高齢者新興感染症!(Emerging Infectious Disease in the Elderly)(岸田直樹)
連載
2018.12.03
実際どうする?どこまでやる?高齢者感染症の落としどころ
風邪様症状は最もよくある主訴だ。しかし高齢者の場合,風邪の判断が難しく,風邪にまぎれた風邪ではない疾患の判断も簡単ではない。本連載では高齢者の特徴を踏まえた「風邪」の診かたを解説する。
[第十二回(最終回)]高齢者新興感染症!(Emerging Infectious Disease in the Elderly)
岸田 直樹(総合診療医・感染症医/北海道科学大学薬学部客員教授)
(前回よりつづく)
前回(第3296号)は,薬剤耐性菌治療のジレンマであり重要な考え方でもある「R=耐性=抗菌薬無効」が必ず成り立つわけではないと確認しました。感受性試験結果がRだと「無効な抗菌薬を使用していた」と考えてしまいますが,実際の臨床では改善を経験することがあります。特に「非重症のcommon disease(肺炎・尿路感染症・胆管炎)」でその場面に出合います。「R=抗菌薬絶対無効」ではない理由や,感染症と闘っているのが抗菌薬だけではないことを改めて確認すると,臨床の幅が大きく広がると考えます。
今回は,高齢者の新興感染症を紹介します。新興感染症は「新しく認知され,局地的あるいは国際的に公衆衛生上の問題となる感染症」のことですが,本稿では,「これまであまり認識されてこなかった高齢者の感染症」を広く指す意味で使わせてください。Crowned dens症候群がいまやcommon diseaseと化したように,今まで認識されてこなかった感染症が,未曽有の高齢化によって見えてきました。
CASE 186歳女性,高血圧症,脂質異常症,糖尿病の持病あり。洞不全症候群でペースメーカー挿入中。4日前から発熱を認めた。咳や鼻汁はないが,痰は少しある。本日も38℃の発熱があり,救急受診となった。発熱以外の異常所見はなく,バイタルは安定している。尿検査で白血球数20~30/HPF,細菌(+),心肺に異常音,胸部X線撮影で浸潤影はなし。暫定病名は尿路感染症の診断で入院となった。翌日,血液培養2セットからグラム陽性桿菌を検出した。 |
非結核性抗酸菌症が増えている
非結核性抗酸菌(NTM)症が増えています。NTM症といえば肺で,肺NTM症が増えていますが,皮膚軟部組織のNTM症,さらに“人工物のNTM感染”に意外と出合います。理由としては,人工物を入れる高齢者が増えていることのほか,これまで生やしにくいとされた抗酸菌の培養精度向上があるように思います。
Case 1は,最終的な診断はMycobacterium fortuitumのペースメーカー感染でした。NTMは染色性が良くないグラム陽性桿菌で,培養結果の報告のされ方によっては,現場の医師は一般細菌と区別できません1)。細菌検査技師と直接の情報交換が重要です。悪さをすることが多いのは病原性の高い迅速発育型抗酸菌(M. fortuitum, M. chelonae, M. abscessusなど)です。外傷・骨折後のプレート感染,人工関節感染などの人工物感染症はどのNTMでも起こり得ますので,積極的な抗酸菌培養の検討が重要です。
CASE 292歳女性。気管支拡張症,NTM症で外来フォロー中。咳や痰を普段から認めていた。1週間前から咳が増悪し,鼻汁も認める。昨日から悪寒戦慄を伴う39℃の発熱あり。本日呼吸苦もあり救急車で受診。SpO2 82%(10 Lリザーバー)だったため挿管しセフェピムによる治療開始となったが,同日呼吸不全のため亡くなった。受診時に採取した喀痰培養,血液培養からグラム陰性桿菌が検出され,最終的な診断は薬剤耐性のない大腸菌の肺炎であった。 |
「よく見掛ける腸内細菌単一菌」による激烈壊死性肺炎
高齢者では誤嚥性肺炎が疑われる喀痰から大腸菌などの腸内細菌が出てくることはよくあります。しかし,複数菌の一つとして検出した場合,腸内細菌の真の関与の判断は悩ましいところです。
なぜ高齢者の喀痰から大腸菌や腸球菌など便(腸内細菌叢)を想像する微生物が生えてくるのか? という素朴な疑問が湧くと思います。これは,胃・食道など上部消化管の悪性腫瘍や手術による解剖学的変化,さらにプロトンポンプ阻害薬やH2ブロッカー使用による胃酸の強力なバリアの破綻など,上部消化管の生体機能が損なわれることが原因です。そこに消化液の逆流もあり,口腔内に腸内細菌を保菌しやすくなります(同じ理由から,高齢者の膿胸でバクテロイデス陽性となることが時々あります)。
