米スポーツ界を震撼させる変性脳疾患(7)(李啓充)
連載
2014.04.14
〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第267回
米スポーツ界を震撼させる変性脳疾患(7)
李 啓充 医師/作家(在ボストン)(3070号よりつづく)
前回までのあらすじ:元NFL選手における第一例が報告された2005年以降,chronic traumatic encephalopathy (CTE)症例の蓄積が進み,「タウ蛋白病」として認知されるようになった。
「脳震盪等,比較的軽微な頭部外傷を繰り返すことが行動の異常や人格の変化をもたらす変性脳疾患の原因となる」というCTEの概念が,アカデミズムの領域を越えて一般にも周知されるようになったのは,前回も述べたように2007年以降のことであった。一般への情報宣伝活動を仕切ったのは,ハーバード出身の元プロレスラー,クリス・ノウィンスキーであったが,彼が,情宣の傍らボストン・ユニバーシティ内にCTE研究の拠点を構築するのに尽力したことは前回も述べたとおりである。同ユニバーシティのCTE研究チームを率いたのは神経病理学者アン・マッキーだったが,2010年,彼女がCTE12例の病理所見についてまとめた論文(註)が,再びメディアの注目を浴びることとなった。
CTEとALS発症の関連についての新知見
12例の内訳は,元NFL選手7人,元ボクサー4人,元NHL選手1人であったが,全例ともタウ蛋白陽性の神経原繊維濃縮体が脳皮質の広範な領域に存在する等,CTEに特有の病理所見を有していたのは言うまでもない。これだけだったら,ただ従前から知られていた結果を再確認するだけの論文にしかならなかったのであるが,研究チームの関心を引いたのは,12例中3例(元NFL選手2人および元ボクサー1人)において,生前「ALS(amyotrophic lateral sclerosis)」の臨床診断が下されていたことだった。
そこで,脳だけでなく脊髄の病理所見を子細に検討しただけでなく,ALSとの関連が報告されてきた「TDP-43蛋白」についても免疫染色を実施したところ,以下のような知見を得たのだった。
(1)ALSを診断された3例では,脊髄だけでなく脳の広範な領域にTDP-43蛋白陽性の病変が認められた。
(2)CTE12例中10例で脳内にTDP-43蛋白陽性の病変が認められた。ただし,脊髄に陽性病変が存在したのはALSと診断された3例のみであった。
(3)CTE12例中8例で脊髄を調べたところ,全例においてタウが陽性となった。一方,CTEを合併しないALSのみの対照群では,脳・脊髄ともタウは陰性であった。
以上の結果から,(1)CTEの発生には,タウ蛋白だけでなくTDP-43蛋白も関与する,(2)TDP-43蛋白が関与する病変が強く脊髄に起こった場合,ALS(=タウ陰性)ではないけれども臨床的に区別のできない類似の病態がもたらされる,ことが示唆されたのだった。
ゲーリッグは「ゲーリッグ病(ALS)」ではなかった?
実は,「ALSの発生に脳や脊髄の外傷が関与する」とする説が唱えられてきた歴史は古く,サッカー選手や...
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