医学界新聞

連載

2017.01.23



おだん子×エリザベスの
急変フィジカル

患者さんの身体から発せられるサインを読み取れれば,日々の看護も充実していくはず……。本連載では,2年目看護師の「おだん子ちゃん」,熟練看護師の「エリザベス先輩」と共に,“急変を防ぐ”“急変にも動じない”フィジカルアセスメントを学びます。

■第13夜 プレショック④

志水太郎(獨協医科大学総合診療科)


前回からつづく

 J病院7階の混合病棟,2年目ナースのおだん子ちゃんは今日も夜勤です。年末年始連休の2日目。忙しかった昨夜と異なり,今夜は比較的落ち着いたスタートです。引き継ぎが終わり,日勤帯に入院した患者さんへのあいさつがてら,ちょっと顔を見に行くことにしました。

 患者は鈴本さん(仮名),65歳女性。主訴は腹痛です。症状は連休初日の晩から生じ,その夜に救急外来を受診しました。その後一時帰宅しましたが,翌朝になってもおなかが張ってもたれる感じがあったそうです。微熱もあるため再診を受けたところ,様子を見るために入院となりました。採血の結果,炎症反応が上がっていたとのことです。


(おだん子) 「こんばんは,体調はいかがですか?」
(患者) 「ええ,まぁ……。大丈夫です」

 それなら良かったと,安心してベッドサイドを後にしようとしたおだん子ちゃん。ふと,鈴本さんの呼吸が速いような気がして振り返りました。瞬間呼吸数(第1夜/第3159号)では20回/分を超えています。鈴本さんの手を取ると,じっとりと冷や汗をかいています。体を触ると,熱いようです。

(おだん子) 「鈴本さん,本当に大丈夫ですか?」
(患者) 「おなかは痛いですが,我慢できないほどでは……」

 顔の血色もやや悪いのですが,患者さんは普通そうにしています。しかし脈拍は弱く,瞬間脈拍(第3夜/第3168号)で測ると約100拍/分(整)。ダブルハンド法(第2夜/第3163号)で血圧を測ろうとすると,上腕動脈を軽く押しただけでも容易に血圧が下がってしまいます。驚いてバイタルを測ると,血圧110/70 mmHg,脈拍99拍/分,呼吸数24回/分,SpO2 99%(室内気),体温38.2℃でした。

(おだん子) 「え,もしかしてプレショック !? ええと,どうしよう……!」

 呼吸が速いことに気付いたのは良いものの,予想外の展開に頭が真っ白です。

(エリザベス) 「あらあなた,どうなさって?」
(おだん子) 「先輩……! この患者さん,プレショックみたいなんです! でもバイタルの割に本人の訴えは軽くて。腹痛と微熱で入院された方なんですが……」

 いつのもごとく登場したエリザベス先輩。おだん子ちゃんの言葉を聞いて,ナースステーションにあったカルテを見ています。たまたまナースステーションが部屋のそばで幸いしました。

(エリザベス) 「あら? やあねぇ。基礎疾患がございますの? ……糖尿病ですわね」

 エリザベス先輩は,患者さんの基礎疾患を見て何かに気付いたようです。

急変ポイント⓭
症状を隠すもの「糖尿にジロ目」(糖尿をジロッと見る!)

糖尿:糖尿病,それに伴う自律神経障害・免疫異常
に:ん(認)知症
ジ:(自)律神経障害
ロ:ウ(老)人(高齢者)
目:ステロイドや免疫抑制薬によるん(免)疫抑制

 このような背景がある患者さんは,症状があっても自覚できないこともよくあります。そうした点に気を付けてアセスメントすべき患者さんと言えます。

(エリザベス) 「この方は腹痛? おなかはもうご覧になってますの?」
(おだん子) 「あ,まだでしたっ(汗)!」

 先輩は患者さんのおなかをはだけて,軽く触っています。一体何がわかるのでしょうか。

(エリザベス) 「これは……!」

エリザベス先輩のキラキラフィジカル⓭
「腹膜刺激症状」

「忍びつつ,じっと咳して ちょんちょん,おなか」(リズムで覚える)

