医学界新聞

連載

2016.09.26



わかる! 使える!
コミュニケーション学のエビデンス

医療とコミュニケーションは切っても切れない関係。そうわかってはいても,まとめて学ぶ時間がない……。本連載では,忙しい医療職の方のために「コミュニケーション学のエビデンス」を各回1つずつ取り上げ,現場で活用する方法をご紹介します。

■第6回 医療と広告に関するコミュニケーション

杉本 なおみ(慶應義塾大学看護医療学部教授)


前回よりつづく

 脱水と呼吸困難,意識レベルの低下で友人に伴われ受診した22歳の女性。熱中症? いえ,どうやら違法薬物への急性反応のようです。幸いすぐに回復しましたが,この後どう接すればよいでしょうか……。


広告は健康行動の変容にどのような影響を与えるのか

 青少年の薬物乱用が社会問題となる中,違法薬物に関する啓発運動が盛んに行われています。しかし「脅し」型の説得が多く,再発防止には役立たないという指摘があります1)。コミュニケーション学においても,マスメディアが健康行動の変容に与える影響は幅広く研究2)されており,薬物乱用リスクの高い青少年に対し「ダメ。ゼッタイ。」と声高に叫んでも逆効果にしかならないことが知られています。

 一般的に,薬物乱用防止の公共広告が正論を説き,見る側を揺動する内容であるほど,薬物乱用リスクの低い青少年はその効果を低く評価します3)。一方,薬物乱用リスクの高い青少年は,意外にも内容とは関係なく,全ての広告を低く評価します。違法薬物を使用する人物が身近にいる,または使用を勧められた経験がある高リスク群は,自分にとって都合の悪い情報を端から無視するのか,それとも身近すぎる問題だからこそ,その内容にことごとく反発するのでしょうか。

「ダメ。ゼッタイ。」が「ゼッタイ。ダメ。」な理由を科学的に探る

 この謎の解明を試みた研究4)があります。18~25歳の女性28人に対し,大麻使用防止を目的とする32編の公共広告(各30秒)を見せながら,fMRI(磁気共鳴機能画像法)により脳内の各領域の活性度を計測しました。また,装置の外に出てから同じ広告を再度視聴してアンケートに答えるという方法で,各広告の「刺激の強さ」と「議論の質」および「説得の有効性」に関する評価を得ました。さらに各協力者の「大麻に手を出す危険度」を測定し,その得点に基づき14人ずつの「高リスク群」と「低リスク群」に分けました。これらの数値を合わせて分析することで,大麻使用のリスクが高い人と低い人が,に示した4種類の公共広告に対し,どのような反応を示すかを探りました。

 大麻使用防止を呼び掛ける公共広告の種類と期待される効果の関係4)

 まず高リスク群は,予想通り広告全般の効果を低リスク群より一律に低く評価しました。次に,「刺激が強く議論の質も高い」広告は,高・低リスク群双方の関心を引き付けましたが,特に高リスク群においてその傾向が顕著に見られました。さらに,各広告の「刺激の強さ」と「議論の質」に応じて脳内の各領域(楔前部,前頭極,中前頭回,上側頭回)が活性化される現象は,高リスク群だけに見られました。この中で,楔前部と中前頭回の活性化は健康に関する行動変容に有効5)とされています。一方,上側頭回は言語処理や関係調整6),前頭極は複数の相反する選択の比較検討7),にそれぞれ重要な役割を担うと考えられています。

 これらの結果を総合すると,高リスク群が一律に低い評価を下したのは,不都合な情報を無視したためではないと推測できます。むしろ広告の内容に強い関心を抱き,今までの自分の行動と比較した結果,自己保全のため全面的な反駁に走った結果と考え...

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