ケースで学ぶマルチモビディティ
[第5回] 誤嚥性肺炎(後編)
バランスモデルの四則演算
連載 大浦 誠
2020.08.10
ケースで学ぶマルチモビディティ
主たる慢性疾患を複数抱える患者に対して,かかわる診療科も複数となり,ケアが分断されている――。こうした場合の介入に困ったことはありませんか? 高齢者診療のキーワードであるMultimorbidity(多疾患併存)のケースに対して,家庭医療学の視点からのアプローチを学びましょう。[第5回]誤嚥性肺炎(後編) バランスモデルの四則演算
大浦 誠(南砺市民病院 総合診療科)(前回よりつづく)
初期研修医がmultimorbidity(マルモ)症例の中で必ず遭遇する疾患に誤嚥性肺炎があります。連載第4回(第3379号)ではプロブレムリストの作り方(表1)とポリファーマシーパターン,処方カスケードについて説明しました。今回は,誤嚥性肺炎診療における「マルモのバランスモデル」の活用法について解説します。
表1 マルモのプロブレムリスト(案) |
誤嚥性肺炎には多職種による包括的介入が必要(足し算の介入)
高齢者の誤嚥性肺炎マルモのアプローチを考えてみましょう。まずは漏れなく包括的介入を行うとどうなるかを考えます。その際に有用な方法としてABCDEアプローチ(表2)があります1)。誤嚥性肺炎の治療は,絶食と抗菌薬治療だけではありません。原因検索,正しい姿勢,口腔衛生,薬剤の見直しやリハ栄養・リハ薬剤など幅広く介入し,それでもなお経口摂取が難しい場合には倫理的に望ましいプロセスで摂食嚥下にかかわる意思決定支援を行い,緩和ケアも早期から行うというアプローチです。
表2 誤嚥性肺炎のABCDEアプローチ(文献1より) |
ただし,これら一つひとつの介入にはエビデンスがあるものの,包括的に介入すること自体の効果は不明でした。そのため筆者の病院では,誤嚥性肺炎症例に対する多職種による包括的介入の有効性を検証する臨床研究を行いました。その結果,介入群で死亡率の低下傾向を認め(4.9% vs. 17.6%,P=0.061),肺炎治療後1年の無再発生存率も介入群で高率(48.5% vs. 24.3%,P=0.040)となり,包括的介入が肺炎の治療や再発予防に有効と考えられました2)。また,認知症などさまざまな原因で食べられなくなって人工的水分・栄養補給法(AHN)に依存している摂食嚥下障害の患者に対してクリニカルパスを用いて多職種による包括的介入を行うと,AHN離脱率を改善(51% vs. 34% P=0.02)することもわかりました3)。
やりすぎだと思ったら,負担を減らすのも大事(引き算の介入)
マルモのバランスモデル(図)で意識しなければならない項目は,包括的な疾患管理だけでなく,レジリエンスや社会的サポートを強めること,ポリファーマシーへの介入,複数の診療科の統合,心理社会的問題への介入でした(連載第1回・第3367号)。
図 マルモのバランスモデル |
誤嚥性肺炎のマルモ診療では,高齢者であるがゆえに生物医学的な介入だけでなく心理社会的な介入も多く,かかわる家族への介入も必要になってきます。また,認知症が進行すると本人の意思推定が難しいため,バランスモデルの「増やしたいこと」の一つである疾患理解を促すことが難しくなります。本人の意向がわからないと,家族や医療職によるACPや治療の意思決定を余儀なくされる家族への精神的負担になったり,本人の自尊心を損ねたりすることもあります。
また別の問題として,原因疾患の治療や嚥下障害への介入を行うとポリファーマシーになってしまうことがあります。例えば経口摂取困難になったパーキンソン病患者にL-DOPAの投与をどこまで続けるか,嚥下障害に対しての半夏厚朴湯,ペリンドプリル,シンメトレル,プレタールをいつまで投薬するか,などの問題もあります。一方で本来は投薬すべき薬が投与されていないこともあります。
