医学界新聞

2019.02.25



Medical Library 書評・新刊案内


《シリーズ ケアをひらく》
異なり記念日

齋藤 陽道 著

《評者》酒井 邦嘉(東大大学院教授・言語脳科学)

同一化を求める治療を越えて

なぜ思い出が薄かったのか

 著者の齋藤陽道(はるみち)さんは写真家であり,ろう者である。ただし聴者の環境で育ち,日本手話を本格的に使い始めたのは16歳からだ。それまで補聴器を付けて日本語の発音訓練を受けたが,他人の声は9割方わからず,「ひとり空回りする会話しかできなかった時期の思い出は,とても薄い」と言う。ところが20歳を過ぎて補聴器と決別し,手話がなじんでからは,「ことばを取り戻していくうちに,自分のものとして瑞々しく思い出せる記憶が増えてきた」。そして,「今ならわかる。思い出すことができなかった理由は,こころと密接に結びついたことばを持っていなかったからだった。ぼくはことばの貧困に陥っていた」と述懐している。

 私はそこに「こころ」の一部としての「ことば」の本質を見る。それと同時に,補聴器や人工内耳などの医療器具が人間の尊厳を奪いうるという事実に愕然とする。

異なったままでつながるために

 陽道さんのパートナーである真奈美(まなみ)さんは,デフファミリー,つまり家族が皆ろう者という家庭で育ったから,母語は日本手話である。もちろん夢も手話で見る。その2人から生まれた樹(いつき)さんは,ろう者を両親に持つ聴者であり,日本手話と日本語のバイリンガルでもあるコーダ(Coda;Children of Deaf Adultsの略)なのだ。この異なる「ことば」と体験を持った3人の生活から自然と溢れてくる会話を通して,陽道さんは笑い,怖れ,そして本当に大切なことに気づかされる。陽道さんは次のように記している。

 「『異なり』は,勝ち負けを決めたり,同一化を求めるためにあるのではない。異なりの溝はそのままに,そこを越えて交わろうとするところから,知恵や覚悟が生まれる」

 一言語によるコミュニケーションがグローバル化だと勘違いされる現代にあって,互いの「ことば」と「こころ」の多様性を認め合うことがいかに大切であることか。病を持つ者に対して,その人を見守りケアする者も(本書はシリーズ「ケアをひらく」の一冊だ),同一化を求める治療だけでは不十分なのである。

まなざしもまた「声」である

 聴者は声が聞こえるから,常に相手の目を見ながら話す必要がなく,目を合わせずに話をする人も多い。ところが手話は見ていないと伝わらないから,ろう者は相手と目を合わせて手話をするのが基本であり,視線をそらせば,その視線の方向が指示対象を意味することになる。手話ではまさに「目は口ほどにものを言う」のであり,表情もまた非手指動作として文法要素になっているのだ。さらに陽道さんは,「ぼく自身が写真を通して,まなざしも『声』のひとつだということを学んだからかもしれない」と述べている。

 本書に綴られたことばは,とても美しい。「自然は常に何かが豊かに流動している。ただ行われる奇跡のような何かを,いつも潤沢にこぼしている」という何気ない一節に心が洗われる。全体として随想というより詩の連作に近く,それ故,叙情的で温もりのある写真と静かに響き合う。魂を揺さぶられるアート作品だと私は感じた。

A5・頁240 定価:本体2,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03629-0


グループワーク その達人への道

三浦 真琴 著
水方 智子 執筆協力

《評者》鳥井元 純子(美原看護専門学校学校長)

グループワークを当たり前に実施する私たちにさらなる学びを与えてくれる

 この本を手にして,ページをめくっていると,三浦真琴先生の「グループワーク」の研修に参加した時のことを思い出します。

 私はその研修で,グループワークが効果的にできるための方略を学び,そして多くの方法を教えてもらおうと考えておりました。おそらく参加者の多くも私と同じような考えと期待を持っていたであろうことは容易に推察できました。

 その時の三浦先生の研修は,マニュアルをひそかに期待して参加した私の姑息(こそく)な考えをはるかに凌駕する内容でありました。明るく楽しくお話しになる中に,先生の学習者に対する想いの深さが感じられました。また,その時その場で学生たちが何を考え,何を学んだかを大切にしなければならないという言葉が今さらのように胸に刺さったことを思い出します。私も含め参加者たちは,三浦先生の研修の楽しさと深い内容に引き込まれました。

 この本はグループワークのための入念な準備の数々,グループワークの楽しさを引き出す演出のみならず,グループワークの主役である学生の学びを引き出すための多くの工夫や細やかな観察にも触れています。それらの記述には,三浦先生の教育に対するお考えが溢れていて,読み手にもよく伝わってくるでしょう。グループワークの持つ効果が学生たちの成長に役立つには,教員はしっかりと準備し,丁寧にかかわることが必要であることと,学生たちが十分な合意を形成できるよう教員が働き掛けていく力を持つことが必要であること,グループワークの過程で,相手の立場に立つことを気付かせ,思考の幅を広げていく効果が...

この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook