医療ドラマの視聴傾向とがんに対する考え方(杉本なおみ)
連載
2016.08.29
わかる! 使える!
コミュニケーション学のエビデンス
医療とコミュニケーションは切っても切れない関係。そうわかってはいても,まとめて学ぶ時間がない……。本連載では,忙しい医療職の方のために「コミュニケーション学のエビデンス」を各回1つずつ取り上げ,現場で活用する方法をご紹介します。
■第5回 医療ドラマの視聴傾向とがんに対する考え方
杉本 なおみ(慶應義塾大学看護医療学部教授)
(前回よりつづく)
視聴率低迷に悩むテレビ界では医療ドラマが大人気。でも,その内容ときたらまさに絵空事。こんなドラマばかり続いたら,医師は絶対に失敗しないし,看護師はまっしろなユニフォームしか着ないなどと,非現実的な期待を抱かれるのでは……。
こうした疑問に答えるのが,コミュニケーション学の一分野であるマスコミュニケーション学です。主に①情報の発信者(例:新聞社),②情報の内容(例:感染症の初期症状),③メディアの特性(例:テレビの速報性),④情報の受信者(例:視聴者),⑤影響・効果(例:早期受診)に関する研究を行います1)。
いずれもテレビ・ラジオ・新聞・雑誌などのマスメディアを分析対象としますが,その中で医療を題材とするテレビドラマに特化した国内研究の歴史はまだ浅く,現時点では「医療ドラマ」を検索語とする資料2)の大半が「当事者の立場から物申す」という性質の非系統的批評の域を出ません。分析対象を医療ドラマからテレビドラマ全般に広げると,ようやく暴力3)や喫煙4),障害5)の扱いや,医療ソーシャルワーカー6)や養護教諭7)など医療関連職種の描写をある程度系統的に分析した研究が存在する程度です。
しかし残念ながら,研究者の視点からのこのような分析だけでは「医療ドラマは人々にどのような影響を与えるのか」という問いには答えられません。研究者に「男性看護師の描写が類型的すぎる」と指摘されるようなドラマでも,視聴者の大半はそれが作り話であることを理解しており,劇中の描写に惑わされなかったということが現実には起こり得るからです。つまり,視聴者の実際の反応を調査せずして医療ドラマの影響は語れないのです。そこで今回は米国の医療ドラマの影響に関する調査8)を取り上げます。
医療ドラマ視聴量と健康観の関係
米国では2005年から毎月,マスメディアと健康行動に関する全国調査9)が行われています。この研究ではその中から,2007~09年の調査期間に無作為抽出された18歳以上の男女1万1555人(男性47.2%,平均48.1歳)による,①医療ドラマ(註1)およびテレビ全般の視聴量,②他マスメディア(新聞・ラジオ)の利用頻度,③健康観に関する回答を分析し,次のような結果(註2)を得ました(図)。
図 医療ドラマの視聴量とがんに対する考え方の関係(文献8より著者作成) |
1)医療ドラマの視聴量が多い人は少ない人に比べ,がんを「重要な社会問題」として選ぶ割合が低い。
2)医療ドラマの視聴量が多い人は少ない人に比べ,がんを「宿命論的」にとらえる傾向が強い。テレビのローカルニュースの視聴頻度に関しても同様の傾向が見られる。一方,新聞とラジオのニュースの講読・聴取頻度が高いほど,がんを「宿命論的」にとらえる傾向は弱い(テレビの全国ニュース視聴頻度に関しては,がんのとらえ方に違いは見られない)。
この結果から懸念されることは主に二つあります。第一に,がんという病気に対する「社会的重要性の認識」は,がんに関する政策や施策に影響を与える可能性があると著者らは指摘しています。この意識が希薄な人は,がん征圧キャンペーンなどの試みを「税金の無駄遣い」と感じるかもしれません。そしてその認識が彼らの寄附行為や投票行動に影響を及ぼすことも十分に考えられます。
第二に,がんの「宿命論的」なとらえ方は,予防や受診の妨げとなりかねません。「がんにかかるかどうかは運命次第」と考えるほど,喫煙や飲酒を控えたり,減量や運動を始めたりする意欲が削がれてしまいます。また罹患後も,「運命だから仕方がない」と考え,治療に対し投げやりな態度をとるかもしれません。
テレビの見過ぎは「身体に毒」なのか?
