医学界新聞

インタビュー

2017.10.30



【interview】

人生の最期にどう向き合うか
苦しみの中でも“穏やかになれる”援助の在り方とは

小澤 竹俊氏(めぐみ在宅クリニック院長/エンドオブライフ・ケア協会理事)に聞く


 超高齢多死時代を迎えた今,国は地域包括ケアシステムの構築を掲げて在宅での看取りを推進している。各医療機関においても在宅医療との連携が求められる中,回復の見込みのない患者とのかかわり方に不安を持つ医療者は多いのではないか。本紙では,横浜市で24時間365日の訪問診療体制を整え,年間300人以上の在宅看取りに携わる小澤氏に,全ての医療者が心得るべき「穏やかな看取り」についてのヒントを聞いた。


――「住み慣れた場所で最期を迎えたい」という地域住民の希望をかなえるために今,必要なことは何でしょうか。

小澤 多死時代を前に,看取りのできる環境整備や人材育成は喫緊の課題です。年間死亡数は,最も多くなるとされる2040年には166万人を超え,2015年と比べて約36万人の増加が見込まれます。

 当院では常勤6人,非常勤11人の医師により,半径約5 km圏内に対して訪問診療を行っており,地域の看取りをカバーしています。しかし,国内全体ではまだ十分な体制はできていない状況です。

――2018年度に実施される診療報酬・介護報酬同時改定や第7次医療計画でも,在宅医療の拡充が重要な柱となりそうです。

小澤 医療・介護が連携した在宅医療推進の流れは,在宅医療に現在携わっている人はもちろん,急性期病院を含めた全ての医療者に大きな影響を及ぼすと思います。

 これからの時代,医療には病気を治すことの追求だけでなく,「回復の見込みのない患者さんに対して何ができるか」という視点も重要です。たとえ患者さんを治す手だてがなくても,見放さずにしっかりと向き合える。地域から高く評価され,選ばれ続ける医療には,Best Supportive Careの力が今まさに必要とされているのです。

苦しむからこそ見える,“支え”の存在

――小澤先生は救命救急センターや医療過疎地などでも働いてこられたそうですね。どのようなきっかけでホスピスの道に進んだのでしょう。

小澤 医師を志した高校生のころから全く変わらない思いがあります。それは「世の中で一番苦しむ人の力になりたい」ということです。さまざまな現場を経て,最も苦しむのは「死を前にした人」ではないかと考え,31歳のときにホスピス病棟で働き始めました。

――ホスピス以外の経験で,今につながっていることはありますか。

小澤 救命救急センターでの経験から,「在宅医療は急性期病院の役割を守るためにある」という思いを持っています。自宅や介護施設では看取りに対応できないという理由で安易に救急搬送することは,救急医療を疲弊させる恐れがあるからです。

――看取りに携わるようになって,戸惑いはありましたか。

小澤 回復の見込みのない患者さんに対し,医師として何ができるか悩みました。身体的な痛みは緩和ケアで取り去ることができても,苦しみの全てを解決することはできないからです。そこで私は,対人援助やスピリチュアルケア,そして「哲学」を学びました。

――哲学ですか。

小澤 「現象学」という分野から,1つのものに対していろいろな見方があることを学びました。つまり,死というものを普通は「怖い」「不安だ」などととらえますが,見方を変えれば「穏やかだ」「幸せだ」と感じられる可能性もある。苦しみの中でも,人は穏やかになれるのです。

――どうすれば見方を変えられますか。

小澤 苦しむからこそ見える,“支え”の存在に気付くことが大切です。死が近づくと,ご飯を食べる,トイレに行くといった当たり前のことが,だんだんとできなくなってきます。すると,病気になる前は見えなかった「当たり前の生活の素晴らしさ」に気付くようになる。そうすると,傍らに家族がいる,窓から美しい花が見えるといった何気ないことに心を打たれるのです。