グラム陰性桿菌が肺炎を真に起こすと,時間単位で増悪する激烈壊死性肺炎の臨床像が典型的でoverwhelming pneumoniaとも呼ばれ,緑膿菌2)が有名です。院内肺炎では緑膿菌やアシネトバクター,エンテロバクターでこのパターンを見掛けますが,市中では大腸菌やプロテウスといった「よく見掛ける腸内細菌」でも出合う頻度が近年増している印象です。適切な抗菌薬を投与しても高齢者は救命できないことが多く,肺に大きな空洞を形成することもあります。そうなると気胸は必発です。落ち着いてきたように見えて,緊張性気胸に急になることがありますので,急変する可能性を事前に説明することが重要です。
高齢者,奥様いても,HIV
HIV感染が初めて見つかる年齢のイメージは20代や30代でしょう。しかし,抗HIV薬の進歩によってHIV感染者が長生きするようになり,高齢のHIV感染者が増えました。新規にHIV感染となる高齢者も増えている印象です(米国では新規AIDS罹患者の15%は50歳以上と言われます)。性感染症予防の重要性が議論される前の時代に育った高齢者が多いことが原因と考えられています3)。
国内のHIV感染者のほとんどは男性です。男性は,シルデナフィルの使用で生涯sexually activeであることが可能です。Case 3では,妻がいるにもかかわらず,HIV感染でした。この男性は,「60歳くらいから妻が性交の相手をしてくれなくなり,仕方なく男性とするようになった」と話しました。高齢者は75歳からという新定義(第5回,第3271号参照)が今はあるように,60代を超えても身体的に若い男性がとても多いのです。
高齢者のその他の新興感染症
・高齢者の感染症は赤ちゃん返り。B群溶血性連鎖球菌の髄膜炎,多発膿瘍,蜂窩織炎,尿路感染症だけでなく,肺炎もcommon diseaseに。
・高齢者の発熱+意識障害で,肝硬変がない高アンモニア血症を診たら,尿路感染症。ウレアーゼ産生菌(プロテウス属,クレブシエラ属,モルガネラ属,他に,Corynebacterium urealyticumやC. riegeliiなど)は尿素を分解し,CO2とアンモニアを産生するため,高アンモニア血症となる。
・高齢者のアエロコッカス属の菌血症は尿路感染症。尿培養で連鎖球菌も積極的に同定してもらおう。
・意外に出合う高齢者の化膿性耳下腺炎と子宮留膿腫(第5回参照)。
高齢者感染症診療から,新たな理論・原理を提示する
「高齢者の『風邪』の診かた」と題して,高齢者の感染症診療とその周辺を考えてきました。高齢者の感染症診療をしていると,「治療しているのは検査・培養データではなく,患者さん」という,よく考えたら当たり前のことを忘れている自分に気付きます。大切なことは患者さんのデータを改善することではなく,患者さんにできるだけ弊害なく満足いく医療を提供することです。それなのに,検査・治療法の多さについていくのが医師としてやっとで,患者の思いの視点を忘れがちです。
この数十年,医療は大きく進歩しましたが,何かを置き忘れてきたのではないかと感じます。例えば,公衆衛生学的脅威となった薬剤耐性菌へ科学的に正確に立ち向かおうとすればするほど,感染症診療のアプローチが狭まっているように感じます。
高齢者を診ることで,私たち医療者が忘れてきたことに気付かされます。つまり,「高齢者の『風邪』の診かた」は高齢者に限った話ではないことに多くの読者の方が気付いたのではないでしょうか? 日本が迎えている未曽有の少子高齢化・人口減少社会と真摯に対峙し,そこから見えてくる医療と,日本が持つ丁寧な翻訳文化を合わせることで,世界が注目する医療・感染症診療の新しい原理・理論を提示できるのではないかと感じます。
今回のまとめ■良くならない人工物感染症,皮膚軟部組織感染症にNTM症あり■グラム陰性桿菌による肺炎の臨床像に,激烈壊死性肺炎がある ■高齢者,奥様いても,HIV ■感染症診療の新しい原理・理論が,高齢者診療から生まれ得る |
(了)
参考文献
1)Int J Cardiol. 2007[PMID:17070607]
2)J Thorac Imaging. 2002[PMID:11828213]
3)Arch Intern Med. 1994[PMID:8267490]
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