セル看護提供方式®というカイゼン(井部俊子)
連載
2018.12.17
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加国際大学名誉教授 |
(前回よりつづく)
2018年11月,経団連会館(東京都千代田区)で開催された第6回Conference for Health Care in Tokyoに参加した。テーマは「ニッポンの医療現場のカイゼン」。飯塚病院と米国シアトルにあるバージニア・メイソン病院の共催である。
「セル看護提供方式®」による看護サービス変革の取り組みを発表する森山由香さん(飯塚病院副院長兼看護部長)の頬は紅潮し目は輝いていた。交わした言葉のなかから,自分たちの実践に誇りと自信を持っていることが伝わってきた。今回は,その看護提供方式を報告したい。
動線,記録,配置の「ムダ取り」
セル看護提供方式®は,製造業の生産方式の考え方を枠組みとしている。製造業の「セル生産方式」は,ラインによる流れ作業ではなく,1人から数人の作業員で製品の組み立てを行う生産方式であり,作業員の待ち時間を排除することで生産性の向上をめざす。そして作り出す製品をイメージしてカイゼンを繰り返していくものとされる。
セル看護提供方式®の特徴は,業務の「流れ」を注視し,看護のなかに製造業のセル生産方式を取り入れたことにある。つまり,看護が作り出す成果物を意識しながら,ナースを限りある資源と認識して効率を上げることを前提とする。重要な出発点は「ムダ取り」である。看護業務の流れには,❶動線,❷記録,❸配置などのムダがある。
❶動線(動き)のムダには,スタッフステーションと病室,病室とリネン庫や器材室等を何回も往復すること,物を取りに行く/戻る,人や物を探すことなどがある。❷記録のムダには,次の勤務者や医師を含むチーム医療メンバーに読まれない記録,利活用されない記録,重複した記録,メモや下書き(清書という手間が増えるし,転記ミスが発生する)がある。❷配置のムダ(ムラ)には,患者を受け持たないナース,受け持ち患者の重症度の偏り,重症度や医療・看護必要度に沿わないナースの配置,固定した看護人員配置(夜勤と比べ日勤はナースが余剰な配置となる)などがある。
これらのムダ取りをしたのが,セル看護提供方式®である。つまり,❶動線(動き)のムダに対しては,患者のそばで仕事をする,電子カルテカートの屋台化,病室の周囲に必要物品を配置する。❷記録のムダに対しては,看護ナビコンテンツ(註)の活用,重症度,医療・看護必要度B項目の記録をなくす,サマリーの簡略化(現場では入力作業・電子カルテの開閉や画面切り替えなどの時間がかかっておりカイゼンの余地が大きい)など。❸(ナース)配置のムダに対しては,受け持ち患者を少なくするための患者均等割り振り,重症者を1か所に集めない,タイムスケジュールに沿った仕事のやり方を徹底することなどである。
こうして,スタッフステーションから病室へという働き方イノベーションが実行される。リーダー看護師・早番・遅番・フリー看護師も患者を受け持ち,1人のナースの日勤受け持ち患者は平均4人とした。動線を短くするため電子カルテカートを工夫(屋台化)して,あらかじめ必要物品をカートに準備し,タイムスケジュールに沿ってタイムリーな「補完」を行う。勤務時間内に患者のそばで内服薬をセットする。次のナースが困らないよう,各勤務終了時にリストに従って物品をカートに補充し,カンファレンスもベッドサイドで行う。セル看護提供方式®では,かつて「詰め所」と言われたスタッフステーションにナースが「詰める」ことはなくなり,病室がそれに代わる。
ナースがスタッフステーションにいない
飯塚病院における改革のきっかけは2009年11月,トヨタ生産システムをベースにしたカイゼン活動を展開しているバージニア・メイソン病院の見学であったと須藤久美子さん(飯塚病院特任副院長)は述べている。「病棟に足を踏み入れた私の目に飛び込んできたのは,ナースが1人もいない無人のスタッフステーションだった。照明さえも落としている。“ここは使用されていないスペースなのだろうか。”混乱のなかでナースを探すと,やがて私たちが目にしたものは,看護助手とともに患者のそばにいるナースたちの姿であった」。そして,「これこそ私の求めていたイメージだ」と直感したのである。
飯塚病院では,セル看護提供方式®で何が見えるようになったのかについて,テーマを決めて定期的に振り返りを行っている。その効果はいくつかの指標に表れている。退勤時間が早くなり,ナースの退職率が減少した。褥瘡発生件数と転倒・転落件数が減り,ナースコールも減った。そして,全病棟ナースの平均ストレススコアが確実に下がった。ナースは患者のそばでやりたい看護を実践することにより,モチベーションが高まった。
患者からの具体的な声がある。「一番きついときにいてくれてありがとう」「何も言わなくてもわかってくれるね」「ここはいつも看護師がいるね」「他とは違うよ」「いつも顔が見えるからうれしい」「そばにいるから話し掛けやすい」「他とは看護の質が違うよ」「早くこの病棟に来たかった,みんな優しい」「5時になった,もう帰る時間よ」。
セル看護提供方式®は看護部だけの奮闘で実現できたものではない。経営理念である「We deliver the best. まごころ医療,まごころサービス」の実現をめざす飯塚病院におけるカイゼン活動の一環である。ES(従業員満足度)がPS(患者満足度)に,そしてそれが結果としてOS(経営者満足度)につながるという,麻生泰取締役会長の信念がある。
(つづく)
註:水流聡子氏(東大大学院特任教授)らが開発した患者状態適応型パスシステム(PCAPS)から看護の部分を抜き出したもの。
参考文献
1)麻生泰.セル看護が医療現場を救う――患者本位のカイゼン型経営.日本経済新聞出版社;2018.
2)森山由香.「セル看護提供方式®」看護サービス変革への取り組み――楽しく働く職場環境をめざして.第6回Conference for Health Care in Tokyo資料;2018.
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