 何が支えになるのかは人によってさまざまですが,支えに気付いた患者さんは不思議と穏やかになっていきます。「こんなに苦しい思いをするなら,いっそ早くお迎えが来てほしい」と思っていた人でも,「今,穏やかに生きていて幸せだ」と感じることができるのです。

必要なのは“わかってくれる人”

――支えに気付き,穏やかな最期を迎えるために,周りの人はどうかかわればよいのでしょう。

小澤 苦しんでいる人は自分の苦しみを“わかってくれる人”がいるとうれしい。これが大事なキーワードです。それには資格の有無は関係ありません。たとえ実習に来た学生さんでも“わかってくれる人”になれたら,素晴らしい援助者だと言えます。

――どうすれば患者さんの苦しみを理解できるようになるのでしょうか。

小澤 自分が相手を理解できたかどうかは重要ではありません。大事なことは,患者さんが「この人は私の苦しみをわかってくれた」と思うかどうか。つまり,「わかります,その気持ち」と声を掛けても駄目なのです。“わかってくれる人”とは説明でも励ましでもなく,“聴いてくれる人”なのです。

――聴き方に何かコツはありますか。

小澤 「反復」という技法があります。例えば,患者さんが「自分でトイレに行けなくなるなんて,いっそ死んでしまいたい」と訴える。それに対して,「ご自分でトイレに行けなくなって,いっそ死んでしまいたいと思われているんですね」というのが反復です。

――「死んでしまいたい」などというネガティブな発言でも,反復してよいのですか。

小澤 相手が発した言葉なら,反復しても大丈夫です。ただし,単に言葉を繰り返すオウム返しではいけません。聴く態度や反復するタイミングが重要です。きちんと相手のほうを向いて,穏やかに相づちを打つ。重たい言葉にはしっかりと間を取って抑揚をつけた言葉で返す。相手がうれしいときは自分もうれしそうに,悲しいときは悲しそうにするのです。

――「反復」は単なる言葉の繰り返しではなく,全てを受け止めるということなのですね。

小澤 相手の伝えようとするメッセージを丁寧にキャッチして,「あなたはこういう思いなんですね」と返します。すると今度は「そうなんです」という言葉が返ってくることがあります。この「そうなんです」というのが,患者さんにとって“わかってくれる人”になれたかどうかの目印になります。

穏やかな最期を援助する人材を育てる

――小澤先生は2015年に「エンドオブライフ・ケア協会」を立ち上げ,看取りのできる人材の育成にも力を入れているそうですね。

小澤 はい。設立以来,「エンドオブライフ・ケア援助者養成講座」を30回以上開いており,受講者は延べ2000人を超えました。

――どのような方が対象の講座ですか。

小澤 職種や専門性は問いません。医療・介護の現場で看取りにかかわっている,あるいはこれからかかわろうとしている全ての人です。これまで,受講者の約半数が看護師で,約2割がケアマネジャーなどの介護職,約1割が医師です。

 私としては,医師にもっと積極的に参加してほしい。なぜなら,医師がリーダーシップをとり,多職種が連携して患者さんに向き合うことが重要だからです。医学教育では「治すことができない患者」に何ができるかを系統的に学ぶ機会が少なく,患者さんとのかかわり方に戸惑う医師は多いです。

――講座の内容を教えてください。

小澤 プログラムは2日間です。初日は,人生の最終段階に共通する自然経過や症状緩和の基本,意思決定支援などを学びます。その上で,苦しみを抱える患者さんの“支え”を見つけ,穏やかな最期を迎えるための援助について学びます。2日目は,ロールプレイを交えて事例検討を行います。

――どのようなロールプレイをするのでしょう。

小澤 患者役を立てて,聴き方の技法を実践します。例えば,先ほど紹介した「反復」の他に,「沈黙」という技法があり,重たい場面設定で「患者さんの言葉を待つ」訓練をします。うれしい気持ちはすぐに言葉にできても,苦しみや大事な決断はなかなか出てこないものです。

