医学界新聞


緩和ケア医の視点から

寄稿

2016.06.20



【寄稿】

がん関連倦怠感へのアプローチ
緩和ケア医の視点から

松尾 直樹(外旭川病院ホスピス医)


 がん患者の倦怠感は,“がん関連倦怠感(Cancer Related Fatigue;CRF)”と言われ,全米総合がん情報ネットワークにより「苦痛を伴う持続性疲労の主観的感覚,あるいは,がんやがん治療に関係した,行った運動に比例せず,通常の運動機能を妨げるような極度の疲労」と定義されている。倦怠感は化学療法中,放射線療法中にも高頻度で見られるが,終末期ではほぼ全例に生じるとも言われ,痛みよりも頻度が高い。特に予後1か月頃から,急速に程度が増強するのが特徴である1)。高頻度で症状の程度も強いものの,薬物療法が確立していないため緩和ケア医も対応に難渋する。

 本稿では事例をもとに,倦怠感をどうとらえ,治療していくかを考えるヒントをお伝えする。

全身状態が比較的良い一次的倦怠感にはコルチコステロイド

事例

 58歳女性。主婦。膵体部癌。

 化学療法を繰り返していたが,多発性肝転移が増大し,化学療法は無効となり中止。オキシコドン徐放錠により痛みは緩和されていたが,化学療法中止後もNRS(Numerical Rating Scale)で4程度の倦怠感が持続していた。

 化学療法終了から1か月後,NRSは6まで増強。PPS(Palliative Performance Scale,註1)は50まで低下し,動くのがおっくうになり,思うように家事をできなくなった。食欲も低下したが,体力を維持しようと通常の半分程度の食事を頑張って摂取している。体重は1か月で5 kg減少。化学療法中止による気持ちの落ち込みや不眠は一時的にはあったものの,まもなく回復した。

 血液検査ではアルブミン3.0 g/dLと低下,ヘモグロビン9.8 g/dLと軽度の貧血を認めた。肝・腎機能,電解質は正常。PiPSモデル(Prognosis in Palliative care Study predictor models,註2)では月単位(56日以上)の予後予測であった。

 CRFは,主に炎症性サイトカインが関連する一次的倦怠感(primary fatigue)と,貧血や感染症,薬剤,うつ病,電解質異常などが原因となる二次的倦怠感(secondary fatigue)に分けて考えることが欧州緩和ケア協会より提唱されている2)。一次的倦怠感のバイオマーカーは特になく,二次的倦怠感を除外した上で成立する。治療にあたっては,まず二次的倦怠感の原因を検索し,改善が可能な病態が同定されれば,その病態に対して適切な処置を行うのが原則である。この事例では二次的倦怠感の原因は見当たらず,がんの進行による一次的倦怠感を考えた。

 倦怠感の薬物療法は限られている。海外で多く研究されている薬剤は精神刺激薬メチルフェニデートである。以前は国内でも,CRFに対して使用されていたが,現在はナルコレプシーのみに適応が限定されているため使用できない。そのため,現在国内でCRFに対して最も使用されているのはコルチコステロイドである。倦怠感に対するコルチコステロイドの効果はあまり研究されていなかったが,最近海外の無作為化比較試験で,予後4週以上の外来通院患者において,デキサメタゾン8 mg/日という比較的高用量のコルチコステロイドの有効性が示された3)。しかし,国内の緩和ケア病棟での投与量は1.5~6 mg/日4)であり,現時点では国内の投与量を参照にするほうが無難である。

 コルチコステロイドの開始時期,投与期間に統一した見解はないが,国内では予後1~2か月を開始の目安としていることが多い4)。最近の研究5)では,終末期の倦怠感に対するコルチコステロイド有効例は有意に生存期間が長く,有効性の予測因子として,PPS>40(オッズ比4.4),眠気がないこと(オッズ比3.4),腹水がないこと(オッズ比2.3),胸水がないこと(オッズ比2.2)が抽出された。腹水や胸水といった体液過剰徴候がなく全身状態が比較的良い患者においてコルチコステロイドが有効な可能性が示されたと言える。この事例では月単位の予後予測であり,PPSは50に保たれていたことから,倦怠感と食欲不振に対して,ベタメタゾン2 mg/日の内服を開始。数日後から倦怠感と食欲不振が改善,PPSも70まで回復し,家事や外出が再びできるようになった。

コルチコステロイドが無効になったら減量・中止を検討

事例つづき

 1か月後,倦怠感と食欲不振が再び急速に増強し,歩行するのもつらくなってきたため入院。PPSは30。トイレまでの歩行は介助が必要。血液検査ではアルブミン2.6 g/dL,ヘモグロビン8.8 g/dLと低下し,貧血も進行。肝転移による黄疸に加え,下肢の浮腫と腹水貯留を認めた。PiPSモデルでは...

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