進行した認知症と肺炎,どう治療する?(狩野惠彦)
連載
2016.11.07
ここが知りたい!
高齢者診療のエビデンス
高齢者は複数の疾患,加齢に伴うさまざまな身体的・精神的症状を有するため,治療ガイドラインをそのまま適応することは患者の不利益になりかねません。併存疾患や余命,ADL,価値観などを考慮した治療ゴールを設定し,治療方針を決めていくことが重要です。本連載では,より良い治療を提供するために“高齢者診療のエビデンス”を検証し,各疾患へのアプローチを紹介します(老年医学のエキスパートたちによる,リレー連載の形でお届けします)。
[第8回]進行した認知症と肺炎,どう治療する?
狩野 惠彦(厚生連高岡病院 総合診療科)
(前回よりつづく)
症例
89歳男性。認知症,脳血管障害,高血圧の既往あり。介護老人保健施設(老健施設)入所中。2か月前にも肺炎で入院。普段から食事中にむせることが多い。3,4日前から間欠的に38℃の発熱あり。呼吸が苦しそうでSpO2を測定したところ,80%台まで低下していたため受診。進行した認知症により寝たきりであり,ほとんど言葉を発さない。尿・便失禁もある。
ディスカッション◎進行した認知症とはどんな病態?
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高齢者の診療で時に問題になるのが認知症患者の肺炎,特に誤嚥性肺炎である。肺炎治療後の展望なども含め,患者本人や代理意思決定者でもある家族と話を進めることが望ましい。今回は進行した認知症に合併する肺炎症例について考えてみたい。
進行した認知症患者の肺炎合併率は高い
認知症は治ることのない進行性の疾患である。では“進行した認知症”とはどういう状態を指すのだろうか? 多くの研究では「Global Deterioration Scale(GDS)」1)におけるStage 7の状態を指す。家族を認識できないほどの記憶障害があり,言葉もほとんど発せず,寝たきりで日常生活動作は全介助,尿・便失禁があるような状態である。米国では,進行した認知症は緩和ケアの対象として認識されている2,3)。
肺炎は,このような進行した認知症患者に高頻度に合併すると言われている。老健施設入所中の進行した認知症患者を対象に行った研究では,1年間で3人中2人が何らかの感染症を合併し,そのうち約3割が呼吸器感染症であった4)。別の研究では同様の患者240人中154人(64%)が,死亡前の6か月間に肺炎を疑う229のエピソードを経験し,126人(53%)は死亡前の30日以内に肺炎を合併していたという報告もある5)。
また,別の老健施設で進行した認知症患者323人を対象とした前向きコホート研究(CASCADE研究)では,18か月間の経過観察中におよそ47%が肺炎を合併した6)。では,その予後はどうだろうか? 患者の死亡率は6か月後で25%,18か月後で55%,平均生存期間は478日(約16か月)であった。肺炎を発症した患者,発熱を来した患者に限って言えば,各エピソードから6か月後の死亡率が47%,45%に上ることがわかった6)。
摂食障害に関しては経口摂取継続? 人工栄養?
摂食障害は,進行した認知症において最もよくある問題の一つである。認知症の進行に伴い,誤嚥の直接的な原因となる咽頭相の嚥下障害のみならず,口腔相の嚥下障害(口に物をため込む)や,食事の拒否といった問題も生じる。急性疾患を合併して一時的に増悪傾向を来した摂食障害は多少改善することもあるが,元の状態もしくはそれ以上の状態への回復は望めない。こうした問題は認知症とともに進行こそすれ,軽快することは考えにくいのである7)。患者家族に話をする場合,現在の問題は一時的なものではなく,今後も繰り返し続くことを説明し,理解を得ることが重要である。
経口摂取が難しくなると,その後の治療方針としては,経口摂取の継続か人工栄養(経管栄養など)の使用,いずれかの選択を求められる。経口摂取を継続する場合,1日の必要カロリー摂取をめざすというよりは,患者の望む分だけ可能な範囲で食事を提供する方針になる。これはComfort Feeding(Hand Feeding)と呼ばれ,少量の食事や水分摂取,頻回の口腔ケアを指す。こうしたケアは時間が掛かるが,患者が食事を楽しめ,かつ食事中に介護者とかかわり,時間を共有できるという利点がある。
進行した認知症患者において,経口摂取継続と経管栄養を比較した無作為化試験は現時点では存在しない7)。しかし進行した認知症患者に対して経管栄養を行うことは,生存期間や生活の質,栄養状態,誤嚥の予防,褥瘡の予防・治癒などに関する利点はないとされている8)。その後,投与するカロリーを増やすことで体重は増加するものの,生活機能や生存期間は改善しないことも報告されている9)。このような背景から,米国の老年医学会,家庭医療学会,ホスピス・緩和医療学会など複数の学会は,進行した認知症患者への経管栄養を勧めていない10)。日本でも「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン」において,人工栄養を導入しない選択肢も含めた治療方針の検討に言及している11)。
患者の希望に沿った医療の提供をめざす
