医学界新聞

連載

2014.08.11



こんな時にはこのQを!
“問診力”で見逃さない神経症状

【第11回】
体重減少

黒川 勝己(川崎医科大学附属病院神経内科准教授)


3084号よりつづく

 「難しい」「とっつきにくい」と言われる神経診察ですが,問診で的確な病歴聴取ができれば,一気に鑑別を絞り込めます。この連載では,複雑な神経症状に切り込む「Q」を提示し,“問診力”を鍛えます。


症例
患者:76歳,男性
主訴:体重減少
病歴:約1年前に,前立腺癌に対する放射線療法を受け始めたころから食欲低下が生じた。近医で精査されたが明らかな異常が認められず,うつ病と診断された。投薬を受けたが次第に声が小さくなり,食事量も減っていった。体重は1年間で15kg減少し,最近はペットボトルのふたを開けることも難しくなってきた。うつ病の治療のため当院心療科に入院するも,抗うつ薬の反応性に乏しいため,当科に紹介され受診した。

 今回取り上げるのは「体重減少」です。体重減少が神経症状なのか,と思う方もいらっしゃると思います。もちろん,消化器疾患の症状,あるいは代謝性疾患の症状として体重減少が生じる場合もあります。一方で神経筋疾患のために筋肉が萎縮しても体重減少は生じますし,嚥下障害のために二次的に体重減少を生じる場合もあります。したがって,神経症状としての体重減少もあり得ることなのです。

 一般的には体重減少がある場合,まずは悪性腫瘍の検索をすると思います。そしていくら探しても悪性腫瘍が見つからない場合は,精神疾患によるものと診断されることも多いのではないでしょうか。本患者でも,悪性腫瘍に対する治療が始まったころから食欲低下,体重減少が生じるも,近医での検査では異常が認められなかったため,精神疾患と診断されていました。その可能性も十分考えられますが,必ず鑑別すべきある疾患があります。その疾患は決してcommonではありませんが,極めてcriticalであり,できるだけ早期に診断することが大切になります。

 さて,その疾患とは何でしょうか。それを見逃さないために,何を聴くことが重要になるでしょうか。

***

 既往歴として,40歳のときに胃潰瘍のため胃を3分の2切除されている。喫煙歴として36年間,タバコ20本/日以上を続けていたが,肺気腫と診断され現在は禁煙している。前立腺癌に対して放射線治療を受けるも,既に治療は終了していた。

 身長は159 cm,体重は37 kg(1年前は52 kg),血圧132/84 mmHg,脈拍88/分・整,呼吸数25/分,体温 37.5℃。呼吸音は減弱していた。

 体重が6か月で5%以上,あるいは12か月で10%以上減少する場合「体重減少がある」とされます。本患者はもともと52 kgだった体重が12か月で37 kgになり,29%も減っていました。この体重減少の裏に,何らかの疾患が存在する可能性が考えられます。

 体重減少はさまざまな疾患によって生じますが,病態生理学的にはのように3つに分類して考えられます。本患者の場合,肺気腫はエネルギー消費の増大により体重減少を生じるので原因疾患の候補になります。一方,前立腺癌は治療も終了しており,体重減少の原因とは考えられないとのことでした。

 体重減少の病態と主な原因疾患

 そのような中で,ある疾患を検索するために有用なのが下記の質問です。

■Qその(1)「体のどこかで,筋肉がぴくぴくすることはありますか?」

 患者はかなり前から,体のあちこちで筋肉がぴくぴくすることを自覚していました。

 診察すると,四肢,体幹,さらには舌にもぴくつきが認められました。このぴくつきは「線維束性収縮(fasciculation)」と考えられます。このfasciculationは,筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis: ALS)に極めて特徴的な所見です(ただし,脱随性末梢神経疾患などでもみられます)。