忍び:忍び歩き
つつ:ま先立ちをした後に,かかとをドン!と落とす
じっと:じっとしている
咳して:払いしてもらう
ちょんちょん:ちょんちょんと腹壁を軽くたたく
おな:(押)しては(離)す(反跳痛)

 腹膜刺激症状とは何でしょうか? 腹膜はおなかを内張りする膜です。壁側の腹膜に炎症が波及すると,わずかな刺激でも激痛を伴うことが多いです。

 腹膜刺激症状が出ると,歩く振動さえもおなかに響いてつらいです。腹痛を訴える患者さんが,外来診察室に入るときなどにそろり足,「忍び歩き」だったら腹膜刺激症状を疑います。「じっとしている」のも,痛みのために体の振動を避けたい患者さんの防御反応と言えます。

 腹膜刺激症状であることを確認するためには,つま先立ちになってかかとを上げてから下ろしてもらったり,咳払いをしてもらったりして腹膜刺激の誘発を試みることもできます。 「ちょんちょんと腹壁を軽くたたく」は,腹壁に直接刺激を与える方法です。片手の人さし指~小指の4本を使って,ごく優しく手首のスナップを軽くきかせて腹壁をたたきます。たたくといっても“とんとん”ではなく,弱~い“ちょんちょん”です。指でたたいた後,腹壁に指を置いておくとわずかに痛み誘発が下がります。

 さらに「押して離す」です。親指以外の4本の指をそろえて,腹膜をゆっくり深く押した後,一瞬でパッと離します。指を離したときに,押されているときよりも強い,鋭い痛みが生じるのが反跳痛です。もう片方の手は腹壁に触れ受動的な腹壁の緊張を見ます。 患者さんにとっては強い痛みを生じる手技なので,あまり気分の良いものではありません。一度陽性と取ったら,繰り返しの再現は不要です。

 このように,腹膜刺激症状の痛みの引き出し方はさまざまです。フィジカルは侵襲の少ないものから侵襲の比較的大きいものの順(語呂合わせの順)で行いましょう。

(エリザベス) 「軽く触っただけで腹壁が緊張しましたわ。すぐドクターをお呼びになって」
(おだん子) 「はいっ!」

 ドクターの診察でも腹膜刺激症状が確認されました。さらに,CT検査により胆嚢内外に気腫を伴う胆嚢の腫大と壁肥厚が見られました。すぐに外科にコール,緊急手術となりました――。

 いかがでしたでしょうか。今回は急性胆嚢炎(気腫性)プラス胆嚢穿孔でした。気腫性胆嚢炎は胆嚢炎の重症版で,ガス産生菌が胆嚢炎を起こします。緊急手術が必要な病気の一つですが,まれな疾患なので,今回の症例で大切なのは病名がわかることではありません。危険なサインをいかに察知できるかです。腹痛を訴える患者さんがいた際におなかをチェックして,緊急性の高い腹膜刺激症状の有無を確認できるか。ナースのフィジカルアセスメントでそこまで見つけられれば,迅速な処置につながります。

 医療行為は“Do no harm(害を与えない)”が基本です。医療者が何も触らなくても,観察だけでわかるのであれば,それが一番患者さんに負担をかけません。そして,観察だけでわかることがあれば,そのアセスメントが一番素早く次のアクションにつなげられるので,最も効果的だと思います。これは前回までのプレショックの察知や外来でのトリアージでも同じことです。明らかに腹膜刺激症状があるとわかったらそれ以降の侵襲的なアセスメントは行わず,すぐに主治医か外科医を呼んで対応してもらいましょう。

 もう一つ重要なのは,患者さんの基礎疾患への着目です。この方はコントロールがあまり良くない糖尿病(HbA1c 8.4%)で,症状をマスクしてしまう可能性がありました。それと同時に,感染症に対するガードが弱くなっており,合併症も生じやすくなっていました。このような背景を意識すると,基本的な情報だけでも,患者さんへの介入が的確で速くなります。結果,ドクターの動きを助けることにもなるでしょう。次回もお楽しみに!

おだん子のメモ

1月23日
●症状を隠す「糖尿にジロ目」を見たら,患者の微細な変化に要注意!
●腹痛は腹膜刺激症状をチェック! 患者さんに負担の少ないものから行うこと!

つづく

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