転倒リスクの高い高齢者,抗凝固薬は継続? 中断?(森隆浩)
連載
2016.12.19
ここが知りたい!
高齢者診療のエビデンス
高齢者は複数の疾患,加齢に伴うさまざまな身体的・精神的症状を有するため,治療ガイドラインをそのまま適応することは患者の不利益になりかねません。併存疾患や余命,ADL,価値観などを考慮した治療ゴールを設定し,治療方針を決めていくことが重要です。本連載では,より良い治療を提供するために“高齢者診療のエビデンス”を検証し,各疾患へのアプローチを紹介します(老年医学のエキスパートたちによる,リレー連載の形でお届けします)。
[第9回]転倒リスクの高い高齢者,抗凝固薬は継続? 中断?
森 隆浩(亀田総合病院 総合内科)
(前回よりつづく)
症例
心房細動,高血圧,慢性腎不全の既往があり,ワルファリンを内服中(PT-INRは2.0~2.5で安定)の84歳女性が娘と一緒に定期外来を受診した。この半年で2回転倒したが,今のところ転倒に伴うけがや出血は起こしていない。
ディスカッション◎脳梗塞発症リスクの評価方法は?
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心房細動は高齢者診療においてコモンな疾患である。約63万人を対象とした2003年の日本循環器学会疫学調査によると,心房細動の有病率は60~69歳で1.0%,70~79歳で2.1%,80歳以上で3.2%に上り1),有病者は高齢化の進展に伴い今後さらに増加すると予想される。心房細動を有する患者では,脳梗塞の発症リスク上昇とそのマネジメントが大きな問題となる。
CHA2DS2-VAScスコア2以上で抗凝固療法の適応が推奨
脳梗塞発症のリスク評価に関して,米国AHA/ACC/HRS合同の心房細動患者管理ガイドライン2)と欧州心臓病学会(ESC)の心房細動管理ガイドライン3)では,CHA2DS2-VAScスコアが推奨されている。一方日本の心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013年改訂版)4)では,CHA2DS2-VAScスコアはCHADS2スコアに比べ低リスク患者の評価には有用であるものの評価が煩雑であること,ガイドライン発行時点でCHADS2スコアさえ十分に広まっていない状況などから,基本的にはCHADS2スコアを用いることとし,CHA2DS2-VAScスコアで新たに加わった項目をその他のリスクとして追加している。
スウェーデンの大規模コホート研究によると,CHA2DS2-VAScスコアは脳梗塞発症率とおおむね正の相関がある5)。また,非弁膜症性心房細動でCHA2DS2-VAScスコア2以上の場合,抗凝固薬が脳梗塞予防につながるとの強いエビデンスから2~4),抗凝固療法の適応が推奨される。デンマークの患者レジストリデータに基づくモデルでは,CHA2DS2-VAScスコアが2~9のNNT(Number Needed to Treat)は,ワルファリンで110程度,DOAC(直接経口抗凝固薬)で70~100程度と見積もられている6)。
出血リスクの高さは抗凝固薬の中止理由にはならない
次に,出血リスクの推定方法としては,HAS-BLEDスコアなどが挙げられる。一般的には,出血リスクの高さは必ずしも抗凝固薬の中止理由にはならない。むしろ出血のリスク因子を同定し,リスク因子が軽減できるようであれば介入するよう推奨されている2,3)。
カリフォルニア州で行われた研究によると,ワルファリン使用中に生じた出血から30日以内の死亡率は0.26/100人・年で,このうち頭蓋内出血が約90%を占め,最も重篤かつ致死的であった7)。この研究の人種の内訳は不明であるが,頭蓋内出血発症率には人種差があり,日本人を含むアジア系民族で高いとの報告もある4)。
ワルファリンとDOAC(ダビガトラン,リバーロキサバン,アピキサバン等)の出血リスクの差はどうだろうか。PT-INRが良好にコントロールされているワルファリン群との比較でも,ワルファリンよりDOACの頭蓋内出血頻度が低いことが複数のRCTで報告されている8~10)。ただし,抗凝固薬選択の際には,DOACはワルファリンと比べ薬価が高いこと,重度・末期の腎不全患者や弁膜症を伴う心房細動ではDOACは推奨されていないことなども考慮すべきである。そして,頭蓋内出血を避けるためには,血圧や血糖などのコントロールを良好に行うこと,アルコールの過剰摂取を避けること,禁煙,可能であれば抗血小板薬の併用を避けることが推奨されている2~4)。
転倒による出血リスクは過大評価される傾向にある
抗凝固薬はハイリスクな心房細動患者にベネフィットをもたらす一方で,出血(特に頭蓋内出血)は致死的な事態にもつながりかねない。医師は,「転倒に伴う大出血のリスクは抗凝固薬によって得られるベネフィットを上回る」と判断することが多く11,12),出血リスクは過大評価される傾向にあるとも言える。出血は発生頻度こそ高くないとはいえ,転倒リスクが高くなる高齢者では,医師が継続(あるいは新規開始)の判断に迷うのも当然だろう。
実際,抗凝固療法中の転倒に伴う出血リスクは,さまざまな報告が存在する。退院時に経口抗凝固薬を内服していた515人を対象としたスイスの前向きコホート研究では,退院後1年以内に大出血が発生するまでの時間を転倒高リスク群と低リスク群
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