医学界新聞

連載

2017.11.27


看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第155回〉
辞め方の美学

井部俊子
聖路加国際大学名誉教授


前回よりつづく

 先月,ある病院の事務局長から電話があった。看護部長が「辞めます」と言ってきた。翌日,事務局長が慰留したところ,「(看護部長を)やっていきます」と答えたという。つまり,この看護部長は一日にして辞意を撤回したわけである。

 「辞めます」を交渉の道具として使う看護管理者もいる。自分が要求していることが通らないと「辞めさせていただきます」と頻繁に軽々と口にする師長に対し,私は看護部長としていさめたことがある。さらに,「次に辞めるというときは本当に辞めなければなりません」と申し渡した。それから数か月後,彼女は退職した。

 新たに看護部長となったAからの“相談”がメールで寄せられる。副看護部長であったAを看護部長に推挙した前看護部長は年度末で退職するもの,とAは思っていた。しかし,“顧問”として残留し,いろいろと院政を敷いた。つまり,引退したはずの人がなお実権を握って取り仕切っているのである。組織図上はAの部下となるはずの副看護部長が,前看護部長の非公式指示を受ける。新年度になったのにAの体制が構築できないのである。

看護部長時代の苦い経験

 私自身の苦い経験もある。私は看護部長を退任すると決断したあと,退職日を年度末の3月31日とせずに新年度に入った4月末とした。後任人事の決定が遅れていたこともあって,新入職員のオリエンテーションなどを行い,新年度の体制を整えて退職しようという“配慮”であった(内心,看護部長職に未練があったからだと今では考えている)。この配慮は不要であったと,後にある病棟師長に聞かされた。新年度は新しい体制で出発したほうがやりやすいというのである。よかれと思ってやったことがあだになるとはこういうことであると実感した。辞めるときは潔く辞めなければならないと思った。

部門トップが辞める際の4箇条

 今回の「看護のアジェンダ」は,部門のトップが辞める際の美学を考えたい。引き際の美学である。

 前述した3つの事例から次のような教訓が導かれる。

1)看護部長が組織人として辞意を表明したら,それは撤回すべきではない。
 翌日に「そんなこと言わずに続けてください」と上司に言われたからと,簡単に「辞めるのをやめる」のは美しくない。そもそも,引き留められて残るのならば辞意を公に伝えるべきではなく,その前に,個人的に打ち明けてもよい人に相談するとよい。「看護部長」として「事務局長」もしくは「病院長」に辞意を表明したら,辞めなければならないのである。

2)辞意を駆け引きに用いるべきではない。
 ものごとがうまくいかないから辞めてやるという態度はいささか幼稚である。それだけでその人の能力や人柄が評価される。決して高い評価にはならないであろう。部下の信頼が低下するのも必須である。常に「辞める」を口にする上司を,リーダーとして認めることはできない。

3)職位を辞すということは,職位に付随する職権(職能)を手放すということである。
 私が反省しているように,未練がましく在職の期間を延長したり,Aの上司のように失ったはずの権限を行使すべきではない。新体制を心配するならば,自分の在職期間中に補強をしなければならない。Aの上司はしかるべき席(会議)で権限委譲を表明せず,Aはどう振る舞ったらいいのかとまどっていた。

4)職位を辞すという決断は覚悟である。
 定年で辞める場合,任期満了で辞める場合などは辞す時期が外的な要件で決められており,特別なことがない限り,そのルールに従うことになる。一方,職位を辞すことを自律して決断している人も多い。自分の体力や能力の限界,家庭の事情,組織の状況,人間関係,病院長の信念との不一致など複雑に絡み合って,「自分はこの職を辞める」決断をする。

 決断するまでの期間は人によってさまざまであろうが,しばらくの間「迷いの期間」があり,心理的に不安定となる。その迷いを他人に話して気持ちを整理する人もいれば,自らの中で悶々としたあと決断する人もいる(私の場合はやたらにおみくじを買い求める)。迷いを口にする際の相手は,組織の外部にいる人で口が堅い人を勧めたい。十分に迷うことをすると,どこからか決断の“お告げ”がくるものである。

 定年後の人生をつづった内館牧子著『終わった人』(講談社,2015年)が話題になった。著者はあとがきで「重要なのは品格のある衰退」であるとし,「衰え,弱くなることを受けとめる品格を持つこと」の重要性を指摘している。

つづく

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