医学界新聞

連載

2014.07.14

こんな時にはこのQを!
“問診力”で見逃さない神経症状

【第10回】
しびれ

黒川 勝己(川崎医科大学附属病院神経内科准教授)


3078号よりつづく

 「難しい」「とっつきにくい」と言われる神経診察ですが,問診で的確な病歴聴取ができれば,一気に鑑別を絞り込めます。この連載では,複雑な神経症状に切り込む「Q」を提示し,“問診力”を鍛えます。


症例
患者:46歳,男性
主訴:右手のしびれ
病歴:約3か月前から右手第1指-第3指のしびれが生じている。1か月前には,右手のしびれに加えて前腕にひきつるような感じがあった。夕方には治まっていたが,翌日近医を受診した。頸椎XP,頸椎MRIを施行され,頸椎症を指摘された。手術も検討されたが直ちに希望していない。本日当科を紹介受診した。

 患者は約3か月前から続く「しびれ」を主訴に当科を受診しました。

 「しびれ」に関しても,的確な“病歴聴取”をすることでcriticalな疾患(脳血管障害など)を見逃さないことと,そしてcommonな疾患(糖尿病性末梢神経障害,頸椎症,腰椎症,手根管症候群など)を的確に診断することが,プライマリ・ケアでは大切になります。

 本患者では,画像検査にて右 C6 椎間孔の狭小化が認められたこと(第1指-第3指の感覚はC6・C7に対応します),腰椎椎間板ヘルニアの既往があること,そして前腕にまで症状が及んでいることなどから,頸椎症(性神経根症)がしびれの原因と考えられています。果たしてそれでよいでしょうか? 的確な診断をするためには,疾患に合致した病歴であるかどうかを確認することが必須です。私には,病歴で気になる部分があります。

***

 両手第1指-第3指のしびれは“ビリビリとした感覚”とのこと。力が入らなかったり感覚が鈍かったりという自覚はなかった。また,足にしびれはない。

 しびれ診療の第一ステップは,患者が訴えるしびれがどのような病態なのかを明らかにすることです。患者が訴えるしびれには3つの病態,すなわち「異常感覚」「感覚鈍麻」および「運動障害」があります。もちろん,複数の病態が同時に存在する場合もあります。具体的には,「両足裏が正座の後のようにジンジンとしびれています」という場合は異常感覚ですし,「左脚はお風呂の温かさがわからないし,つねっても痛くないし,しびれています」という場合は感覚鈍麻です。「昼寝から目覚めてみると,右手の力が入らなくなっており,ボタンをはめたりもできず,しびれています」という場合は運動障害と言えます。

 ちなみに上記のように運動障害を訴えた例については,最終的に原因は圧迫性橈骨神経麻痺と診断されました。しかしもし「右手のしびれ」を異常感覚と思い込んでしまっていたら,診断にたどり着くことはできなかったでしょう。したがって,この第一ステップは大変重要です。「しびれ」の病態を明らかにするために以下の質問をします。

■Qその(1)「しびれて動かしにくく感じますか,感覚が鈍っていますか,それともジンジン・ビリビリしますか?」

 本患者の場合,しびれはビリビリとした異常感覚であり,感覚鈍麻や運動障害の自覚はありませんでした。

 さて,しびれの病態を明らかにしたところで,criticalな疾患である脳血管障害の可能性を確認します。脳血管障害は,「急性発症」がポイントです。圧迫性末梢神経障害などでも急性発症の経過をとりますが,脳血管障害との鑑別は必ずしも容易ではないので(連載第4回参照),急性発症の経過であれば,異常感覚,感覚鈍麻,運動障害のいずれであっても,直ちに専門医に紹介すべきです。

 本患者の場合,約3か月前から発症しており,いったんしびれが改善するなど変動がありそうですので,脳血管障害の可能性は低そうです。

 Criticalな疾患が否定的と考えられた場合,続いて common な疾患に合致するかどうかを確認します。「手(だけ)のしびれ」であれば,commonな疾患は頸椎症と手根管症候群です。

 頸椎症性神経根症のしびれの特徴には,

1)ほとんどが片側の頸部あるいは肩甲部(肩甲骨部・肩甲間部・肩甲上部)の疼痛で発症する
2)しばしば朝方改善して午後・夕方に増悪する
3)首の動き(特に後屈),咳・くしゃみ・いきみで出現・増悪する

