医学界新聞

看護のアジェンダ

連載 井部 俊子

2020.08.31



看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第188回〉
看護のスキル 父の足浴

井部 俊子
長野保健医療大学教授
聖路加国際大学名誉教授


前回よりつづく

 2020年の夏は父の17回忌,母の13回忌となる,ということを淡々と書いている自分がいる。

 当時,「父が亡くなりました」「母が亡くなりました」という言葉を言い出そうとすると込み上げるものがあって,口を閉ざした時期があった。両親を看取ったあとに私を襲ったのは,次は自分が(死ぬ)順番になったという観念である。そして自分がこの世からいなくなったあとの日常を想像して,寂寥感にさいなまれた時期が長く続いた。いや今も,寂寥感にとらわれることがある。

父の足浴という追憶

 父は,私が看護大学の学生であった頃,胃の手術のため入院したことがある。私は習いたての“看護技術”を得々として父に提供したことを覚えている。術後,ベッドサイドに端座位となってもらい“足浴”をした。洗面器にお湯を準備し,両足を浸す。「気持ちいい」と父が言う。ウォッシュクロスを湯に浸し,石けんをつけて静かに足を洗う。そして,洗面器の下に敷いたバスタオルで足をくるむようにして,水分を拭きとる。洗面器に浸った父の大きな足の甲が思い出される。

 父の最期は「在宅」であった。ある日,私が帰省したら,母と妹がベッドに横たわっている父のパジャマの着替えをしたと言って息をはずませていた。2人で支えながら父の上半身を起こして,着替えをさせたというのである。「重くて大変だったのよ」と言う。すでにベテランナースになっていた私は,“臥床患者の寝衣交換”などお手のものであった。ベッドに横たわっている父のからだを“清拭”し,パジャマを替え,シーツも取り替えるという母や妹からするとハナレワザをひとりで簡単にできる。看護師は一般人ができないことができる技術を持っているんだと,強く認識した時であった。

「ケリーパッド」による洗髪

 時がたち,私は看護の実践家から管理者を経て,看護の教育をする場に身を置く。高校を卒業して看護学部に入学してくる学生たちに「看護学概論」を語り,基礎看護学の授業を同僚と共に検討するのが仕事である。

 先日は“洗髪”技術の習得のための授業案を検討した。「Aさんは40歳の女性です。めまいが強いため,現在ベッド上で臥床しています。めまいに対する不安が強いため,患者はベッド上での洗髪を希望しています。入院前は毎日洗髪をしていましたが,入院後3日間洗髪をしていません。本日Aさんに洗髪を計画しています」という模擬事例を提示する。学生はこうした状況を頭に入れる。そしてベッド上に臥床している万能型看護実習モデル(八重(やえ)という名前を持っている)に対して「ケリーパッド」を用いて洗髪を行う。

 3人が一組となり,洗髪する人,サポートする人,観察者役を交代しながら実施する。洗髪を3日目に行うのには「根拠」がある。「頭皮から分泌される皮脂であるトリグリセリド(TG)は遊離脂肪酸(FFA)に分解され,頭部のかゆみや不快感の増加のもととなる。洗髪後72時間を過ぎるとTGよりもFFAの方が多くなるという報告(加藤圭子,深田美香,2000)もあり,少なくとも洗髪後72時間以内には次の洗髪を心がけたい」1)からである。

 ケリーパッドはゴム製であり,巨大なおたまじゃくしのような形をしている。昔から伝承されている年代物である。洗髪にはこの他に「洗髪車」を用いたり,美容室にあるような洗髪台を用いるやり方やシャワー浴もある。院内の理容室を利用することもできる。「(看護師が忙しいので)洗髪は家族でやってくださいと言われて,身内の洗髪を私がやってきたのよ」と口をはさむ同僚がいた。

一般人と看護師を識別するもの

 あらためて,どのような看護技術を初学者が学ぶのかをみてみよう1)。環境整備,寝衣交換,ベッドメイキングに始まる。関節可動域訓練,体位の保持と体位交換法,歩行の介助移動法などが活動・運動に関連する。清拭,陰部ケア,足浴,洗髪,口腔ケア,目・耳,身だしなみの整容援助などが清潔を保つための看護技術である。酸素療法,ネブライザーによる吸入,吸引は呼吸に関連し,湯たんぽによる温罨法,氷枕による冷罨法は体温調節に関連する。睡眠を促す環境調整,睡眠を促す光と日中の活動等の調整,リラクゼーション,睡眠を阻害する症状のコントロールで睡眠スキルを学ぶ。食事介助,経鼻経管栄養法で食べることを支え,輸液管理,輸血管理で体液バランスを考える。ベッド上での排尿介助,オムツ交換,一次的導尿,持続的導尿,膀胱洗浄,グリセリン浣腸,摘便などのスキルが排泄に関連する。さらに,心肺蘇生法,止血法,胃洗浄などのスキルは生命の危機状態に関連し,死亡時のケアでは悲嘆(グリーフ)ケアを学ぶ。

 これらの看護技術はハイテクというよりローテクであり,人の五感と手を用いて行われる。そこに心を添える。ゆえに「看護」となる。一般人と看護師を識別するものは,いざという時の看護のスキルなのである。初学者への授業案を前に,看護の価値を再認識したコロナの夏であった。この時は,寂寥感が充実感に置き換わる。

(つづく)


参考文献
1)香春知永,齋藤やよい編.基礎看護技術〈Web動画付〉改訂第3版.南江堂;2018.

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