突然の痙攣!(山中克郎,田口瑞希)
連載
2014.09.08
診断推論
キーワードからの攻略
広く,奥深い診断推論の世界。臨床現場で光る「キーワード」を活かすことができるか,否か。それが診断における分かれ道。
■第9回……突然の痙攣!
山中 克郎(藤田保健衛生大学救急総合内科教授)=監修
田口 瑞希(藤田保健衛生大学救急総合内科)=執筆
【症例】
75歳,男性。3日前からしゃべりにくいことを自覚していた。食事を摂ろうとしても,食べ物をよくこぼすようになった。どんどんしゃべり方がおかしくなってきたと,近医を受診。神経学的に異常は認めないものの,やはりしゃべり方はおかしかった。頭部CTでも異常所見は認めず。「脳梗塞疑い」で経過観察を目的に入院となった。入院後,頭頸部の張りと異常な高血圧を認めるようになった。前医より「進行する構音障害の精査目的」に当院へ転院搬送となった。
当院で一般身体所見をとり終えた後,全身性の痙攣(けいれん)が出現。痙攣は強直性で全身を反らせるような動きだった。ジアゼパム10 mg投与するも痙攣は頓挫せず,フェノバルビタール500 mgとべクロニウム5 mg投与にて痙攣は何とか頓挫。集中治療室に入室となった。
[既往歴]2型糖尿病,脳梗塞(右視床梗塞,麻痺の残存なし)
[内服薬]アスピリン100 mg/日,グリベンクラミド1.25 mg/日
[生活歴]たばこ;15本/日,酒;機会飲酒
[来院時バイタルサイン]体温37.8℃,血圧245/113 mmHg,心拍数125回/分,呼吸数20回/分,SpO2 94%(room air)
[来院時意識レベル]清明
[来院時身体所見]全身発汗あり,眼瞼結膜;貧血(-)黄染(-),顔面;開口障害(+),頸部;甲状腺腫大(-),頸部リンパ節触知(-)項部硬直(-),肺野;呼吸音 清,心音;雑音(-)整,腹部;平坦/軟 圧痛(-),四肢;浮腫(-)チアノーゼ(-),左下腿外側に約3 cmの挫創があり,周囲に発赤,腫脹を認める(数日前に畑仕事中に受傷したが特に治療はしなかった)
[その他]血液検査,心電図検査は特に異常なし
……………{可能性の高い鑑別診断は何だろうか?}……………
キーワードの発見⇒キーワードからの展開
目の前で突然,患者が痙攣! 誰しもパニックになり得る状況だ。「痙攣」を確認した際には,まずはABCの評価とサポートをする。気道確保,酸素投与を行い,呼吸が弱いようであればバッグバルブマスクで呼吸補助。心電図,SpO2をモニターし,静脈路を確保する。
痙攣発作の際に怖いのは,痙攣による呼吸抑制で低酸素血症になること。低酸素血症をそのままにしておくと心肺停止に移行してしまうのだ。痙攣が持続していれば,ジアゼパム(ホリゾン®)10 mgを投与。まだ痙攣が持続する場合は,フェノバルビタール(ノーベルバール®)20 mg/kgを投与する。それでもなお痙攣が見られる場合には,気管挿管をしてチオペンタールナトリウム,ペントバルビタールカルシウムといった薬剤を用いて全身麻酔をする。
同時に痙攣の原因を検索することも忘れてはならない。痙攣の際に考えるべき項目を表1に挙げる。今回の症例では,低血糖,電解質異常はすでに否定できている。前医で頭部MRIを施行されており,新たな脳血管障害も否定的だ。脳梗塞の既往はあるが,視床梗塞のため症候性てんかんは起こしづらいと考えられる。アルコール多飲歴や頭部外傷のエピソードもない。来院時に心電図異常も認めておらず,痙攣発作時にはしっかりと脈が触れていたことから不整脈も否定できる。体温は37.8℃と微熱だが,糖尿病患者でもあるため,髄膜炎,脳炎はこの時点で否定するようにしておきたい。
表1 「痙攣」から導くべき鑑別診断リスト | |
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さて,ここまで考えてきたが,さらに鑑別診断へと近づくためには痙攣以外のキーワードが必要になる。ここであらためて主訴に注目してほしい。患者は「しゃべりにくい」ことを訴えている。このフレーズから,表2の鑑別診断も想起したい。構音器官には,口唇,舌,咽頭,喉頭,声帯がある。構音障害は,こうした器官の筋やそれを支配する神経,粘膜の障害でも起こり得る。「構音障害=脳血管障害」と決め付けてしまうのは危険なのだ。さらに,今回の重要なキーワードとしては「開口障害」も挙げたい。開口障害から想起すべき鑑別疾患は表3のとおりであろう。
表2 「しゃべりにくいという主訴」から導くべき鑑別診断リスト | |
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表3 「開口障害」から導くべき鑑別診断リスト | |
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今回の症例,「頭頸部の張り」「異常な高血圧」も見られている。加えて「下腿の発赤,腫脹を伴う挫創」。とどめは「全身を反らせるような痙攣」である。そう,この患者はあの疾患だったのだ。
最終診断と+αの学び
[最終診断]破傷風
◆自律神経の嵐を起こす臨床症状
開口障害,後弓反張,外傷の既往という臨床症状より,「破傷風」と診断。集中治療室での治療を開始した。抗破傷風ヒト免疫グロブリン3000単位および,ペニシリンG 1200万単位/日の投与を開始した。後日,右下腿の挫創部位の嫌気培養より,破傷風菌(Clostridium tetani)が同定された。
破傷風は,破傷風菌が産生する毒素のひとつである神経毒素によって強直性痙攣を引き起こす感染症だ。破傷風菌は芽胞のかたちで日本に広く常在している。創傷部位から侵入した芽胞は,感染部位で発芽,増殖して破傷風毒素を産生する。潜伏期間3-21日で,開口障害,嚥下障害といった局所の症状から始まって,呼吸困難や後弓反張といった全身症状に移行していく。確定診断は創傷の培養から菌を同定することであるが,症状から破傷風を疑う場合には培養結果を待たずに治療を開始する(中には,明らかな創傷を持たない患者も存在する点にも注意)。全数把握の5類感染症と位置付けられており,年間患者報告数は100人前後である1)。
治療は,創傷の徹底的なデブリードマンをし,早期に抗破傷風ヒト免疫グロブリンを投与。呼吸停止,痙攣重責のほか,“自律神経の嵐”と呼ばれるバイタルの変動を来たすため,集中治療室で厳格な管理が必要とされる。発症した場合,死亡率は40-50%ほどと言われることから,発症の予防が肝要だろう。詳しい予防と治療の方法は,成書・文献を参考されたい2-3)。
Take Home Message
・破傷風はめったにお目にかからないが,見逃すと重篤になりやすい。特徴的な臨床症状を覚えておこう。
(つづく)
◆参考文献
1)国立感染研感染症情報センターHP.破傷風.
⇒08年の時点での破傷風の報告数や年齢別報告数,抗体保有率など詳しい情報を掲載。
2)CDC.Morbid Mortal Weekly Report CDC Surveill Summ.1997; 46(15).
⇒米国疾病管理予防センターが毎週報告している感染症情報。本号は破傷風の予防がテーマ。
3)Govindarai GM,et al.Current practice in the management of tetanus.Crit Care.2014;18(3):145.
⇒破傷風の治療についてはこちらを参考にされたい。
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