の3つが挙げられます。

 一方,手根管症候群のしびれの特徴は,まず

1)起床時に症状(しびれ・痛み)が強い。夜間に症状のため覚醒する
2)作業(新聞を持つ,運転をするなど)で増悪する。手を振ると改善する

です。これらの症状は手根管内部の圧力に関連したものです。睡眠中には手根管内圧が高まるので,夜間に痛みで目が覚めたり,起床時に症状が強かったりするのですが,目が覚めると圧が下がってくるので症状が軽減します。また,同じ作業を繰り返していると内圧が上がってくるのでしびれが増悪しますし,手を軽く数回振る(手関節の掌背屈を素早く繰り返す)と内圧が下がるので,しびれも軽減します(これをflick signと呼びます)。

 ただし手根管症候群には,上記2点に加え,pitfallになり得る特徴がもう2点あります。

3)第 5 指まで含めた手全体に症状が及ぶことがある
4)前腕,肘,肩などのしびれ感,重い感じ,違和感を訴えることがある

 本来,正中神経領域の障害なので,尺骨神経領域の第5指にはしびれ感がないはずです。しかし,実際には患者は第5指にもしびれ感を自覚している場合があります。また,手首部での障害なので前腕などに症状はないと思われるかもしれませんが,実際には前腕,肘さらには肩にもしびれ感などを自覚する場合があります。これは手根管症候群のproximal symptomと呼ばれています。

 本患者でも,前腕のひきつけ感があるため頸椎症を疑われていますが,この症状だけで手根管症候群を否定はできません。私が気になった病歴は,「夕方には治まっていた」というところで,ひょっとすると朝方に症状が強いかもしれないと思ったわけです。そのことを確認するため,以下の質問をします。

■Qその(2)「しびれはどんなときにひどく/軽くなりますか? 起床時はどうですか?」

 患者に聴いたところ,以下のような答えが返ってきました。

・約3か月前から右手第1指-第3指先がときどきビリビリとしびれた。その際,首や肩の痛みやこりなどはなかった
・初めは朝起床時にしびれているだけだった。1か月前には起床時に右手指のジンジン感と前腕のひきつけ感があったので近医を受診した
・最近では一日中しびれているようになったが,起床時がひどい。ただ,夜中も手の痛みのために目が覚めるようになり,昨日も眠れなかった
・自動車部品を扱う仕事で右手をよく使うが,ねじを締めるなど同じ作業を繰り返しているとしびれがひどくなる。手を振ると楽になる
・首を動かしたり,咳をしてもひどくなりはしない。前腕のだるさや肩の痛みもある
・しびれは手掌側にあり,手の甲には感じない

 いかがでしょうか? 病歴を聴けば,手根管症候群の可能性があると思いませんか?

 その後の診察で,Tinel徴候が陽性(手首の正中部を叩く,すなわち手根管部で正中神経を叩くと指先にビリビリ感が生じる),ring finger splittingあり(第4指の橈側と尺側で痛覚の差がある),神経伝導検査でも手根管症候群の所見を確認しました。しびれに加えて,最近は痛みがひどいとのことで,整形外科に紹介し,手根管開放術を施行され,しびれも痛みも改善されました。

***

 今回は,画像検査で頸椎症が認められるからといって,必ずしもそれがしびれの原因とは限らず,病歴聴取(と電気生理検査のような機能的検査)が重要であることをお示ししました。

 この他,糖尿病性多発ニューロパチーがある患者に手のしびれが認められた場合も,安易に多発ニューロパチーの一症状と診断せず,手根管症候群が合併している可能性がないか“病歴聴取”で確認するべきです(連載第7回参照)。また,前腕や肩に痛みがあるため線維筋痛症と診断されている場合もあり得ます。

 手根管症候群は,本患者のように治療によって症状が改善することが期待されるため,見逃したくないものです。また,内科的疾患(糖尿病,甲状腺機能低下症,関節リウマチなど)が判明する可能性もありますので,その意味でも的確な鑑別が大切です。

 手根管症候群の症状が軽くなり,喜ぶ患者さんを見るうれしさを皆さんにも体験していただければと思います。

今回の“問診力”

手のしびれの場合,どのようなときに症状がひどいかを聴く。起床時に増悪している場合は手根管症候群を疑う。

つづく