――沈黙は気まずいことがありますよね。何か言わなければ,と思ってしまいます。

小澤 苦し紛れに「ところで……」と話を切り替えてしまうのはよくありません。患者さんの口から出てくるはずだった大事な思いが消えてしまうからです。あまりにも長く沈黙が続いたときは,「今どんなことを考えていましたか」と尋ねるのがよいでしょう。患者さんの考えている方向を変えずに,そっと背中を押すことができます。

 また,患者さんにとって沈黙は考えをまとめる大切な時間であり,意外と短く感じるものです。立場による時間感覚の違いも,ロールプレイで経験することができます。

――職種ごとの研修もあるのでしょうか。

小澤 グループワークで,職種ごとの援助や多職種連携の実践を学びます。お迎えの近い患者さんの事例をもとに,各人ができる援助を具体的に挙げていきます。

――援助のポイントは何でしょう。

小澤 患者さんにとって「穏やかになれる条件」を考えた上で,それに照らした援助をすることです。患者さんに痛みがあれば「痛みをとる」ために医師は薬剤を処方します。介護職は,痛みがあったらすぐに医師に知らせるというかかわりが可能です。

 ある患者さんは故郷の話をすると穏やかになれるかもしれません。援助者の中に同郷の人がいれば,一緒に懐かしい風景を思い出すことができます。援助とは,職種に基づくものだけではないのです。

――小さなことでも一人ひとりができる援助を丁寧に考えることで,患者さんの暮らしや人生に寄り添うことができるのですね。

小澤 はい。穏やかになるための援助を具体的に考えることは,援助者自身のモチベーションにもつながります。「何もしてあげられない」という思いから,「私にもできることがある」と気付くのです。

逃げずにかかわり続けるには

――看取りの仕事を続けるには相当なエネルギーが必要だと思います。今,仕事で悩んでいる人に伝えたいことはありますか。

小澤 看取りの現場は決してきれいな話だけではありませんから,逃げてしまいたくなることもあるでしょう。しかし,援助者に求められる本当の力とは「逃げずにかかわり続ける」ことなのです。

――逃げないためにはどのような姿勢で臨めばよいでしょうか。

小澤 最初に,苦しむからこそ見える,“支え”の存在に気付くことで穏やかになれるという話をしました。援助者も,支えに気付くことで苦しい現状への見方が変化することがあります。

 仕事に就いたきっかけや人との出会いなど,私たち一人ひとりの人生の過程にはかけがえのない支えがきっとあるはずです。誰かの支えになろうとする人こそ,実は一番支えを必要としているのです。

――小澤先生の“支え”は何ですか。

小澤 たくさんあります。同じ志を持って取り組む仲間がいるし,社会課題という大きなミッションがある。そして何よりも,「苦しむ人の力になりたい」という変わらない思いが私の原動力です。

 患者さんの役に立ちたいと努力しても,思うようにいかないことはいくらでもあります。「役に立てない自分」に絶望するのではなく,たとえ力になれなくても「誠実に向き合い続ける自分」を認めることも必要です。医療者一人ひとりが逃げずに看取りに向き合うための術を身につけ,一人でも多くの患者さんが穏やかな最期を迎えられる社会になるよう願っています。

(了)


おざわ・たけとし氏
1987年慈恵医大卒。91年山形大大学院医学研究科博士課程修了。救命医療や農村医療に従事した後,94年より横浜甦生病院内科・ホスピス勤務。2006年にめぐみ在宅クリニックを開院。15年にエンドオブライフ・ケア協会設立。17年にはNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出演した。『死を前にした人にあなたは何ができますか?』(医学書院),『今日が人生最後の日だと思って生きなさい』(アスコム),『小澤竹俊の緩和ケア読本――苦しむ人と向き合うすべての人へ』(医事新報)など著書多数。

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