医学界新聞

連載

2016.11.28



おだん子×エリザベスの
急変フィジカル

患者さんの身体から発せられるサインを読み取れれば,日々の看護も充実していくはず……。本連載では,2年目看護師の「おだん子ちゃん」,熟練看護師の「エリザベス先輩」と共に,“急変を防ぐ”“急変にも動じない”フィジカルアセスメントを学びます。

■第11夜 プレショック②

志水 太郎(獨協医科大学総合診療科)


前回からつづく

 J病院1階の救急外来。2年目ナースのおだん子ちゃんは,7階病棟から助っ人に来ました。夜10時,救急外来は今日も混んでいます。診察待ちの間,つらそうな患者はバックベッドで横になっています。おだん子ちゃんはその中の一人の患者が何となく気になり,アナムネを取りに行きました。

 患者は佐山さん(仮名),21歳男性。アメフト部員の大学生です。既往歴はなく,病院を受診したことも特にないそうです。同伴の母親によると,一昨日くらいから頭痛があったとのこと。今日には熱が出てきて,明らかに調子が悪かったため監督の指示で休みを取り,家で安静にしていたそうです。しかし夕方からは嘔気も伴い,話し掛けても的を射ない返事しかしないなどと様子がおかしく,両親に連れられて来院したという経緯でした。大会前の時期のため,患者は朝から晩までハードな練習をしていたそうです。チームメイトが風邪をひいていたので,それがうつったのではないかと思っているとのことでした。


(おだん子) 「佐山さん,気分はいかがですか?」
(患者) 「う……(まぶしそうに薄目を開けながら)」
(患者母) 「夕方から,話し掛けてもこんな感じで意識がはっきりしないんです。光もまぶしいみたいで……」
(おだん子) 「何だか様子がおかしいですね。顔も赤くて……お酒でも飲んでいますか?」
(患者母) 「いえいえ! 調子が悪くてそれどころじゃありません」

 バイタルを測ると,120/70 mmHg,脈拍127拍/分,呼吸数33回/分,SpO2 97%(室内気),体温38.6℃でした。

(おだん子) 「熱があって,ちょっと呼吸が速くて,脈も速い……感染症? あっqSOFA(第4夜/第3172号)に当てはまる!」
(エリザベス) 「ちょっとあなた! どうなさって?」
(おだん子) 「エリザベス先輩! (今日も一緒なんだ!)びっくりしました」

 さて,エリザベス先輩登場です。おだん子ちゃんは,佐山さんの来院の経緯を話しました。

(おだん子) 「……というわけで,何か変らしいんです」
(エリザベス) 「そう。……お母さまから見て,普段と比べてどう変わっていらっしゃいますの?」
(患者母) 「ええと,普段は冗談ばっかり言ってるようなとても明るい子なので,グッタリしてることなんて全然なくて……こんな様子は初めてです」
(おだん子) 「熱があるからしょうがないのかなぁとも思うんですけど……」
(エリザベス) 「気になりますわね。どうしてかしら?」

急変ポイント⓫
「普段と違う印象」

 普段と印象が違うという観察項目は,バイタルサインや検査値のように数字で表せるものではありません。漠然としていて具体的な説明が難しいですが,家族や親しい友人,恋人など,普段の本人を見知っている人々の直感から来る,その日の様子が明らかにおかしい,変だ,という言葉は正しいことが多いと思われます。「何がどう普段と違うんですか?」と聞くと,何かはわからないと言う場合もありますし,「そうですね,例えば○○なんてことは普段はないのに……」と答えてくれる場合もあります。

 エリザベス先輩は,原因を探るため,あおむけで横になっている患者さんの頭側に立ち,両手を患者さんのこめかみに添えて,患者さんの頭部を左右にゆっくり振りました。患者さんの首は特に問題なく動きます。続いて,両手を患者さんの後頭部に添え,うなずかせるようにゆっくりと頭を持ち上げました。すると,患者さんの首の動きに従うかのように,肩や上体も不自然に一緒に持ち上がるように動きました。

