医学界新聞

連載

2016.12.05



臨床医ならCASE REPORTを書きなさい

臨床医として勤務しながらfirst authorとして年10本以上の論文を執筆する筆者が,Case reportに焦点を当て,論文作成のコツを紹介します。

水野 篤(聖路加国際病院 循環器内科)

■第9回 Worst and Best judges――Discussionの論証能力が臨床能力向上につながる


前回よりつづく

レジデント「Discussionって何を書けばいいのかよくわからないです」

カリスマ先生「そうですね。一番難しいかもしれません。論証の基本です」

レジデント「論証ですか……」

カリスマ先生「Physician scientistとしての第一歩です」

レジデント「余計に難しいのですが……」


CaseとConclusionのはざまに

 DiscussionはCase(症例)とConclusion(結論)をつなぐものです。論文の個性を示す場所でもあります。しかし,最も難しいところ! とされています1)

 何をどう書けば良いのか? 第7回(第3194号)で「珍しい・ 新しい症例をCase reportにする」と紹介しましたよね? しかし,本症例が「珍しい・新しい」というのは「主張・仮説」にすぎません。本当に正しいのか,どこが珍しい・新しいのか,論文を読んだ誰もが納得できるように論証する必要があります。それがDiscussionです。

 大きな流れは,

❶過去のデータを示し,珍しい・新しい症例であることを強調する
❷症例が珍しい・新しい理由(背景)を推定・説明する
❸症例の報告を受けて,読者は今後どうするべきかを示す

です。

なぜ珍しい・新しいのか?

 主張・仮説を証明するためには,根拠が必要です。❶は言われずとも当然書きますよね。論文を書こうとする以上,論文検索をします。そしておそらくは,「本症例は珍しい・新しい! 世界初!」と盛り上がっているはずです(笑)。強調するのは良いのですが,問題は❷からです。ここは完全に推定です。もちろん先行研究などは参考にしますが,珍しい・新しい症例なので,基本的には,

理由(背景)を自分で推定する

必要があります。自分が考える仮説を大いに述べてください。

 しかし,理由もなく主張するだけでは誰も納得してくれません。根拠を提示する必要があるのです。根拠を提示する際のポイントは,反論を考えることです。論文を書く際より読む際によく言われる「批判的吟味」ですね! 自分が紹介しようとしている症例が「珍しくも新しくもない極めて当たり前のもの」なのではないか? という可能性を考えるのです。

実際の書き方

 例を挙げましょう。「腎動静脈瘻による心不全を生じたと考えられる85歳の女性に動静脈瘻塞栓術を施行。その後,水腎症になり,尿路感染症を発症」という症例を経験したとします。ほとんどの方はまずPubMedで“Renal AVF(arteriovenous fistula) urinary tract infection”などと検索します。珍しければ珍しいほど,おそらく当てはまる症例はないですが,腎動静脈瘻の基本的な疫学から検索することとなります。

 そこから実際にDiscussionを記載するときには,

❶まず,先ほど検索した腎動静脈瘻の疫学や治療などについて解説し,尿路感染症を発症した症例は過去にないことを示します。もちろん,85歳女性の水腎症による尿路感染症発症は珍しいことではありません。
❷そこで,なぜそのようなことが起きたのか,あなたが推測したメカニズムを述べます。例えば,コイル塞栓術を行ったのであれば,コイルが固まることで尿路を圧迫したのだ! とかですね。このメカニズムの根拠と反論を追加します。
❸だから塞栓術のときには水腎症に注意せよ!

