医学界新聞

連載

2016.12.12



おだん子×エリザベスの
急変フィジカル

患者さんの身体から発せられるサインを読み取れれば,日々の看護も充実していくはず……。本連載では,2年目看護師の「おだん子ちゃん」,熟練看護師の「エリザベス先輩」と共に,“急変を防ぐ”“急変にも動じない”フィジカルアセスメントを学びます。

■第12夜 プレショック③

志水 太郎(獨協医科大学総合診療科)


前回からつづく

 J病院1階の救急外来。7階病棟勤務のおだん子ちゃんは今夜も助っ人に駆り出されてきました。日中の外来診察が押したようで,勤務開始の夕方から救急外来の待合室は人でごった返しています。患者さんのトリアージや事務員さんのサポート,ドクターの補助やらで,おだん子ちゃんもてんてこ舞いです。10人以上の患者さんが待っているので,「トリアージしてきまーす」と待合室に向かいました。

 季節は冬,クリスマスが近付いてきました。最近は風邪の患者さんが多く,くしゃみをしている方もいます。3人目まで問診を終え,4人目の患者さんに話し掛けます。患者さんは志木さん(仮名),33歳。大柄でぽっちゃりとした男性です。少し鼻声で,鼻水をすすっています。既往歴は特になし。現在ご両親と3人暮らし。お母さんが心配そうな表情で付き添っていました。


(おだん子) 「こんばんは。今日はどうされましたか?」
(患者) 「だるい……」

 今までの夜勤で出会った,「だるい」という訴えから冷や汗モノの展開に至った患者さんや,「『だるい』は危険!」と言うエリザベス先輩の言葉が脳裏をかすめました。少し話を聞いてみようとすると,患者さんはあまり話したくなさそうにモジモジしています。大きい体でモジモジする様子はちょっとコミカルで,おだん子ちゃんはクスっと笑いそうになりました。しかし,患者さんがかなりだるそうなのは確かです。

 患者さんはあまり話し(せ?)そうになかったので,付き添いのお母さんに声を掛け,少し離れたところで話を聞くことにしました。

 患者さんは数日前の夕方,小雨が降っている中ランニングに出て,帰ってきてから少し寒気がすると言っていたそうです。実は,彼は最近失恋したらしく,自分の容姿が気になってダイエットをしようと思い立ったとのこと。まぁ私もダイエット中ですけどね,と言うお母さんも,横にやや大柄な方です。風邪をひかないよう,しっかり身体を拭くように言ってあったそうなのですが,翌日から鼻水,くしゃみが出て,喉もイガイガしてきたとのこと。脱水にならないように気を付けて,水分はしっかり取っていたものの,だるさはどんどん増してきたそうです。嘔気と軟便も伴ってきたため,週末になる前に受診しようと今日――金曜日の救急外来を訪れたとのことでした。

 この人はさすがにただの風邪だろうと思いながらも,バイタルを測ります。血圧110/74 mmHg,脈拍110拍/分,呼吸数24回/分,SpO2 99%(室内気),体温37.4℃でした。血圧は,最初はダブルハンド法(第2夜/第3163号)でさっと測りましたが,低めなのが気になり,念のために血圧計で測り直してみました。やはりやや低いようです。

(おだん子) 「呼吸が速いのと,血圧が低いのが気になるなぁ……」
(エリザベス) 「『だるい』は危険ですわよ!」
(おだん子) 「わっ! 本物!?」
(エリザベス) 「ちょっとあなた,……何が本物ですって?」
(おだん子) 「エリザベス先輩!(やっぱり今日も一緒……)びっくりした」

 おだん子ちゃんはエリザベス先輩に,志木さんの来院までの経緯と,バイタルの異常を伝えました。

(エリザベス) 「呼吸が速くて,『バイタルの逆転』(第9夜/第3192号)が起きかかっているのね? この患者さんの診察を優先させるのよ。ドクターは診察中でいらっしゃるから,先にベッドに移動よ」
(おだん子) 「はいっ」
(エリザベス) 「バイタル,だるさ,嘔気。これはプレショックね」

急変ポイント⓬
プレショックの徴候「あれ,ショックだぜ」

あ:「くび」
  眠くないのに,というのが大事
れ:「い(冷)汗,冷感」
  特に前胸部
しょ:「しょう(消)化器症状」
  嘔気,嘔吐,下痢など
く:「さ(草)色の顔」
  色の三原色を思い出す
だ:「るい」
  いつもと全然違う
ぜ:「んぜん違う印象」
  前日や家での様子と比較

 おだん子ちゃんとエリザベス先輩は二人で患者さんをベッドに移しました。エリザベス先輩はストレッチャーの角度を上げ下げしながら患者さんの首元を見ています。その後,わきの下に手を当てたり,皮膚の様子を見たりしています。

エリザベス先輩のキラキラフィジカル⓬
「脱水の評価」

以下の5つをチェック!