 Fasciculationを確認するポイントは,まず筋肉の収縮をとり,完全に安静にさせることです。その上で,fasciculationは数秒に1回あるいは1分間に1回程度の頻度であるため,少なくとも30秒はじっと観察する必要があります。疲れたときなどに目の周りがぴくつくことを経験しますが,そのぴくつきとは数Hzと頻度が早い点で異なります。「ぴくつき=全てALS」と思い込んで不要な心配をしすぎないことも大切です。

 そのほか鑑別すべき症状としてはmyokymiaやcontraction fasciculationなどがあり,臨床的にfasciculationが疑われた場合は,最終的には針筋電図検査などによる確認が必要になります。ここからは,専門医(神経内科医)に任せてよいところです。

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 神経学的所見では構音・嚥下障害があり,gag reflex(咽頭反射)は消失,舌の萎縮とfasciculationを認めた。四肢の筋力はMMTで3から4+程度に低下し,四肢・体幹にfasciculationを認めた。腱反射は四肢で亢進し,病的反射としてChaddock反射が両側で陽性,下顎反射も亢進していた。針筋電図検査を施行し,ALSと診断した。呼吸器装着の希望はなく,自宅に帰ることが第一の希望だったため,往診医などの手配のうえ,退院された。退院早期に自宅にて永眠された。

 上記のように,下位運動ニューロン徴候(筋萎縮,fasciculation,gag reflex の消失)および上位運動ニューロン徴候(四肢腱反射亢進,病的反射陽性)の存在および針筋電図検査結果から,ALSと診断しました。

 わが国におけるALSの発症率は,1.1-2.5人/10万人/年,有病率は7-11人/10万人と推計されており,commonな疾患とは言えません。しかし,個人差はあるものの発症から死亡もしくは侵襲的換気が必要となるまでの期間の中央値は20-48か月であると報告されており,criticalな疾患と言えると思います。診断をしたその瞬間から緩和ケアが始まる意味でも,criticalな疾患と言えるのではないでしょうか。

 いまだに根治させる治療法はありませんが,少しでも進行を遅らせるためにできるだけ早期にリルゾール内服を開始することが大切ですし,QOLを改善するさまざまな医療・ケアがあるので,それらを導入することも重要です。本患者の場合,悪性腫瘍の存在,肺気腫などもありましたが,もしも筋肉のぴくつきの有無を聴いていれば,もっと早期にALSの存在が診断できた可能性があり,残された時間をもっと有効に過ごしていただけたかもしれません。

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 ここでもう一人,患者を紹介します。56歳の男性で,3か月前に体重減少(3か月で5 kg減少)と疲れやすさを自覚しました。ボタンの留めはずしが難しく感じており,近医を受診したものの明らかな異常はなく経過観察とされました。その後,他院で各種血液検査,腹部超音波検査,全身CT検査などを受けても明らかな異常はなく,「食事がおいしくない」という発言や,仕事で責任ある役職に就く予定があったことから,うつ状態ではないかと診断されていました。右腕の痛みがあったため当科に紹介受診されました。

 受診時には,半年間で約7 kgの体重減少(57 kgから50 kg)を認めていました。この方もぴくつきについて聴くと,前胸部のぴくつきを自覚されており,診察では四肢にもfasciculationを認めました。針筋電図検査などを行い,ALSと診断しました。

 この方の場合ももう少し早くぴくつきを聴いたり,確認したりしていれば,診断も早くついたかもしれません。しかし一人目の患者よりは早くALSとわかったので,残された時間をどうしたら有意義に過ごせるか,検討する猶予がありました。

 ALSは原則感覚障害がないこと,急に麻痺は起こらないことから,筋力低下も漠然とした疲労のためなどと考えられることがあります。飲み込みにくさからくる体重減少も,食欲低下と思われる可能性があります。存在しない悪性腫瘍を探し続ける前に,筋肉のぴくつきを聴くことが,少しでも早い診断のために大変有用と思われます。

今回の“問診力”

体重減少の場合,筋萎縮性側索硬化症(ALS)を鑑別するために筋肉のぴくつきがないかどうかを聴く。

つづく

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