このような懸念の伴う結果ですが,だからといって「医療ドラマやローカルニュースはなるべく見ないように!」などと助言したら,倫理的だけでなく学問的にも問題が生じます。この研究は「医療ドラマを長時間視聴する群」がそうでない群に比べ,がんを「重要な社会問題ととらえる傾向」が低く,「宿命論的にとらえる傾向」が高いという相関関係を示したにすぎず,「医療ドラマを長時間見ると健康観がゆがむ」といった因果関係を証明したわけではないからです。医療コミュニケーション学のエビデンスを現場で活用する際にはこの点への注意が必要です。
したがってこの研究結果に関しても,「医療ドラマ好きの患者さんは,もしかしたら他の人よりがんに対する諦めの気持ちが強いかもしれない」と心に留めておく程度が適切と思います。
研究の「手の内を明かす」ことの重要性
この研究で一つ気になるのは,がんの「宿命論的(fatalistic)なとらえ方」をどのようにして測定したのかという点です。幸い「あなたはがんを宿命論的にとらえていますか?」という直接的(かつ不適切)な聞き方ではなく,質問紙中の2項目,「ほとんど何をしてもがんになる」と「がん予防についてあまりにいろいろなことが言われているので,何をしたらよいのかわからない」に対する5段階評価の平均値を用いたようです。ただし,この2つの質問をひとくくりに「宿命論的」と呼ぶことには疑義が残ります。特に2問目は,むしろ「がん予防に関する情報の氾濫による統制感の低下」を測る指標のように感じられるからです。
この例が示すように,質問紙などで実際に用いた文言(例:「患者の話を冒頭15秒だけ遮らずに聞く」)と,結果報告の際これらの要素に簡潔に言及するために研究者が恣意的に付与するレッテル(例:「共感的」)(註3)が乖離している例が散見されます。さらに,これらのレッテルの定義が不明確・不統一な場合(例:別の研究では「患者を全人格的に理解しようとする態度」を指して使う)もあります。
それでもまだ,実際の調査項目や文言が明示されていれば,読み手自身がその適否を判断できます。しかしそうでない場合には,研究の「再現性」が保証されず,調査項目の「内容的妥当性」も不明であり,どれほど優れた(ように見える)研究であっても,その成果は比較・蓄積できず散失するばかりで,現場への応用も難しくなってしまいます。
これを防ぐには,先行研究を踏まえた上で「レッテル」の妥当性を入念に吟味すること,また発表時間や文字数の制約があっても調査に用いた「実際の文言」を極力開示し,研究の「手の内を明かす」ことが肝要です。これは研究報告の書き手としても読み手としても肝に銘じたい点です。
現場で実践!●医療ドラマを長時間視聴する人には,がんを重要な社会問題と認識しなかったり,宿命論的にとらえたりする傾向が見られる。
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(つづく)
註1:調査当時に週1回放映されていた下記の4つの医療ドラマの1か月当たりの視聴回数の合計を得点としています:Grey’s Anatomy(邦題『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学』),ER(邦題『ER緊急救命室』),House, M.D. (またはHouse,邦題『Dr. HOUSE』),Strong Medicine(邦題『ダナ&ルー――リッテンハウス女性クリニック』)
註2:実際には,がん以外の疾患(例:循環器疾患)の認識についても調査が行われていますが,本稿では各種メディアの消費量の違いにより有意差が見られたがんに関する考え方に絞って紹介しています。
註3:質的データの場合には「カテゴリー」,量的データの場合には「因子」や「主成分」の名称がこれに該当します。
[参考文献]
1)島崎哲彦,他.マス・コミュニケーション調査の手法と実際.学文社;2007.
2)片野裕美.快適に働く! ナース生活のコツ あり?なし? ナースからみる「医療ドラマ」.エキスパートナース.2006;22(11):69-71.
3)岩男壽美子.テレビドラマのメッセージ――社会心理学的分析.勁草書房;2000.
4)神田秀幸,他.テレビドラマにおける喫煙描写場面の実態.日本公衆衛生雑誌.2003;50(1):62-70.
5)藤田大介.テレビドラマにみられる車いす・障害者像の一考察.理学療法ジャーナル.2004;38(2):121-5.
6)田中秀和.医療ソーシャルワーカーを描いたテレビドラマにおける職業像の研究.新潟医療福祉学会誌.2012;12(2):2-7.
7)亀山有梨,他.テレビドラマにおける養護教諭の姿と保健室.茨城大学教育実践研究.2009;28:89-103.
8)JE Chung.Medical dramas and viewer perception of health: testing cultivation effects. Human Communication Research.2014;40:333-49.
9)Annenberg School for Communication, University of Pennsylvania.Annenberg National Health Communication Survey.
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