①頸静脈の虚脱
②血圧の低下
③意識障害
④腋窩・口腔粘膜の乾燥
⑤皮膚のツルゴール低下

 脱水は,血管内の脱水と血管外(組織)の脱水に分けて考えます。バイタルサインなどに代表される循環血漿量の減少で問題になるのは血管内のボリューム(容量)ですので,大事なのは血管内の脱水の評価です。

 患者さんに臥位になってもらい,頸静脈を心臓の位置より低くしても頸静脈が静脈血でそれほど充満しない,または虚脱していれば血管内脱水が起きています。血管内脱水時は脈拍の上昇,ひどいときには血圧の低下も起こります。血圧低下が起きると,脳に血が回らず,ボーっとするなどの意識障害が出現することもあります。

 さらに血管外の脱水にまで至っている場合は,普段は湿潤している腋窩(わきの下)や口腔粘膜が乾燥したり,皮膚のツルゴール(緊張度)が低下したりしています。皮膚のツルゴールは,皮下脂肪が少なく体内の水分分布の評価がしやすい前腕や胸骨部の皮膚をつまみ上げ,その皮膚がすぐに戻るか観察します。緊張度が低下している場合,しわが戻るのに10秒以上かかります。

 ただし,血管内脱水がひどい場合は血管外脱水の所見もありますが,必ずしも血管内脱水の存在を直接的に示すわけではありません。英語圏では血管内脱水をVolume depletion, 血管外脱水をdehydrationと分けていることからも,両者は別物扱いされていることがわかります。

(エリザベス) 「プレショックの原因はどうやら血管内脱水ね。だるさは脱水によるものかしら?」
(おだん子) 「水分をちゃんと取って休んでいたのに脱水なんて,なんだか変です」
(エリザベス) 「この方,何を飲まれていたのかしら?」
(おだん子) 「へっ?」

 お母さんに聞くと,水分を効率的に摂取するには体液の濃度に近い水分が良いと考え,スポーツ飲料を買い込んでいたとのことでした。どれくらい飲んでいたのですか? と聞くと,昨日とおとといは1日4リットル(大きいペットボトル2本)ほど飲んでいたそうです。そのとき,ちょうどドクターがやって来ました。エリザベス先輩はやって来た若手ドクターに,「先生,きっと血糖ですわ」と一言。ドクターの指示の下,簡易血糖測定をすると,なんと「High(異常高値)」の結果が出ました! 急いで静脈路を確保,急速輸液,インスリン持続投与が始まりました。静脈採血の結果,血糖値は892 mg/dL! 治療を開始しながら緊急入院となりました。

 後日話を聞くと,この患者さんは過去に予防接種の注射が非常に痛かった経験をして以来,ろくに病院に来たことがなく,そのため採血もしたことがなかったそうです。入院時採血の結果はHbA1c 13.2%。未治療の糖尿病があり,小雨の中走ったことでおそらく風邪をひき,糖分の多い清涼飲料水をたくさん飲んだために高浸透圧性の高血糖状態になったと考えられました――。

 今回は高血糖緊急症でした。高血糖による血管内脱水は時に命にかかわります。糖尿病というだけで自律神経の反応が鈍くなること,またこのような曖昧な表現で目の前に現れることに注意しましょう。最初の気付きはだるさと血管内脱水の所見,プラス病歴がわかれば,ナースサイドである程度診断が絞り込めます。基本的な情報があるだけでも患者さんへの介入が早くなり,結果ドクターの動きを助けることにもなります。

 フィジカルは強力なツールになるとおだん子ちゃんはあらためて確信したようです。次回もお楽しみに!

おだん子のメモ

12月9日
●「あれ,ショックだぜ」が大事!
●血管内脱水のフィジカルをマスターする!

つづく

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