 というのが基本的な流れです。

良き査読者たれ

 珍しい・新しいと思ったからこそ論文を書き始めているので,❶は比較的容易に書けますが,❷が難しいということを忘れないでください。主張・仮説ですので,突っ込みどころ満載です。「尿路結石などにより偶発的に水腎症が起こった可能性」「塞栓術により腎臓の虚血が起こり,水腎症になった可能性」などなど,別の仮説はいくらでも思い浮かびます。全ての反論を考慮するのは大変でしょう。しかし,できる限り考え,別の仮説ではない理由を説明し,自分が主張する仮説の可能性が高いことを論証していきます。

 もちろん,査読時に指摘を受けて気付くことも多々ありますが,論文作成時にさまざまな可能性を考えられていればより良い論文になります。この意味で,われわれは書き手であると同時に,常に良き査読者である必要があるのです。

全ての常識を疑え――答えのない旅

 こうした仮説を挙げていく過程は,鑑別疾患をいくつも挙げて診断を絞っていく過程に似ています。さらに,

何を根拠にそう主張しているのか?
どこからどこまでが自分の
推定なのか?

を明確にしていく過程は,あなたの臨床を評価し直す良いきっかけとなります。われわれは知らないうちに,根拠はなくとも常識として理解していることが多々あります。

 日々の臨床を思い出してください。例えば,輸液の速度で悩んだことはありませんか? その際どのように答えを出してきましたか? 輸液速度の問題は,遭遇する頻度は高いですが,科学的根拠を追究するのが極めて難しい分野の一つでしょう。この患者は心不全だから20 mL/時にしておこうとか,血管内脱水だから生理食塩水を500 mL追加しておこうとか(こんな方は減ったかもしれませんが),どのような理由であれ,投与速度を決めなければ臨床現場での実際の医療は進まないのです。しかし,それらの理由に根拠はあるのでしょうか? 根拠はなくとも,一定の常識の中で輸液を行っているのです。他の全ての治療においても同様です。

 より適切な理由を考えられるようになるために,大学では病態生理をはじめとした常識的な知識をたたき込まれてきました。専門性が高くなれば,さらに細かな病態生理を常識として考える必要があるでしょう。

 臨床現場ではこうした常識などに関してまでは議論し尽くせません。しかし,論文ではこの議論こそが重要なのです。この過程では,

全ての常識を疑う

ことが必要です。思い込まないことです! 先行論文を読む際にも,そうした意識を持って調べていきましょう。

 臨床医にはSnap diagnosis(一発診断)的な瞬発力も必要ですが,立ち止まって冷静に考える自分を持つことも求められるのです。臨床医として成長する際の第2の壁でもあります(今どきのレジデントは鑑別診断を挙げるのは得意な方が多いので,こうした病態生理をいくつも推定できる能力のほうが求められているかもしれません)。

 全ての常識を疑い,何を根拠にどう考えているかを振り返る過程を経ることで,ただのPhysicianからPhysician scientistへと成長する道が開けます。

良いDiscussionを書くための能力は
実臨床においても役立つ能力

だということです。臨床医の皆さんにCase reportを書いてほしいと切に願う理由の一つです。

もう一息

 最後に,❸に少し付け足しておきます。Conclusionの前に,Further studies are needed~とか,~requires further investigationとか,データが不足しているということを入れることがよくあります。これは,今回の論文で示したのはあくまで仮説なので,論文を読んでくれた皆さんにぜひ検証してほしいからです。

 一つひとつをパラグラフ(段落)と考えると,Discussionは3~4段落です。全体で1000 wordsだとしても各パラグラフは250 words程度,Imagingと同じぐらいです。今までの連載を読んできた皆さんにとっては,恐るるに足らずですね。

 クライマックスのConclusionでは,結論は言い切ってしまいましょう!!(「~かもしれない」論が多いと意味がありません)もちろん,事実と違うことは記載しないように注意してください。

・言い過ぎていないか?
・あまりにも抽象的ではないか?

 ❷は仮説ですので,❶❸をうまくまとめると良いでしょう。

まとめ

●Discussionでは症例が「珍しい・新しい」と考える根拠を示す
●全ての常識を疑い,批判的吟味を!
●Discussionを通して臨床能力が向上する

つづく

[参考文献]
1)Jenicek M. How to read, understand, and write ‘Discussion’ sections in medical articles. An exercise in critical thinking. Med Sci Monit. 2006;12(6):SR28-36.[PMID:16733500]

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