医学界新聞

連載

2016.10.24



わかる! 使える!
コミュニケーション学のエビデンス

医療とコミュニケーションは切っても切れない関係。そうわかってはいても,まとめて学ぶ時間がない……。本連載では,忙しい医療職の方のために「コミュニケーション学のエビデンス」を各回1つずつ取り上げ,現場で活用する方法をご紹介します。

■第7回 検診の受診を促す言い方

杉本 なおみ(慶應義塾大学看護医療学部教授)


前回よりつづく

 性格は内向的で運動は苦手,家でワインを楽しむのが何よりの息抜きという46歳の女性。乳がん検診は「特に症状もないし,遠くまで行くのは面倒だし,『あなたはがんです』なんて言われたらと思うと恐ろしくて,実はまだ一度も受けたことがありません」と言います……。


理屈では動かない心を「不利益」で誘導する?

 人は常に理性的に行動するとは限りません。お酒を控えて運動を始めれば体に良いと頭ではわかっていても,つい先延ばしにしがちです。乳がん検診もこれと同じ。受けるべきとは知っているのですが……。

 このような人に受診を促すには,医療職による個別の働き掛けが有効1)とされています。そしてその際には「何をどう伝えるか」が重要な鍵を握ります。これに関しては豊富な先行研究が存在し,一般的には「検診を受けないことに伴う不利益」を示すのが良いとされてきました。つまり「乳がん検診を受けないと手遅れになるかもしれません」と言うほうが「受ければ早期発見できます」と言うより効果的ということになります。

「不利益を示す言い方」の効果は乳がん検診に限られる

 ところがこの一連の研究の流れの中で,メタ分析という手法を用いて過去の知見を精査し,今後の研究への警鐘とした論文2)があります。著者らはまず「検診を受けないことの不利益を示す(loss-framed)言い方は,検診を受けることに伴う利益を示す(gain-framed)言い方より効果的である」という先行研究3)の結果は,「乳がん検診に限られるのではないか」という疑問を抱きました 。

 そこで病気の発見行動(例:検査の受診)を促す言い方に関する53編(研究協力者総数9145人)の研究を,乳がん検診(17編)と,それ以外(例:大腸がん,皮膚がん,高血圧,歯科疾患)の検診(36編)を扱う2群に分けてメタ分析を行ったところ,乳がん以外の検診に関しては,「利益」と「不利益」という2つの言い方の「効き目」に関して特に大きな違いは見られませんでした。

 この結果を受けて著者らは,乳がん検診の受診を促す以外の目的で「不利益を示す言い方」をしてもさほど効果は期待できないと結論付けています。

「利益」と「不利益」の表現の違いによる差はない

 次に著者らが検証したのは「(受診の)利益と(未受診の)不利益の表現方法が異なると効果にも違いが出るのではないか」という点でした。確かに「利益を示す言い方」と「不利益を示す言い方」はそれぞれ2通りの表現が可能です()。

 検診受診の「利益」と未受診の「不利益」の表現方法

 まず「検診を受けることに伴う利益」は,検診を受けると①望ましい帰結(例:早期発見)に至る,または②望ましくない帰結(例:手遅れ)に至らない,と2通りに表現できます。同様に「検診を受けないことに伴う不利益」も,検査を受けないと③望ましい帰結(例:早期発見)に至らない,あるいは④望ましくない帰結(例:手遅れ)に至る,という2種類の表現が可能です。

 ところが先行研究においては両者を明確に区別しない操作的定義が用いられたと著者らは指摘しています。「利益を示す」言い方に関しては,前述の53編中42編において「望ましい帰結(例:早期発見)に至る」という表現と「望ましくない帰結(例:手遅れ)に至らない」という表現が混在したまま比較されていました。「不利益を示す」言い方に関しても38編において類似の傾向が見られました。

