薬物治療効果の構造的理解(後編)(中野重行)
寄稿
2016.12.19
【寄稿】
薬物治療効果の構造的理解(後編)
「食事・運動・心の持ち方」の大切さを患者に伝えるには
中野 重行(大分大学名誉教授/臨床試験支援財団理事長)
(前編よりつづく)
前編(第3200号)で言及した通り,薬物治療の効果は「自然治癒力を含む自然変動Nとプラセボ効果P(N+P)の上に真の薬効Dが乗っている」と構造的に理解することができます(図の❶)。薬物治療の効果を高めるためには,DかN+P,あるいはその両方を高めれば良いのです。
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図 治療効果を高めるためのストラテジー |
通常の薬物治療の効果(❶)。Dを高めたとき,薬物治療の効果は高まる(❷)。N+Pを高めると薬物投与量を減らしても,❶と同じ効果を得られる(❸)。N+Pを高めると薬物治療の効果は高まる(❹)。DとN+Pを共に高めると薬物治療の効果はさらに高まる(❺)。Nを❻のように高めると薬物が不要となる。 |
真の薬効Dは薬物濃度の関数
まずは,真の薬効Dが増大する場合,何が変化しているのかを示します。
生体に投与された薬物の薬理作用の強さEは,3つの要因によって規定されます。それらは①薬物の固有活性a(薬物の有する薬理作用の特性),②作用部位における薬物濃度C,③薬物に対する生体の感受性Sです。この3要因の関係を簡潔に表した式は, E=k× f(a,C,S)kは比例定数 |
aは固有値で,Sも私たちが操作することは困難ですが,Cは薬物投与量と投与間隔を調節することにより操作可能です。Cは薬物動態(吸収・分布・代謝・排泄)の影響を受けます。図の❷は,真の薬効Dを高めて治療効果を高めた場合です。そのような投与設計をするためには,適切な薬物を選択し,薬物動態に影響を与える病態の変化に配慮しながら,患者の体内からの薬物消失速度(クリアランス)の大きさに応じて,投与速度(投与量/投与間隔)を調節することが必要になってきます。
一方でN+Pのほうに目を向ければ,❸のように生体の回復力を高め,N+Pが高まると,❶と同じ効果をもたらすのに必要な薬物投与量を減らすことができます。薬物投与量を変えなければ,治療効果は高まります(❹)。DとN+Pの両方を高めると,薬物治療効果はさらに高まります(❺)。場合によっては薬物が不要になるでしょう(❻)。
N+Pを高めるための3要素と指導例
N+Pが低下している場合にはその回復を,N+Pが低下していない場合にはその増強をめざすことが治療効果を高めるのに役立ちます。有効な薬のなかった紀元前の時代を生きたヒポクラテスは,Nの一部である自然治癒力(vis medicatrix naturae)を重視しました。治療行為は「疾患Disease」ではなく,「病人Patient with disease」を対象とし,患者と医療者間の信頼関係を治療行為のベースにしますので,その「養生法」には心理社会的要因の考慮が,自然治癒力を高める工夫として必要となります。この点で,中世のフランス人外科医パレが残した「我,包帯す。神,癒し賜う。」という言葉は現代から見ても正鵠を射ていると言えます。
したがって,昔から蓄積されてきた先人の知恵の多くが,N+Pの増強に役立つと考えられます。それは「食事,運動,心の持ち方」を三本柱としたライフスタイルに関連した要因で,ランダム化比較試験(RCT)や前向きコホート研究でその効果が示される時代が来ています。生活習慣の改善は,生活習慣病の診療ガイドラインにも収載されており,医師は患者のN+Pを高めるような治療と伝え方を,もっと実践していきたいところです。
1)食事
1983~88年に実施された食生活と病気に関する米国,英国,中国の協力による疫学調査研究(チャイナ・スタディ)では,各種のがん,自己免疫疾患,高齢者の脳機能障害(認知機能障害など)を回復し,予防することが証明されている食習慣は,「植物性食品中心のホールフード(未精製,未加工の食べ物)で構成された食事」であることが明らかになり......
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