そして多職種介入が有効であると言っても,職場によっては職種が足りないこともあり得ます。十分な介入ができない環境では不全感が残ってしまう可能性もあり,介入すればよいというものではありません。もちろん,過剰な生活指導が本人のモチベーションを下げることもあり,食形態や栄養,食事姿勢の指導,リハビリなどが負担になっている場合は配慮が必要です。
最大限の介入が,必ずしも患者や家族の幸福につながるわけではありません。服薬スケジュールに無理があったり,診療科が複数あって通院が大変になったり,経済的な問題で療養先が制限されたり,家族の介護負担が多過ぎたりする場合もあるでしょう。そのような場合はどの介入を減らすかという「引き算」の発想が必要になります。介入の侵襲・費用が少ないものから始めると良いかもしれません。
重要なポイントは,「生物心理社会的プロブレムリスト全体を把握」し,「患者の意向を理解し,優先順位を考え」,「個別化されたケアの調整を行う(利点・害と実現可能性)」の3つです。このことを意識してアプローチしてみましょう。
複数のプロブレムをまとめられないか考える(割り算の介入)
一見すると多数のプロブレムがあるように見えても,整理するとプロブレム自体がまとめられることもあります。具体的には心理社会的プロブレムの通院困難や金銭的問題は,診療科を一つにまとめて処方を整理するだけでなくなるかもしれません。あるいは座位保持困難や老老介護は,介護区分の変更を行い介護サービスを見直せば,家族の負担が軽くなるかもしれません。あるいは処方カスケード(連載第4回・第3379号)で考えると,エソメプラゾールは誤嚥性肺炎のリスク4)になりますが,その処方理由は,腰椎圧迫骨折と変形性膝関節症に対してセレコキシブが処方されているからでした。NSAIDsを中止できればエソメプラゾールも休薬可能で,誤嚥性肺炎リスクだけでなく心不全リスクも軽減でき,余計な薬が減らせるわけです。このように,多数のプロブレムを小さくまとめる「割り算の介入」も重要です。
レバレッジポイントをみつける(掛け算の介入)
この言葉を聞き慣れない方も多いと思います。少ない介入で大きな効果を生むことができるような点のことを指します。よくてこの力点で例えられます。患者さんに起こっている複数の問題は起点となる問題があり,そこから連鎖的に問題が増えていたり,問題同士が相互に及ぼし合ったりしています。これをシステム理論と言います。
ある1点に介入すれば少ない労力で多くの問題が解決するようなポイントを見つけることが,マルモの掛け算の介入です。これが一番難しく,一人でガイドラインを読んでもそのような個別性の高いことはわかりません。症例カンファレンスを総合的な視点を持つ指導医と行うことで,介入のポイントをまとめることにつながります。これは,特に心理社会的プロブレムが多い時に重要となる考え方です。
実際のアプローチ
【足し算の介入】ABCDEアプローチを行った。慢性心不全に対してβ遮断薬追加。
【引き算の介入】薬価が高いエポエチンベータペゴルを中止。転倒リスクの高いウラピジルを中止。痰が多くなっているのもコリン作動薬であるベタネコールが原因と考え中止。慢性腎臓病による尿酸増加も懸念されヒドロクロロチアジドを中止。
【割り算の介入】エソメプラゾールとセレコキシブをまとめて中止。金銭的困難・通院困難・座位保持困難・老老介護の負担は単一診療科でまとめる方針。総合診療科で内科・整形外科・泌尿器科疾患を管理し,受診間隔を減らす。
【掛け算の介入】優先事項は自宅療養であり,介護度変更の見直しを行うことで無理なく自宅療養を継続することができた。
(つづく)
参考文献
1)森川暢.誤嚥性肺炎のABCDEアプローチ.治療.2018;100(11):1246-51.
2)荒幡昌久,他.高齢者嚥下性肺炎に対する包括的診療チーム介入試験.日老医誌.2011;48(1):63-70.
3)BMC Geriatr. 2017[PMID:28705163]
4)J Am Med Dir Assoc. 2011[PMID:21450240]
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