時間は増えるか
友滝: 日々のケアを可視化し質の向上を追求する一方で,スタッフが疲弊しては実践に支障を来してしまいます。臨床のデータだけでなく,労務に関するデータも事業所のマネジメントの観点から重要ではないでしょうか。ウィル訪問看護ステーションでは内部のデータをどう扱っていますか。
岩本: スタッフの労務に関するデータはもちろん集計しています。例えば超勤は事業所内で毎月公表し,業務分担をスタッフで検討する際の参考にしています。自分たちが理想とする運営と現実とのギャップに気付く材料になるからです。
友滝: うまくいかないと感じても,データを基に自分が主体から一度離れて見ることで客観性を帯び,俯瞰的に物事を振り返ることにつながります。
岩本: 他にも当事業所では,スタッフ間のコミュニケーションを取るのに用いるオンライン上のチャット機能から,投稿数やログイン時間,アクセス数に関するデータも取得しています。すると,長時間閲覧してしまう個人のオーバーワークや,逆に必要な事項がしばらく見られていない「アクセス遅延」の状況を把握できます。
友滝: スタッフの些細な変化に対しマネジャーが一声掛けられる体制が築かれているのですね。労務データの公開は,職場の風土にも影響しそうです。
岩本: 労務データの収集・分析は,訪問看護事業所に限らず,病院看護部にも共通する課題だと思います。なぜなら,患者さんに利用してもらうことと同様に,看護師が満足に働けるかどうかも問われているからです。
友滝: 新卒看護師が入職を希望し,就職後も離職せず勤務を継続してもらうために病院も多大なリソースを割いていますよね。
岩本: 労務データは,他施設との競争や自施設のPRの観点から,現状を客観的に可視化する上で欠かせません。内部のデータは,採用や人材育成にも生かせるはずです。
友滝: 臨床や労務も含め,データ活用は看護管理者の理解も一層求められるのではないでしょうか。
岩本: おっしゃる通りです。実は以前,ある病院の看護管理者が僕に「データを扱う意義を病棟の看護師たちが理解してくれない」と吐露したのです。
友滝: データが大切とはいえ,必要性を強調し過ぎると「とりあえずデータを取ればいいんだ」と,手段と目的が逆になってしまうこともありますね。
岩本: それに,データばかり取っても得られる成果が見えなければ徒労感を感じ,本来の目的を果たせません。
友滝: どうアドバイスしたのですか?
岩本: 看護師がベッドサイドにいられる時間がどれだけ増え,患者がどう変化したかを明らかにすることがデータを取る真の目的ではないでしょうか,と。看護師の業務は,計画書やサマリー,記録の作成など書類作業も多いですが,僕たちが一番大切にしたいのは患者さんのそばでケアすることですよね。その“本業”に良い変化をもたらすために,データ活用が優先されるべきだと思うんです。ケアの本質的な改善につながらないデータは,誤解を恐れずに言えば取るのをやめたほうがいい。
友滝: 意思決定に不必要なデータは取らないという決断も必要ですね。データを取って図表にまとめるだけでなく,次のアクションにつながっている情報か見直すことも重要です。
岩本: 自分の軸足はあくまで実践であり,研究ではありません。研究を現場の人に一生懸命行ってもらうことはもちろん大切だと理解しています。その一方で,データを分析できるアカデミアの方と協働し,ベッドサイドケアに費やす時間がより増える取り組みが管理者には求められると考えています。
友滝: 「看護研究を指導する人/される人」という枠組みに留まるのではなく,データを扱う研究者とのパートナーシップ関係の構築が望まれます。アカデミアと臨床との橋渡しができる研究者が増えることで,看護のデータ活用について新しい貢献の形が描けるのではないでしょうか。
(了)
註1: 米ネブラスカ州オマハの訪問看護師協会を中心に1970年代後半から開発が始まった,ケアのプロセスと成果を定量的に記述・評価するシステム。知識,行動,状態の3項目についてそれぞれ5段階の水準で評価を行い,2時点間での変化を比較し,速やかなフィードバックを行う。
註2: ウィル訪問看護ステーションでは,オマハシステムによって定期的にスコアリングされ,平均点の前後比較がチーム内で日常的にモニタリング・公表され続けている。その平均前後比較のデータを分析し,1年間の活動を毎年公開している。
岩本 大希(いわもと・たいき)氏 WyL株式会社代表取締役/ウィル訪問看護ステーション江戸川・江東管理者
2010年慶大看護医療学部卒。北里大病院救命救急センター・ICUなどの看護師として従事。三次救急での看護の経験から在宅医療や訪問看護の重要性を認識し,16年に24時間365日対応の訪問看護事業を起業。現在は東京,岩手,埼玉,福岡,沖縄に7事業所を展開する。在宅看護専門看護師。『在宅ケアナースポケットマニュアル』(医学書院)を編集。
友滝 愛(ともたき・あい)氏 国立看護大学校看護学部 助教
2002年広島県立保健福祉短大看護学科(当時)卒。東大医学部健康科学看護学科への学士編入と看護師の臨床経験から,研究を通した臨床現場への貢献に関心を持つ。東大大学院修士課程で疫学・生物統計学を学んだ後,臨床医主導の研究支援やデータ利活用の事業に携わる。15年より現職。20年千葉大大学院にて博士(看護学)取得。
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