医学界新聞

連載

2018.03.05

 高齢者の「風邪」の診かた
実際どうする?どこまでやる?高齢者感染症の落としどころ

風邪様症状は最もよくある主訴だ。しかし高齢者の場合,風邪の判断が難しく,風邪にまぎれた風邪ではない疾患の判断も簡単ではない。本連載では高齢者の特徴を踏まえた「風邪」の診かたを解説する。

[第三回]鼻症状は薬剤性,喉症状はカンジダやヘルペスを疑う!

岸田 直樹(総合診療医・感染症医/北海道薬科大学客員教授)


前回よりつづく

 前回は,高齢者は風邪を引きにくいという話を,感染症疫学や微生物学の側面から説明しました。皆さんが臨床で感じる「高齢者は風邪の3症状チェックを満たしにくい」という感覚は,あながち間違いとは言えず,科学的に示すことができます。では,3症状のうちどれかが強いパターンはよく見かけるでしょうか? ここも特に,鼻と喉で高齢者はすんなりといきません。

感染症もアレルギー性疾患も高齢者では頻度が低下する

 まず,鼻症状メイン型について考えましょう。咳,喉症状はほぼなく,鼻症状が一番つらいという患者さんです。

 さて,鼻汁を垂らしながら受診する高齢者って多いでしょうか? いないとは言いませんが,珍しいですよね。連載第1,2回(第32563259号)でも解説したように,高齢者はこれまでに多数のウイルスに暴露されてきていますので,感染しても典型的な風邪を引きにくいです。それだけではなく,鼻症状といえばアレルギー性鼻炎ですが,「アレルギー性疾患は若年成人期をピークに年齢とともに減少」するのです。高齢者ではのようなアレルギーに対する免疫応答の低下(免疫老化)が指摘されています1)。ワクチンが効きにくいのもこの一つとして説明できます。高齢者は風邪もアレルギー性疾患も頻度が低下するのですから,鼻症状がメインの高齢者と意外に出会わないことは納得のいくところです。

 免疫老化の特徴(文献1より一部抜粋)

 ちなみに,極論ですが「65歳以上初発の喘息はない」と覚えなさいと研修医には指導しています。高齢者喘息が注目されてはいますが,そのアプローチは丁寧に考えるべきです。高齢者喘息は2つのカテゴリーに分けられます。①高齢になる前から喘息持ち,②高齢になってから発症した喘息です。注目されているのは①であって,②はないとは言い切れませんが,かなり勇気がいる診断と思うことが重要でしょう。②は,COPDとのオーバーラップ(ACO:asthma-COPD overlap)や類似した症状を呈する多くの鑑別を丁寧に行わないと診断できません2)

高齢者の鼻汁は薬剤性かも

 とは言いつつも高齢者の鼻汁はたまにみます。アレルギー性鼻炎として長期に薬を飲んでいる高齢者にも出会います。高齢者が増えていますから,高齢初発のアレルギー性鼻炎の方がいてもいいとは思いますが,ちょっと立ち止まって考えてみてください。その高齢者鼻汁は薬剤性(rhinitis medicamentosa)では? 実は以下の薬剤が鼻炎症状を引き起こすとされます。抗アレルギー薬が処方のカスケードの一つになっていることもあります。これをきっかけにpolypharmacyを調整することもできますので,一度処方内容を確認してみるとよいでしょう。

薬剤性鼻炎の原因

●αブロッカー,βブロッカー
●他の降圧薬:ACE阻害薬,カルシウム拮抗薬(CCB)
●勃起不全治療薬:シルデナフィルクエン酸塩
●抗うつ薬,ベンゾジアゼピン系抗不安薬,抗てんかん薬:クロルプロマジン,ガバペンチン
●エストロゲン,プロゲステロン製剤

 心血管系に影響を及ぼす薬剤は,局所脈管の血管収縮を引き起こし正常な交感神経活動の崩壊による鼻炎の副作用をもたらします。α,βブロッカー,中枢作用性降圧薬および交感神経緊張を抑制するアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤などの薬剤は,血管拡張および鼻詰まりの症状を引き起こします。ベンゾジアゼピン系抗不安薬はまた,そのαおよびβ遮断特性に起因する鼻症状を呈するとされます。アスピリンに敏感な患者は,抗血小板活性のために,鼻炎および長期の鼻出血に苦しむ可能性があるとされます。鼻炎を引き起こす他の全身薬は,経口避妊薬,勃起不全治療薬,免疫抑制薬(ペニシラミン),抗ウイルス薬,および経口レチノイドなどとされます。

 高齢者では,老人性鼻炎,または原発性萎縮性鼻炎の加齢性変化(鼻腺萎縮,血管変化,鼻加湿の減少,粘膜毛様体クリアランスの減少,および鼻の構造変化)のために鼻炎症状を来します。原発性萎縮性鼻炎に関連する組織病理学的変化には,粘膜萎縮,扁平上皮化生および慢性炎症があります。鼻腔の拡大に続いて起きる粘液層の過剰な蒸発と粘膜表面積の減少は萎縮性鼻炎の不可欠な要素です3)。この変化が,粘液の濃縮および粘液分泌の持続,鼻腔内の気流の変化につながります。気流と水と熱輸送の流体力学により,症状が引き起こされます。

