行動変容の考え方を応用する 対象者に応じたコミュニケーション(平井啓)
連載
2018.01.22
行動経済学×医療
なぜ私たちの意思決定は不合理なのか?患者の意思決定や行動変容の支援に困難を感じる医療者は少なくない。
本連載では,問題解決のヒントとして,患者の思考の枠組みを行動経済学の視点から紹介する。
[第6回]行動変容の考え方を応用する 対象者に応じたコミュニケーション
平井 啓(大阪大学大学院人間科学研究科准教授)
(前回よりつづく)
行動変容しない理由は人それぞれ看護師 年齢的にもそろそろ乳がん検診を受けておいたほうがいいですよ。まだ受けたことないですよね。なぜ受けないのでしょうか?
「乳がん検診を受診しない」といっても,その理由は人によりさまざまなように見えます。このような人たちを「乳がん検診を受ける」という行動変容に導くにはどうすればよいのでしょうか。行動的・心理的背景から分類し,前回紹介した「行動変容」の理論を活用したコミュニケーションのヒントを探ります。 |
行動の5つのステージ
がん検診の受診は健康行動の一つであり,検診を受けていなかった人が検診を受けるようになることは一つの行動変容と考えることができます。
行動変容に関する最も有名な理論に,トランスセオレティカル・モデル(Transtheoretical model;以下,TTM)が挙げられます1)。この理論では,行動を「何もしていない」「何かを始めた状態」の2つではなく,以下の5つのステージに分けています。行動変容のステージは1つずつしか上がることができず,またステージごとに必要な介入方法が違うとしています。
前熟考期(無関心期) 「(変化に対して)ほとんど関心がない」
熟考期(関心期) 「関心があるが実際の変化はまだ先だと思っている」
準備期 「関心があり準備中である」
実行期 「新しい行動を始めたばかり」
維持期 「行動変容を継続している」
われわれの研究グループでは,TTMや他の行動変容の理論を応用し,自治体のがん検診事業に対する住民の行動と心理的特徴を明らかにする調査を行いました2)。そして,その特徴から対象者をいくつかのグループに分け(セグメンテーション),受診を勧める(受診勧奨)ためのメッセージをグループごとに用意・送付し,乳がん検診の受診率が向上するかを調べる地域介入研究を行いました3)。対象者の特徴ごとに介入を変えるこのような方法をテイラード介入と呼びます。
乳がん検診の対象者にインタビュー調査と質問紙調査を行った結果,検診の継続受診者(TTMの維持期に相当),未受診者ながらすでにいつどこで検診を受けるかを決めている実行意図者(TTM準備期),そして冒頭の例で挙げた患者A,B,Cのような3つのタイプの未受診者が存在することが明らかになりました。
行動的・心理的背景からセグメントに分ける
患者Aは,検診に行くつもりはある,すなわち計画意図は持っています(TTM関心期)。患者BとCは,行くつもりがない,すなわち計画意図を持たない人たちです(TTM無関心期)。さらに,Bが検診に行かない理由は「がん検診でがんが見つかることが怖い(がん罹患への恐怖・不安が高い)」であるのに対して,Cは「自分はがんにならない(がん罹患への恐怖・不安がない)」です。BとCを分ける要因は「がんへの心配(Cancer worry)」と呼ばれる心理学的な概念です。
セグメントの特徴に応じたコミュニケーション
われわれの地域介入研究では,患者A,B,CをセグメントA,B,Cとし,タイプに応じて異なるメッセージを含んだ受診勧奨リーフレットを作成しました(表)。Aはすでに関心は持っているステージなため,検診受診手順のフローや連絡先を明記し,実行意図を高める内容としました。Bには,「日本人女性の20人に1人(当時)が乳がんになる」という罹患可能性を示しつつ,「乳がんは早期のうちに発見して治療をすれば90%治る」という受診の利得を積極的に示しました。Cには,Bと同様に罹患可能性を示しつつ,「発見が遅れ,手遅れになることもある。毎年1万人以上の日本人女性が乳がんで命を落としている」という受診しないこと...
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