『浮浪(はぐれ)雲』に学ぶ(井部俊子)
連載
2017.09.25
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加国際大学名誉教授 |
(前回よりつづく)
職場の近くにある日刊スポーツ新聞社に毎朝,刷りたての新聞が貼り出される。その見出しを横目で見ながら通り過ぎるのが常であるが,この日は通り過ぎて戻ってきた。しかも,すぐそばに設置されている新聞の自動販売機に140円を投下して日刊スポーツ新聞(2017年8月22日火曜日)を購入した。長年,私はこの界隈を歩いているがイソイソとお金を出して日刊スポーツを買うという行動は初めてである。
私を引きつけたのはある見出しである。「おねえちゃん,あちきと遊ばない」「浮浪雲44年で幕」「単行本112巻,史上6位」などといった派手な見出しが私を引き戻したのである。子どものころに母から漫画を読むことを禁じられていた私は,大人になってからも漫画への関心は薄かった。しかし,『浮浪雲』(ジョージ秋山)と『ゴルゴ13』(さいとう・たかを)だけは別格であった(といっても『ビッグコミック』の愛読者ではない)。
「形から入るのがいいでしょうね。心は形にはまりますから」
『浮浪雲』は,幕末の東海道・品川宿で問屋「夢屋」を営む元武士の主人公・雲が活躍する時代劇漫画である。雲は女好きで,女性を見れば「おねえちゃん,あちきと遊ばない?」との決めぜりふを言う。女物の着物をまとい自由気ままに振る舞い,仕事のシーンは描かれていない。堅苦しい武家社会とは裏腹に,物事や風習に一切とらわれない。めったに見せないが,居合い斬りの達人でもある。家族は妻・かめと,父とは正反対でまじめな長男・新之助,その妹でおてんばな長女・お花である。と新聞は概略を紹介する。「男女の機微から生きる意味まで,さらりと示される人生訓が好評」とあるが,私が『浮浪雲』のファンになったのもここである。
政治家の小沢一郎が『浮浪雲』から傑作十選を取り出して『あちきの浮浪雲』を出版している(小学館,2008年)。十傑のひとつである「盆休み」(初出 『ビッグコミックオリジナル』1985年8月20日号)を,このたび新米の看護管理者研修の“フレームワーク”にしようと私は考えている。
「盆休み」はこういうストーリーである(漫画を文字で紹介するのは難題である)。
新之助は,便所掃除も部屋の掃除も,みんなが嫌がる当番や役員もやり,学問所で習ったことを病気になった友達の枕元で伝えてやったのに恩をあだで返され,仲間外れにあった。家に戻った新之助は「父上,ご指導お願いいたします」と頭を下げる。すると父は,
「形から入るのがいいでしょうね。心は形にはまりますから」
「正しい形にはまれば仲間との輪にも入れるのでしょう」
「形とは?」
「身のなり,顔はうつむかず,あおのかず,かたむかずひずまず目をみださず,首……うしろの筋を直に」
「両肩をさげ,背すじを立て尻を出さず」
すると新之助はビッと立って,
「こう……」
「よ~し,いい顔になった」
障子の陰で聞いていたかめは,ほっとして,
「今日はお盆でございますから,お情けを……」
ということで夢屋の格子戸には「お盆につき本日お休み 夢屋」という張り紙が出るという具合である。
「管理者のカタチ」研修
臨床家から看護師長になったものの,これでいいのだろうかと自問自答している新米の看護管理者研修では,まず「管理者のカタチ」から入るのがよいのではないかと考えていた矢先,『浮浪雲』のこの一節が私の着想の後押しになった。
父上の雲が新之助に指南しているように,まず,①身のなりである。うつむかず,あおのかずかたむかずにスクッと立つ,立ち方がポイントである。私が看護部長になって2日目,院内の廊下を歩いていた際,考えごとをしていてうつむいて歩いていると,“平成の明治”というあだ名の係長が「顔を上げて歩くように」と私に声を掛けてくれた記憶がよみがえる。彼は『浮浪雲』の一味だったのかもしれない。
次は,②目をみださず,である。視線はキョロキョロしない,相手をみる,凝視ではなくやわらかく見る。関心をもって見る。③首の筋は直に,ということは頭を垂直に保つということであろう。しかも,両肩を下げ背すじを立て尻を出さず,ということは立位の姿勢が良いということである。このようにして「いい顔」になり職場という舞台に立つ。
「身のなり」の次は,「口のきき方」であろう。丁寧な言葉使いは一貫していなければならず,基本的には「私は」を主体とした文体で伝えるのがポイントである。この場合「させていただく」は不要である。このフレーズを連発するとますます頼りない管理者にみられる。また,人前で公人として話すときは「簡潔」がモットーである。冗長なハナシは評価を下げる。
管理者研修の第三部には,「重要事項の頼み方」を入れ,第四部には「役職の辞め方」を組みこもうと考えている。これで「管理者のカタチ」研修が構成される。
作者ジョージ秋山の『浮浪雲』の終わり方も参考になった。最終回は1039話となるそうである。
(つづく)
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