医学界新聞

寄稿

2016.11.21



【寄稿】

薬物治療効果の構造的理解(前編)
薬効(D)・プラセボ効果(P)・自然変動(N)

中野 重行(大分大学名誉教授/臨床試験支援財団理事長)


 薬物治療の効果は,薬理作用や投与量以外にも,環境要因などの非薬物要因により変動する。そこで,医薬品開発では“プラセボ”を用いて非薬物要因による影響を除いている。一方で,患者を治療する場面では非薬物要因による治療効果も有用であり,その増大を図るには薬物治療効果の要因と特徴を理解することが,まずは重要だ。

 本紙では,医薬品開発の第一線で活躍し,臨床医としても多くの患者を診てきた中野重行氏による解説を,全2回でお届けする。(「週刊医学界新聞」編集室)


 私たちは,ある事象Aが起こった後に別の事象Bが起こった際,各事象の時間的な前後関係でもって「Aが原因でBが起こった」と判断をしてしまう傾向があります。確かに「Aが原因でBが起こった」かもしれないのですが,実際にはAとBの間には何の関係もなく,「単なる偶然」なのかもしれないのです。このような誤りのことを「Post hoc fallacy(前後即因果の誤謬)」と称しています。

 薬物治療に関して言えば,ある薬を“使った”後で病気が“治った”(または改善した)ならば,薬が“効いた”と考えがちです。例えば,感冒にかかった場合を考えてみましょう。5日間,総合感冒薬を使って治ったならば,この薬が効いたと思う人がいるかもしれません。しかし実際には,普通の感冒は薬を飲もうが,卵酒や砂糖水を飲もうが,安静を第一にして5日も経過すればほとんどの方は良くなります。

 新しい医薬品の開発を行う治験の実施に際してはランダム化比較試験(RCT)を行いますが,このとき薬理活性を有さないプラセボ(Placebo)を使用した対照群との比較が必要とされています。その理由は,プラセボ投与群でも疾患の症状や病態がある程度改善することが多く,試験薬がプラセボより統計学的に有意に優れていなければ,真に有効とは言えないからです。

プラセボ投与群がなぜ改善を示すのか

 かつて,筆者も協力した内科領域における心身症を対象にした抗不安薬の治験で,改善した人の割合をに示します。片頭痛治療薬と,2型糖尿病治療薬で見られたデータも加えて表示しました。いずれも薬物投与群がプラセボ投与群に比べて有意な改善を示したのですが,本稿ではプラセボ投与群で改善した人の割合が案外高いことに焦点を当ててみたいと思います。

 内科領域の心身症に対する抗不安薬,片頭痛治療薬,糖尿病治療薬の治験で見られた改善に関する構造的理解(文献1より作成。D,N,Pは図2参照)

 プラセボを投与した際に,一定の観察期間の前後を比べると,この間には,「プラセボの投与」という事実に加え,「一定の時間経過」があります。この時間経過の中で,症状や病態はいろいろと変化します(図1)。例えば,ほとんど変化しない(a),改善に向かう(b),反対に悪化に向かう場合(c)があります。他にも変動がみられる場合(d)もあります。本稿ではこれらを自然変動(Natural fluctuation;N)と表現しておきましょう。古くから「日にち薬」として伝えられてきた言葉にあるように,多くの症状は悪化するよりは改善するほうが多いものです。生体に本来備わっている自然治癒力があるからです。

図1 時間の経過に対する症状・病態の自然変動と臨床評価

 薬物投与群とプラセボ投与群で比較試験を行う臨床評価の場面では,自然変動Nの中には,“薬物とプラセボ以外の要因”で生ずる変動も含まれます。糖尿病治療薬では食事療法や運動療法,向精神薬では心理的側面に働く種々の治療法が及ぼす効果も含ま...

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