長寿化時代の新しいステージ(井部俊子)
連載
2017.10.23
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加国際大学名誉教授 |
(前回よりつづく)
人口学者たちが2007年生まれの子どもの寿命を推計している。それによると,2007年にアメリカやカナダ,フランス,イタリアで生まれた子どもの50%は,少なくとも104歳まで生きる見通しである。イギリスは103歳,ドイツは102歳であるが,日本の子どもにいたっては,なんと107歳まで生きる確率が50%あるという。ロンドン・ビジネススクール教授のリンダ・グラットン(人材論,組織論)とアンドリュー・スコット(経済学)が著した『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)――100年時代の人生戦略』(池村千秋訳,東洋経済新報社,2016年)はなかなか面白い。
100年時代の人生に現れる新しいステージ
日本語版への序文はこのように始まる。「日本は,世界でも指折りの幸せな国だ。世界保健機関(WHO)の統計によれば,ほかのどの国よりも平均寿命が長い。所得や人口,環境の質など,世界の国のランキングにはさまざまなものがあるが,平均寿命というきわめて重要な基準で日本は世界のトップに立っている。100歳以上の人(英語で「センテナリアン」と呼ぶ)は,すでに6万1000人以上。今後,100歳を超えて生きる人はもっと珍しくなくなる」と述べ,国連の推計では,2050年までに日本の100歳以上人口は100万人を突破すると紹介している。「長寿化は,社会に一大革命をもたらす」のであり,「長寿化の潮流の先頭を歩む日本は,世界に先駆けて新しい現実を突きつけられている国」であることから,「日本の政府に求められることは多く,そのかなりの部分は早い段階で実行しなくてはならない」。その一方で,「最も大きく変わることが求められているのは個人だ」とした上で,「あなたが何歳だろうと,いますぐ新しい行動に踏み出し,長寿化時代への適応を始める必要がある」というのだ。
さらに,人が長く生きるようになると,職業生活に関する考え方も変わらざるを得ないという。人生が短かった時代は,「教育→仕事→引退」という3ステージであった。寿命が延びれば,2番目の「仕事」のステージが長くなる。多くの人は,思っていたより20年も長く働かなくてはならないと想像しただけでぞっとする。3ステージの生き方が当たり前だった時代は終わり,人々は,生涯にもっと多くのステージを経験するようになる。
人生に現れる新しいステージは,①選択肢を狭めずに幅広い針路を検討する「エクスプローラー(探検者)」であり,②自由と柔軟性を重んじて小さなビジネスを起こす「インディペンデント・プロデューサー(独立生産者)」であり,③さまざまな仕事や活動に同時並行で携わる「ポートフォリオ・ワーカー」のステージである。このような選択肢が増えれば,人々はもっと自分らしい人生の道筋を描く。つまり,「同世代の人たちが同時に同じキャリアの選択をおこなうという常識は過去のものになっていく。同世代が同時期に大学に進み,同時期に就職し,同時期に子どもを作り,同時期に仕事を退く――隊列を乱さずに一斉行進する集団さながらの画一的な生き方は,時代遅れになるだろう」と予測する。
「幅広い針路の検討」を行う看護学生の生き方を肯定する
看護大学の入試面接で,「あなたはなぜ看護師になろうと思ったのか」という質問は,古い3ステージ時代の認識を反映したものであり,教員が自ら学生の選択肢を狭め,入学してから学生が行うであろう「幅広い針路の検討」を否定することにつながりかねない。看護学校でエクスプローラーというステージを選択する学生の生き方をもっと肯定する必要があるだろう。エクスプローラーだけでなく,インディペンデント・プロデューサーやポートフォリオ・ワーカーとして学生時代から多様なステージを歩む者もいる。こう考えると,看護界の常識は長寿化の生き方に遅れを取っていると言うことができよう。
聖路加国際大学看護学部が2017年度から開設している「学士3年次編入制度」は,長寿化時代の新しいステージに応えるものである。一般大学で学士号を取得した者が,看護学部3年次に編入して,2年間で看護師国家試験受験資格を得ることができる制度であり,保健師助産師看護師法第21条1項に基づく(2014年6月25日改正)。2017年度の志願者倍率は2倍,2018年度は3.5倍となった。そのうち社会人経験者は80%を占めている。1期生は,関連科目を統合した授業を受け,「活発なディスカッションを展開し,意欲的で自主的な学習態度である」と学部長は報告している。新しい試みから,看護学カリキュラムのコンテンツを洗練させ,コンビテンシーに基づいたカリキュラム構成への変革を提言できると学部長は自信をのぞかせた。楽しみである。
リンダ・グラットンらは『LIFE SHIFT』の中で,「仕事の未来はどうなるのか」と題して,テクノロジー(ロボットと人工知能)が雇用に及ぼす影響を論じている。それによると,イノベーションの速度は目を見張るほど加速しており,機械は人間には太刀打ちできないような知能を持つ。しかし,テクノロジーは人間の雇用を奪うだけでなく,それによって補完される雇用も生むという。人間にしかできないことは,複雑な問題解決にかかわる能力(専門知識,帰納的推論,コミュニケーションスキル)と,対人関係と状況適応能力であるとしている。
看護の仕事は,ロボットに雇用を奪われることを心配するのではなく,労働力不足をロボットに補完してもらい,「人間にしかできない能力」を発揮していくことができる。こうして看護は職業として生き続ける。
(つづく)
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