医学界新聞

対談・座談会

2016.09.05



【座談会】

「公認心理師」は医療に何をもたらすか

中嶋 義文氏(三井記念病院精神科部長)
下山 晴彦氏(東京大学大学院教育学研究科教授)=司会
内富 庸介氏(国立がん研究センター 支持療法開発センターセンター長)


 2015年9月に国会で公認心理師法案が可決され,2018年までには「公認心理師(MEMO)」第1回国家試験が実施される見込みだ。医療現場ではすでに多くの心理職が活躍しているが,国家資格化を受けて,活躍の場はさらに広がっていくことが予想される。

 本紙では,医療・教育・産業など各方面の心理支援の研究に取り組んでいる臨床心理士の下山晴彦氏を司会に,日頃の診療で心理職とチーム医療を行っている精神科医の中嶋義文氏と精神腫瘍医の内富庸介氏による座談会を企画。新たな国家資格「公認心理師」の誕生は医療現場にどのような変化をもたらすのか。心理職の現状を踏まえ,今後の期待と展望を語っていただいた。


下山 心理職にとって60年近くの念願であった国家資格「公認心理師」が,このたび誕生することになりました。心理職は,すでに医療・保健,福祉,教育,司法・矯正,産業の5領域を中心に活動しています。私自身は臨床心理士として,長年臨床と研究に従事してきました。まずは医師のお二人から,医療・保健領域における活動の現状についてご説明いただけますか。

中嶋 医療・保健領域は従事する臨床心理士の数が最も多い領域だと推計されています2)。2014年度の一般病院と日精協所属の精神科病院を対象とした心理職の配置状況の調査では,常勤の心理職は一般病院約7500施設で約2500人,精神科病院約1200施設で約3200人と推計され,そのほとんどは臨床心理士でした3)。1施設あたりの心理職の人数は精神科病院のほうが多いものの,総数としては一般病院に常勤で勤務している心理職も相当数いることがわかります。

 一般病院に勤務している診療科の内訳を見ますと,精神科が3割と一番多かったのですが,小児科やリハビリテーション科,緩和ケア,神経内科,心療内科等にも従事している心理職がいました。精神科だけではなく,一般医療分野にも心理職へのニーズがあると言えます。

内富 がん診療連携拠点病院等に関する調査では,全427施設のうち314施設(74%)に臨床心理士が常勤または非常勤で勤務していることがわかっています(2015年10月時点)4)

 がん対策基本法が成立した2006年以降,厚労省は緩和ケアチームの一員として,「医療心理に携わる者」をがん診療連携拠点病院等の整備に関する指針などに盛り込んできました5)。1施設当たりの臨床心理士の平均配置人数は常勤・非常勤を合わせて1.77人4)ですから,まだ十分な人数とは言えないものの,基本法成立から10年で拠点病院の4分の3に心理職が配置されたことは,良い流れです。心理職を多く雇用している病院では,各科に配置されている心理職をまとめて,独立した一つの部門となる日も近いだろうと思います。

 今後,心理職が医療現場にかかわることで良い影響を及ぼすというエビデンスがたくさん出てくれば,さらに心理職の配置が進むのではないかと期待しているところです。

下山 まだ不十分とはいえ,心理職が医療現場に入ることは増えてきています。この傾向は,精神科や緩和ケアなどの医療現場からの,心理職に対する期待の表れとも言えますね。

待ち望まれた,「QOLを向上させる」専門職の国家資格化

下山 しかしながら,今に至るまでには紆余曲折がありました。日本で心理職の国家資格化をめざす動きは,1960年代初めからありました。第2次世界大戦後の米国で,戦争神経症やPTSDの治療を担う存在として心理職が国家資格となったことで,日本でもその気運が高まったのです。

 国家資格化が進まなかった一つの要因として,心理療法には精神分析やカウンセリング,行動療法などのさまざまな学派や方法があり,学派間の考え方の違いから心理職の自己定義が定まらなかったことが挙げられます。

中嶋 医療は生命を取り扱うという性質上,高いモラルと安全性が要求されるため,従事者の活動は医療法や医師法などの下に規定されています。医療現場で働く対人援助職の中で,心理職は法律によって規定されていない状況が続いており,医療者側からも,心理職の身分保障と質の担保となる国家資格化が長年望まれていました。

 法に規定されない立場では診療報酬の枠組みにも入れづらく,治療に心理職の介入が望まれる状況でも,雇用できない施設があったと思うのです。公認心理師法が成立したことで,心理職がチーム医療に参画するハードルが下がり,さらに質の高い医療の提供につながっていくのではないでしょうか。

下山 法整備は現場のニーズを後追いする形で進むことになりましたが,そもそも医療現場で,心理職はどのような役割を担うべきなのでしょうか。

内富 質の高いコミュニケーションを通じて,患者さんの「QOLを高める」役割です。がん医療では,従来は生存期間を1日でも延ばすことがアウトカムとされていましたが,時代を経てQOLも求められるようになりました。

 QOLを向上させるには,コミュニケーションを通じて人生や生活に対する患者さんの考え方を聞き出さなくてはなりません。サイコオンコロジー(精神腫瘍学)の領域で,心理職がチーム医療の一員として浸透していったのは,基本的な面接技術やラポール(治療のための良好な信頼関係ができた状態)を構築する技術を心理職に期待したからでしょう。