 そこで著者らは,これらの不正確な操作的定義を排除した上で再分析を行い,「利益」と「不利益」のそれぞれを示すのにどちらの表現を用いても,その効果に大きな違いはないことを証明しました。すなわち乳がんや大腸がんなどの検診を勧める際,受診の利益と未受診の不利益をどのように表現してもその効果に大差はないということになります。

サンプル数の少ない量的研究は慎重に解釈する

 このような分析を通じて先行研究を概観すると,「不利益を示す言い方」は実はそれほど万能な説得方法ではないことがわかってきます。ではなぜこのような評判が一人歩きをしたのでしょうか。その原因は,研究協力者が50人以下の量的研究にあると著者らは主張します。

 このメタ分析の対象となった53編の論文のうち,「不利益を示す言い方」の効果に関して大きな効果量が得られたとする研究は4編ありますが,これらの研究における協力者の平均人数は50人前後です。一方残りの49編においては,協力者の平均人数が183人と大きな違いが見られます。これを踏まえて著者らは「研究協力者の数が少なく,有意に達するほど大きな効果量が得られる場合には,必然的に信頼区間の範囲も広がるので,結果の解釈には注意が必要である」(文献2 p.308)と述べています。また翻って量的研究を計画する際には,できるだけ50人以上の研究協力者を確保するよう努力したいものです。

“もどかしい”結論こそ,現実を正確に反映している

 これらの結果をまとめると,「検診を受けると早期発見が可能になる・手遅れを免れる」という言い方に比べ,「検診を受けないと早期発見ができない・手遅れになる」という言い方は,①乳がん検診を勧める際には有効な説得方法であるがその差はそれほど大きくない,②他の検診に関しては両者の間に違いはない,ということになります。

 実際のところ,日本で行われた研究では,全員に対して一律な勧め方をするよりも,一人ひとりのがんや検診に対する考え方に応じて内容や言い方を変えるほうが受診率の向上につながる4)ことがわかっています。単純明快かつ唯一絶対の解が存在しない5)のは実にもどかしい限りですが,医療現場で他者の行動変容を促すことの難しさを如実に象徴する結果でもあると言えるでしょう。

 このメタ分析では,今までの議論を根底から覆すような結論には至りませんでした。しかしながら,特定のテーマに関するエビデンスがある程度蓄積された時点でこのような「情報の交通整理」を行うことは,その後の研究における“ムリ・ムラ・ムダ”を未然に防ぐ役割を果たします。例えば今後「利益」と「不利益」を比較する研究者は,それぞれに2通りの表現方法があることを踏まえた操作的定義を用いるようになるでしょう。その意味においてこの論文の学術的意義は決して小さくありません。

現場で実践!

→「検診を受けないと手遅れになる可能性がある」という言い方が「受けると早期発見ができる」という言い方より効果的なのは,乳がん検診を勧める場合のみであり,その差はさほど大きくない。

→がん検診の受診を促す際には,誰にでも使える「万能薬」のような説得方法や表現は存在しないことを念頭に置き,未受診の不利益を強調する言い方(例:「検診を受けないと手遅れになるかもしれませんよ」)を多用し過ぎないよう注意する。

つづく

[参考文献]
1)国立がん研究センターがん対策情報センター.がん検診について 7.受診率対策.2016.
2)O’Keefe DJ, et al. The relative persuasiveness of gain-framed and loss-framed messages for encouraging disease detection behaviors:a meta-analytic review. Journal of Communication. 2009;59(2):296-316.
3)Meyerowitz BE, et al. The effect of message framing on breast self-examination attitudes, intentions, and behavior. J Pers Soc Psychol. 1987;52(3):500-10.[PMID:3572721]
4)平井啓.がん検診受診率向上のための行動変容アプローチ.行動医学研究.2015;21(2):57-62.
5)O’Keefe DJ. The relative persuasiveness of different message types does not vary as a function of the persuasive outcome assessed:Evidence from 29 meta-analyses of 2,062 effect sizes for 13 message variations. Annals of the International Communication Association. 2013;37(1);221-49.

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