肺炎を発症した場合に抗菌薬治療がもたらす効果に関しても,CASCADE研究で調べられた。研究期間中に確認された肺炎を疑う225のエピソードのうち,無治療の患者は9%で,55%が経口抗菌薬,16%が筋注抗菌薬,20%が静注抗菌薬の投与を受けた。生存期間を調べたところ,抗菌薬治療群は無治療群に比べ,平均で273日(約9か月)生存期間が長いことがわかった。一方で「Symptom Management at End-of-Life in Dementia(SM-EOLD)scale」と呼ばれる緩和治療の指標スコア(高値であるほど症状緩和が達成できていることを示す)は,無治療群の患者に比べ抗菌薬投与群の患者のスコアのほうが低かった12)。つまり抗菌薬治療により生存期間は延びるものの,その代償として症状緩和が犠牲になり得ることを意味する。
CASCADE研究では,代理意思決定者がどの程度患者の病態を認識しているか,実際に病状説明を受けたかについても調べている。患者の平均生存期間が約16か月であったのに対し,代理意思決定者の約20%は患者の余命をおよそ6か月以内と考えており,実際に医師から予後の話を聞いていたのは約18%であった。また,8割以上の代理意思決定者が,今後起こり得ることを予想していたとは答えたものの,合併症などの説明を医師から受けていたのはわずか33%であった6)。
進行した認知症患者に限らず,誤嚥性肺炎を繰り返す患者では,その後の見通しを患者・家族に十分説明し,どこを目標に今後の治療を行うべきか話し合う必要がある。大切なのは,患者が望まない医療の提供を避け,患者の希望に沿った医療の提供をめざすことである。そのためにも,患者の意思疎通が難しい場合には,患者家族と情報を共有しながら話し合う必要がある。また,認知症が進行する前に,患者本人の意思を確認しておく(アドバンス・ケア・プランニング)などの試みも非常に大切である。
症例その後
患者家族と相談の上,抗菌薬投与による肺炎の治療を行った。肺炎は一度軽快したものの,1日2食摂取するほどの嚥下機能回復までには至らなかった。栄養摂取に関して家族とあらためて相談し,人工栄養は使用せず,可能な範囲で経口摂取を継続することにした。3週間後,呼吸状態は再増悪を来した。酸素投与や解熱薬の投与など症状緩和主体の治療を行い,数日後に永眠した。
クリニカルパール✓ 進行した認知症に肺炎を合併した場合の6か月以内の死亡率は約50%である。
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一言アドバイス●われわれ医療者は「何かしなければ」という思考パターンから,進行した認知症患者の発熱に対しても抗菌薬を処方してしまうことが常だが,症状緩和が患者の希望であれば,アセトアミノフェンと少量の酸素投与が最も適切な介入であることもある。(関口 健二/信州大病院) ●栄養摂取方法を話し合う場合,患者家族の飢餓への恐怖を念頭に話すことが大切である。Comfort Feedingは飢えや渇きを癒やせるとともに,予後の改善も認めることを伝えることで,理解を得るよう努めている。(許 智栄/アドベンチストメディカルセンター) |
(つづく)
【参考文献・URL】
1)Am J Psychiatry. 1982 [PMID:7114305]
2)Centers for Medicare & Medicaid Services. Local Coverage Determination (LCD) for Hospice Determining Terminal Status(L32015). 2011.
http://legacyhospice.net/home/download/phys_portal/CGS%20Guidelines.pdf
3)Psychopharmacol Bull. 1988[PMID:3249767]
4)JAMA Intern Med. 2014[PMID:25133863]
5)J Am Geriatr Soc. 2006[PMID:16460381]
6)N Engl J Med. 2009[PMID:19828530]
7)N Engl J Med. 2015[PMID:26107053]
8)Cochrane Database Syst Rev. 2009[PMID:19370678]
9)J Am Geriatr Soc. 2011[PMID:21391936]
10)American Geriatrics Society. Ten Things Clinicians and Patients Should Question. 2015.
11)日本老年医学会.高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン――人工的水分・栄養補給の導入を中心として.2012.
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf
12)Arch Intern Med. 2010[PMID:20625013]
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