臨床研究の実践知
[第11回] 有害事象にどう対処するか
連載 有吉 恵介
2020.02.03
臨床研究の実践知
臨床現場で得た洞察や直感をどう検証すればよいか。臨床研究の実践知を,生物統計家と共に実例ベースで紹介します。JORTCの活動概要や臨床研究検討会議の開催予定などは,JORTCのウェブサイト,Facebookを参照してください。
[第11回]有害事象にどう対処するか
有吉 恵介(JORTCデータセンターデータマネジメント部門 部門長)
(前回よりつづく)
薬物治療や手術などの介入を伴う臨床試験では,被験者となる患者の安全を守るため,研究期間中に発生した有害事象(介入を受けた患者に生じた,医療上好ましくないあらゆる出来事)に適切に対処する必要があります。適切な対処として,①適格・除外基準により,適切な対象者を選定する,②発生が予想される有害事象への治療を事前に規定する,③有害事象の発生頻度や程度が許容される範囲内かモニタリングをする,④重篤な有害事象が生じた場合の手順(一次的な対応から研究の継続可否判断まで)をあらかじめ設定する,などが挙げられます。
今回はこの4点を中心に,有害事象の対処について臨床研究担当者が知っておきたいポイントを説明します。
被験者となる患者の安全を守る
初めに,①の適格・除外基準による適切な対象者の選定について解説します。腎臓や肝臓などの機能が一定の水準以上保たれている患者が臨床試験の対象となるように,臓器機能にかかわる基準が適格基準としてしばしば設定されます。また,臨床試験で使用する薬剤の禁忌に該当するような疾患を有する患者が臨床試験に組み入れられることがないよう,除外基準で規定します。
終末期がん患者の不完全消化管狭窄による嘔気に対するオランザピンの有効性をみるための試験(註)を例に見ると,オランザピンの禁忌である「糖尿病の患者,糖尿病の既往歴のある患者」が除外基準において除外されました。
次に,②発生が予想される有害事象への治療の事前規定についてです。対象とする患者の病態や臨床試験として実施する介入に伴い生じることが予想される有害事象に対しては,どのような治療を行うか事前に規定します。例えば,使用する薬剤の副作用として吐き気が予想される場合は,制吐薬の使用について規定します。
臨床試験の実施中は,発生した有害事象についてその種類や頻度,重症度が許容される範囲内かどうか,③有害事象のモニタリングをすることも重要です。多施設共同で実施する臨床試験では,有効性の評価のためのデータとともに,安全性の評価のために収集した有害事象のデータを定期的に集計し,事前の試験の想定から外れていないかを研究グループ内で検討します。侵襲性の大きな手術や毒性の強い抗がん薬などの臨床試験で,生命を脅かすような重篤な有害事象や治療関連死がある程度予期される場合には,どの程度の割合や人数を超えて有害事象が発生したら試験の早期中止を検討するか,事前に規定します。JORTCでは第三者委員会として独立データマネジメント委員会を設置しており,有害事象のモニタリングも行っています。
重篤な有害事象が発生した際の対処は
臨床研究法が2018年4月に施行され,同法を遵守した臨床試験の実施が求められています。重篤な有害事象(臨床研究法上の「疾病等」)が発生した場合の,同法の規定に基づいた緊急報告等の速やかな対応が必要になっています。④重篤な有害事象が生じた場合の手順は具体的にどのような流れになるのでしょう。
図に重篤な有害事象が発生した場合の報告の流れを記載した通り,まず,担当する医師や医療者は発生した有害事象に応じて適切な治療を行うとともに,臨床試験の研究責任者(研究責任医師)や病院長などに報告します。研究グループは発生の都度,有害事象について迅速に検討を行い,治療内容の適切さや試験全体の継続の是非などを慎重に判断します。発生した有害事象の緊急性に応じて,数日から1~2週間程度の報告期限が定められています。
図 重篤な有害事象が発生した場合の報告の流れ(筆者作成)(クリックで拡大) |
因果関係の有無にかかわらず慎重な検討を
臨床試験中に重篤な有害事象が発生した場合,臨床研究法の規定に基づき緊急報告等の対応が必要になります。従来の「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」(医学系指針)と異なる点として,①各施設の倫理審査委員会ではなく「認定臨床研究審査委員会」に報告され一括して審査される,②報告対象となる有害事象は研究との因果関係が疑われるものに限定される,③報告対象となる有害事象の定義や報告期限の設定(表),といったものがあります。
表 未承認または適応外の医薬品等を用いる特定臨床研究の認定臨床研究審査委員会への報告期限(「臨床研究法施行規則」より作成)(クリックで拡大) |
終末期患者を対象とする緩和ケア領域の臨床試験では,自然経過(原病の悪化)による死亡例が多く発生します。ところが,従来の医学系指針では,報告対象となる有害事象は因果関係を問わず対象となっていたため,その対応が研究者にとって負荷となっていました。新たに制定された臨床研究法では,報告対象となる有害事象が研究実施との因果関係が疑われるものに限定されたことで,試験において生じていた負荷は軽減されることになりました。
一方で,因果関係の判定が基本的に各施設の研究責任者(研究責任医師)に委ねられることの弊害も指摘されています1)。そのため,因果関係の有無にかかわらず,研究実施中に発生した重篤な有害事象については,当該試験を実施する研究グループとして慎重に検討を行える体制が必要です。
日本がん支持療法研究グループ(J-SUPPORT)が作成に関与し,国立がん研究センター中央病院が公開している「支持療法・緩和治療領域研究ポリシー(総論)」2)では,原病の悪化による死亡を緊急報告の対象外と定めることができるのは,①死亡が予期されるもの,②明らかに原病の悪化によるもの,③カルテ等の診療文書に状況が明確に記録されていることが確認されているもの,という3つの条件を満たす場合に限るとしています。この場合も,緊急報告の対象外とされた原病の悪化による死亡は,CRF(症例報告書)で情報を収集し,データセンターが独立データモニタリング委員会に報告して審査を受けることとされています。
今回のポイント
・被験者の安全を守って臨床研究を実施するには,有害事象への対処について事前に決めておくことが重要である。 ・臨床研究法では報告対象となる重篤な有害事象は,研究実施との因果関係が疑われるものに限定されるが,因果関係の有無にかかわらず,発生した有害事象について研究グループとして慎重に検討できる体制が必要である。 |
(つづく)
註:大学病院医療情報ネットワーク臨床試験登録システム(UMIN Clinical Trials Registry:UMIN-CTR)で閲覧できる臨床試験登録情報を参照。JORTCが実施責任組織となっている臨床試験,「がん患者における不完全消化管狭窄による嘔気に対するオランザピンの有効性についてのランダム化比較試験」(UMIN ID:00001037)では,試験で使用するオランザピンの禁忌のため,除外基準に「糖尿病の患者,糖尿病の既往歴のある患者」が記されている。
参考文献
1)Japanese Cancer Trial Network. 臨床研究法の抜本的見直しに向けた提言.2019.
2)日本がん支持療法研究グループ(J-SUPPORT).支持療法・緩和治療領域研究ポリシー(総論).Ver 1.1. 2019.
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