医学界新聞

連載

2014.04.07

モヤモヤよさらば!
臨床倫理4分割カンファレンス

生活背景も考え方も異なる,さまざまな人の意向が交錯する臨床現場。患者・家族・医療者が足並みをそろえて治療を進められず“なんとなくモヤモヤする”こともしばしばです。そんなとき役立つのが,「臨床倫理」の考え方。この連載では初期研修1年目の「モヤ先生」,総合診療科の指導医「大徳先生」とともに「臨床倫理4分割法」というツールを活用し,モヤモヤ解消のヒントを学びます。

■第4回 身寄りのない患者が,せん妄状態になったら?

川口 篤也(勤医協中央病院 総合診療センター副センター長)


前回からつづく

大徳 モヤ先生,整形外科を回っているの? 順調にやってる?

モヤ 全然,順調じゃないです……。初めて受け持った大腿骨頸部骨折の患者さんが,入院後意思疎通ができなくなってしまったんです。手術予定だったのに,連絡が取れる親族もいなくて。せん妄状態だと思うんですが,看護師さんも対処に困っているんです。4分割カンファレンスで,どうにかなりませんか?

大徳 4分割への信頼度がずいぶん増してるなあ。ま,早い段階で方針を共有することはとても大事だから,関係者に情報を集めてもらって,近々カンファレンスを開いてみようか。


(1)医学的適応

モヤ 患者は,転倒による右大腿骨頸部骨折の67歳男性,Eさんです。骨折は転位があるタイプなので,一般には手術適応があります。ただ,入院翌日から落ち着かなくなり,点滴を自己抜去したり,虫が見えると言い出したりして,せん妄状態と判断しています。

看護師 わけのわからないことを言ったり,汗をかいて手が震えたり,そわそわして落ち着かないんです。特に夜間は看護師も少なく,かなり人手を取られてしまうので,とにかく早く落ち着かせてほしいんです。そもそも本当にせん妄ですか? 認知症じゃないの?

大徳 大変なのはわかりましたけど,ちょっと落ち着いて考えてみましょう。モヤ先生はどうして認知症でなく,せん妄と判断したのですか?

モヤ 最初は普通に会話ができていたので認知症はなさそうだと思ったのと,1日の中でも意識レベルにムラがあったり,夜間に悪化したりと,この前勉強したせん妄の特徴にピッタリで……。

大徳 勉強が生きましたね。今回は特に虫のような幻視や,自律神経症状,振戦などを認めるので,アルコール離脱せん妄を第一に考えるべきでしょう。(ポイント(1)

看護師長 しばしば痛みも訴えるのですが,特に夕方はそわそわして薬を内服できないことが多いんです。ムラがあるため,疼痛コントロールはあまりうまくできていません。

整形外科指導医 手術をしないと歩けなくなる可能性が高いですし,痛みを取るためにもできるだけ早く手術をしたほうがいいんですけどね……。

大徳 その判断は,最後にすることにしましょう。

モヤ (手術につなぐには,せん妄と痛み,同時に対策が必要そうだなぁ)

ポイント(1)……ベースの認知機能にもよりますが,特にせん妄などの改善可能な意識障害は,適切な判断を下せるまでに改善する可能性があります。しっかり診断,ケアすることが大事です。

(2)患者の意向

大徳 入院初日には,手術にも同意が得られていたんですよね。

看護師 ええ,入院日の会話では,あまりかみ合わない感じはなかったんですけどね。今は痛みの訴えか,つじつまが合わないことを言うだけです。

モヤ (せん妄が治れば,意思疎通ができるってことだよね)

(3)周囲の状況

看護師長 Eさんは3年前,虫垂炎で外科に入院されているんです。そのときには,古い友人の方が保証人になってくれていました。

MSW その方とは連絡が取れてます。でも普段はほとんど行き来がないようで,3年前も「久しぶりに連絡が来たと思ったら手術の保証人を頼まれびっくりしたが,誰もいなさそうだったので仕方なく引き受けた」そうです。

 今回も「保証人にはなってもいいが,普段かかわっていないので,治療方針について意見を求められても困る」とのことでした。その他には,連絡できる人はいなさそうです。(ポイント(2)

大徳 他に,Eさんについての情報は得られましたか?

MSW 「以前会ったときには,朝からお酒を飲んでいた」と言ってました。

モヤ (アルコールの問題,そんな前からなんだ。結構深刻そうだ)

ポイント(2)……保証人や金銭面,介護サービスなどの状況はMSWが把握していることが多いので,普段から意識的に連携し,顔の見える関係を築きたいところです。

(4)QOL

整形外科指導医 独居のようですし,今後歩くことを考えると手術しかないでしょう。

看護師 でも先生,今の状況では術後の安静も保てなさそうですし,手術は厳しいのでは? 家に帰っても,お酒を飲んだら同じことでしょうし……。

モヤ うーん…手術の前に,まずは痛みのコントロールと,アルコール離脱せん妄のコントロールをしっかりすることが必要な気がします。

大徳 そうですね。痛みはせん妄のリスクでもあるので,内服が安定してできないのであれば,あらゆる投与経路を使って,しっかり除痛することが先決だと思います。アルコール離脱せん妄は予防が最も大事ですが,起きてしまった場合は1週間程度で治まってくることが多いです。それまではベンゾジアゼピン系の薬の量の見直しと,夜間は眠れるような薬剤,環境調整をして,数日様子を見てみましょうか。

MSW 手術してもしなくてもかなり長期入院となり,退院するときも自力歩行が可能かどうか,まだわからないですよね。となると,今住んでいる家も解約する必要性が高そうな気がします。

大徳 それは,本人の判断能力が戻った時点で意向を聞きましょう。退院時の歩行状態によってはサービス付きの施設などがよいかもしれませんが,本人は住み慣れた家にどうしても居たいかもしれませんからね。

Next Step

モヤ 痛みとせん妄のコントロールを,早急に行うことにします。あと,急性症状が落ち着いたら,アルコール問題についても精神科の先生に相談して,対応したいと思っています。

看護師 私…少しEさんにネガティブな感情を抱いていたのですが,看護師皆で協力して環境整備などを行い,早くせん妄を改善できるようにします。

MSW 症状が落ち着いたら住まいのこと,医療費,年金のことなど早めに相談していきます。

整形外科指導医 ではせん妄が落ち着いたところで,手術について,術後のリハビリや歩ける可能性なども含め説明して,了解を得るようにします。

 ただ,せん妄が落ち着かない場合は,どうします?

大徳 判断能力が戻らない場合は,代理決定する人がいないので難しいんですが……そのときはまた,カンファレンスを開きましょう。(ポイント(3)

ポイント(3)……一回のカンファレンスですべて解決しようと思う必要はありません。「新たな情報を集めて再度カンファレンスする」というのも,一つの立派な方針なんです。

***

 今回ポイントとなったのは,「本人に判断能力があるかどうか」,そして「判断能力が低下している場合,改善の可能性があるか」を見極めることでした。改善の可能性があるなら,まずはそのために力を尽くすこと。それでも意思疎通が難しければ,本人の意向を最大限くみ取る努力をしながら,病院内の倫理委員会などで対応を検討していくこともあります。モヤ先生,今回も適切な対処ができましたね。

モヤ先生のつぶやき

 一般的なせん妄の症状は知っていたけど,「アルコール離脱せん妄」のことは初めて知ったよ。退院できても,お酒を飲んでしまったらまたケガをしてしまう可能性もあるから,この入院の機会を利用して,アルコール依存の改善にもかかわっていきたいな。

つづく

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