エリザベス先輩のキラキラフィジカル⓫
「項部硬直」

①患者にあおむけになってもらい,首をリラックスさせる。
②患者の頭部をゆっくり横に振り,首の動きそのものは固くないことを確認する。
③頭部を持ち上げ,うなずかせるように首を縦に動かそうとするとうまく動かない,あるいは持ち上げようとすると頭部だけでなく肩や状態も不自然に一緒に持ち上がってしまう場合,項部硬直。項部にその他の外科的な問題がない場合,髄膜炎やクモ膜下出血が疑われる。

 項部硬直は髄膜刺激症状の一つです。髄膜が伸展することで首が受動的な動きで“固く”なる所見が得られます。あおむけでリラックスした状態の患者さんの頭部を検者(医師や看護師など)が持ち上げようとすると,うまく首が上がらない,それでも上げようとすると,首は上がるものの,肩や上体も一緒に付いてくるかのように同時に持ちあがる状態を言います。整形外科的な問題以外では,髄膜炎とクモ膜下出血が重要です。

 首の固さをチェックする上で注意すべきなのは,首の横の動きです。高齢の患者さんの中には,拘縮や神経筋疾患の影響で,縦だけでなく横にも首が固い方がいらっしゃいます。この場合,「あれ,首が固い! 髄膜炎だ!!」とはなりません。単にもともと首が固いだけのことが多いです。そこで,もともと首が固そうな方の場合は,首の脱臼などがないことを確認して,まずはそっと首を横に振ってみて動きが固くないか確認します。その上で首を縦に動かして,縦にのみ固いかどうかを確認することで,項部硬直をチェックすることができます。

(エリザベス) 「この方,首が固いじゃない。まずいわね……。あなた,すぐにドクターをお呼びになって! 急性髄膜炎の疑いですわ」
(おだん子) 「は,はい!」

 ただ事ではない雰囲気に驚きながらも,おだん子ちゃんは急いでドクターを呼びに行きました。その日の当直医は普段はのんびりした口調のドクターでしたが,髄膜炎,という言葉を聞いて声色が少し変わり,すぐ行く! と駆け付けてくれました。エリザベス先輩に指示され,患者さんをストレッチャーに乗せて診察室に移した直後にドクターが到着。

 エリザベス先輩はすぐに抗菌薬(セフトリアキソン,バンコマイシン),腰椎穿刺,血液培養の用意をしました。おだん子ちゃんは採血,血液培養をしながらルートを取ります。ドクターが手早く診察し,腰椎穿刺を行いつつ,髄液が取れたところで抗菌薬を投与し始めました。おだん子ちゃんの連絡から,処置終了までの所要時間は15分程度でした。抗菌薬の投与開始後,ドクターの手が空いたところで髄液のグラム染色をすると,グラム陽性双球菌と白血球が認められました。患者さんは,肺炎球菌性髄膜炎の診断でそのまま入院となりました――。

 今回は,急性発熱と意識障害で来院した21歳男性の細菌性髄膜炎でした。

 発熱・意識障害・項部硬直は髄膜炎を疑う3大徴候です。細菌性髄膜炎は命にかかわる急性の感染症で,内科的な緊急疾患です。細菌性髄膜炎を疑う患者が救急で来院したら,可能な限り迅速に検査・治療介入をする必要があります。一度経験すれば実感するような,非常に急ぐ病気です。この点も含め,おだん子ちゃんには勉強になったようです。

 発熱で来院される患者さんは多いですが,“何かおかしい”というぼんやりした症状が,緊急の容態の唯一のヒントになることがあります。サインを察知して,迅速に動けるようにすることが大事です。次回もお楽しみに!

おだん子のメモ

11月28日
●身近な人々が感じる“何かおかしい”が緊急の容態の唯一のヒントになることがある。
●発熱・意識障害・項部硬直があれば髄膜炎を疑う !

つづく

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