 高齢者に抗ヒスタミン薬を処方する場合も,ふらつきや尿閉を常に考え,その必要性を丁寧に吟味したいところです。小青竜湯はこのような副作用は心配ないですが,麻黄と甘草が入っています。麻黄はエフェドリン効果による動悸や血圧上昇がありますので,大動脈瘤や大動脈解離のある高齢者では注意が必要です。また,重篤な副作用ではないですが,高齢者では「心配でドキドキして血圧が高くなる」のスイッチが入るきっかけにもなります。甘草は偽性アルドステロン症により低カリウム血症を引き起こします。低カリウム血症による筋力低下で転倒を来しますし,心室性不整脈のリスクになります(高齢者では見つかっていない心疾患などがある可能性が高い)ので漫然と長期処方するのはやめましょう。

高齢者の咽頭痛はカンジダやヘルペスかも

 では,喉症状メイン型についても考えてみましょう。急性の経過で喉が痛いという患者さんを考える上で大切なことは,まずその喉の痛みが①嚥下時痛か,②非嚥下時痛かを丁寧に分けることです。風邪による咽頭痛は原則嚥下時痛です。「唾を飲み込んで喉が痛いですか?」と聞くのですが,なぜか時々「うーん,わかりません」と答えられることがあります。そういう時は,「今,唾を飲んでみてください」と聞きましょう。咽頭痛を丁寧に分類した場合,高齢者で明確に嚥下時痛を伴う風邪はとても少ないことに気が付きます。理由は鼻の説明と同様です。

 このように風邪の3症状チェックを試みますが,高齢者では鼻も喉もメインの主訴で来ることはとても少ないです。では,次の症例はどうでしょうか?

CASE

【72歳男性】主訴:咽頭痛
以前より喘息,アレルギー性鼻炎があり,咳,鼻汁は通年あるが,1週間ほど前より咽頭痛が出現し咳が悪化した。現在も症状が続いているため,風邪ではないかと思い受診。喘鳴・呼吸苦,鼻汁悪化,発熱はない。

<既往歴>喘息・高血圧・糖尿病・糖尿病性網膜症,アレルギー性鼻炎,尋常性ざ瘡

<使用中の薬>レベミル®注,ノボラピッド®注フレックスペン,パルミコート®200μgタービュヘイラー,セレベント®ディスカス,ノルバスク®錠,レニベース®錠,フスコデ®配合錠,フルナーゼ®点鼻液,アレロック®錠,ミノマイシン®

<社会歴>飲酒:日本酒2合/日,喫煙:10本/日を50年間

 風邪の3症状チェックをすると3症状はあり,最も強い症状が咽頭痛ですので喉症状メイン型です。熱はなく咳があり,圧痛を伴う前頸部リンパ節腫脹や白苔を伴う扁桃腺炎はありません。咽頭痛の原因がウイルスか溶連菌かを見分けるCentorの基準では溶連菌感染の基準は満たしそうにありませんので,風邪という診断でよいでしょうか? 急性の経過ではありますが風邪は1週間程度で軽快しますので,風邪にしてはやや長引いている印象です。基礎疾患として糖尿病がある患者さんで喘息?(この病名も怪しいですね)として吸入ステロイドを使用しています。また,ミノマイシン®の内服がなぜか入っています。本人に聞くと2週間前に皮膚科から背中のざ瘡治療目的で抗菌薬が出ているようです。咽頭痛について丁寧に聞くと,嚥下時痛とのことですが,咽頭痛は「持続する熱い感じがあり,飲み込む時には異物感としみる感覚がある」とのことでした。耳鼻科での診察の結果,咽頭カンジダ症の診断となりました。

 このように,高齢者が明確な嚥下時痛を訴える場合は詳細な病歴を取り,咽頭カンジダやヘルペスなどを考えて耳鼻科でファイバースコープを用いた咽喉頭の診察をするのが良いでしょう。

今回のまとめ

■高齢者では風邪もアレルギー性疾患も頻度は低下。免疫老化により典型的な症状は来しにくい
■高齢者では鼻症状と喉症状はメインの主訴にはなりにくい
■鼻症状メイン型に薬剤性あり。Polypharmacy調整のきっかけにしよう
■抗ヒスタミン薬で転倒,尿閉あり。小青竜湯も麻黄のエフェドリン効果と甘草の偽性アルドステロン症(転倒,心室性不整脈)あり,漫然とした長期処方には注意
■高齢者の明確な嚥下時痛にはカンジダやヘルペスを疑う。吸入ステロイド,抗菌薬使用などあれば積極的に確認を

つづく

参考文献
1)Clin Transl Allergy. 2011[PMID:22409889]
2)Int J Chron Obstruct Pulmon Dis. 2016[PMID:27366057]
3)J Appl Physiol(1985). 2007[PMID:17569762]

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