 以前,『続・がん医療におけるコミュニケーション・スキル』(医学書院)の編集に携わった際にも,心理職が学んできたファシリテーションを応用することで,患者さんと医療者とのコミュニケーションを円滑にできると感じました。

下山 QOLの向上は医療・保健領域全体の課題であり,サイコオンコロジーだけではなく,他の医療分野でも面接やラポールを構築する技術は必要とされています。さまざまな議論はあったものの,ニーズに応える上でも公認心理師法が成立し,身分保障がなされることは,大変喜ばしいことです。

サイエンティストの側面も持つ公認心理師を

下山 ただ,公認心理師誕生に向けた課題はまだ多く残されています。欧米では,心理職に科学者(サイエンティスト)としての研究能力と,実践者としての臨床能力の両方が求められるのに対し,これまでの日本の心理職養成教育は単に実践者(臨床家)であれば良いという考えが主流でした。

 心理職が科学的視点を持ち,メンタルヘルス問題の分析や介入効果の研究を進めることに,医療者側から期待もあると聞いています。公認心理師の養成に当たっては,科学的態度や研究能力を高める取り組みも進めていく必要があると考えています。

中嶋 養成カリキュラムの制度設計が非常に重要になりますよね。臨床心理士の養成では,精神に不調を来した患者さんを援助する「臨床心理学」領域のスキル習得が主でしたが,公認心理師の養成では「基礎心理学」領域の比重を増し,心理学研究法の学習もカリキュラムの候補に挙げられています。そういった教育が新たな研究へ結び付くことにも期待しています。

下山 それは公認心理師のカリキュラムの狙いの一つです。これまで必修ではなかった基礎心理学は,科学的態度や研究能力の習得に必要な科目です。

中嶋 公認心理師は特定の分野に限定しない資格なので,例えば医療・保健領域と産業領域,教育領域,福祉領域といったクロスオーバーの研究ができることも,日本の公認心理師ならではの強みです。

下山 その通りですね。また,心理職単独で行う研究だけでなく,他の専門職との共同研究を進めていくことも重要です。心理職ならではの視点から,新しい物差しや評価法を考えるといった関与もあります。

内富 医療・保健領域で心理職と医師が一緒に研究を進めてきた例が,サイコオンコロジー領域です。QOLに関する分野の研究は,これまでも心理職を中心に進んできました。心理職の介入で患者さんのQOLが向上すると,その状態が治療に前向きに向き合う気持ちを引き出すこともわかっています6)。世界的には,心理職による医療・保健領域の研究は大変多いのです。

下山 心理職と他職種との共同研究については,さらなる発展が望まれます。しかしながら,教育期間が学部の4年間と修士課程の2年間の合計6年間と限られていることを考えると,基礎的なスキルを養いつつ, 臨床と研究の両方を行う心理職と,臨床を中心とする心理職にある程度分化させたほうが良い場合もあるのではないかと私は考えています。

内富 長いキャリアの中で数年間,研究に携わるのもいいかもしれませんが,研究や政策にかかわる人材の養成には,博士課程教育を考えていくべきですね。公認心理師も医師と同じく,少数の研究者と,多数の実践者に分化していくといいのではないでしょうか。

下山 分化したシステムをどう作っていくかということも,今後の重要な課題だと認識しています。

臨床現場で持つべき医療職の“コア”とは

下山 優れた研究能力を持つ公認心理師の養成に期待する一方で,現場でコミュニケーションスキルを発揮する実践者としての公認心理師ももちろん必要です。医療・保健領域で働く実践者には医療の知識が不可欠であり,有能な実践者を育成するための制度設計についての議論が高まっています。

中嶋 公認心理師養成の難しさは,国家試験合格後にさまざまな領域で働けるところにあるのです。受験者にとっては,限られた時間の中でかなり幅広い勉強をすることになります。従事者が多い医療・保健領域の知識や技能をカリキュラムに組み入れる必要がある一方で,将来,医療・保健領域に進まない人もいます。教育する側もカリキュラムの中でそういった人も考慮しながら,十分な教育を提供しなければなりません。

下山 学部の4年間は心理学の研究技法をしっかりと学び,科学的態度や研究法の基礎を習得すること,修士2年間はどの領域でも心理の専門職として仕事ができる知識や技術の習得を保証することが目的です。カリキュラムの作成は大きなポイントだと思います。例えばインターンシップの実施についても,教育・評価方法などを考えていかなければなりません。医療や他の各領域の専門職の先生方と密に議論してカリキュラム作りを進める必要があると思っています。

 医療・保健領域は特に分化が進んでおり,他領域にも増してニーズが多様です。総合病院と精神科病院では違う要請があります。医学知識をどこまで,どのようにカリキュラムとして学べば良いのかは,私たち心理職が困惑しているところです。

中嶋 臨床心理士をめざしている大学院生からも,「病院でインターンシップをしていると,自分たちには医療分野の知識が不足していると気付かされる」という不安をよく聞きます。

 確かに現場の要請には応えなくてはいけないのですが,医師である私も,精神科以外の医学知識については全部を理解しているわけではありません。現代の一般医療を幅広く,完全に把握していなければいけないわけではないと思うのです。むしろ医学知識を身につける以上に重要なのが,医療職の “コア”になる,対人援助職の1人としての在り方です。つまり,疾患・身体・精神は相互に関連していると知ること,患者さんを生活者としてみること,そして,患者さんを中心に据え,専門職がお互いの多様性を尊重し,他職種から学ぶ態度を持...

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