医学界新聞

連載

2012.03.12

在宅医療モノ語り

第24話
語り手:人間同士の空間を作ります お茶さん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「お茶」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


私のお供はお菓子が多い?
お茶請けにはやはりお菓子が多いでしょうか? 岩手の訪問先でのお茶っこは,漬物もあったような気がします。甘いと辛いの絶妙なバランス。なぬ? お菓子さんも語りたいことがあるんですか。では次回にゆっくりと。
 他人の家にお邪魔してお茶を勧められたという経験,皆さんもあると思います。よくあるお客さんへのおもてなしです。在宅医療の中で,訪問する医療者はもちろんお客さんではありませんが,私のようなモノが登場するシーンは結構あるのです。『モノ語り』シリーズでお茶なんて違和感ありますか? 私も飲みモノですからどうか許してください。

 私の登場率がグンと高まるときがあります。例えば,医療者が患者さんのお宅に初めてお邪魔する日。患者さんとご家族に訪問診療の説明があり,在宅医療が始まります。在宅医が紹介状を読み込んで診察した後,チームで相談しながら治療計画を立てていきます。そして最後に,「今日から24時間体制で対応します。緊急用携帯電話はこちらです」と連絡先の紙を渡したとき,「先生,ちょっとお茶でも」となるのです。「どうぞお構いなく」。その声は聞こえていると思いますが,「ホント,お茶だけですから」と言いながら作業は進み,私が出されます。「次の患者さんが待っていらっしゃるので失礼します」とは言いにくいらしく,「では今日だけ。今度から準備なさらないでくださいね」と言うのがやっと。在宅医も本当に次を急がなければいけないときもあるし,“お茶なしルール”のほうがお互い楽かもしれません。でも,このお茶タイムの情報交換が実は貴重だったりもするのです。お互いの出身地の話や仕事の話,お家を建てたときの話。在宅医も今後の診療の参考にしたいと探りますが,患者さん側も「この人で大丈夫かしら?」と探っています。おもしろいですね。治療方針決定の後は,医学部での教育の範囲を超えて,もう人間同士のお付き合いになっているのかもしれません。

 こんなときもありました。カンファレンスやサービス担当者会議の日。大人数が患者さんのお家に集まります。医師や看護師という医療者だけなく,週2回通うデイサービス職員,オムツ換えを手伝うヘルパー,エアーマットを持ってきてくれた福祉用具の専門家,まとめ役のケアマネジャー。さらに主役の患者さんとご家族が加わると,10人近くになることもあります。一堂に会する,というのは実は大変なコトです。これだけの人数だとたいてい遅刻する人がいます。他にも予定がある人はイライラもするでしょう。「お茶,せっかく入れたから飲んでください。冷たくなる前にどうぞ」。ご家族にこんな気遣いまでさせているのかと思うと,気の毒になります。

 別のお宅ではこんなこともありました。患者さんの具合がだんだんと悪くなり,お別れが近づいてきたときのこと。在宅医が診察を終えたとき,「ちょっといいですか」とこれまでお世話されてきた長男のお嫁さんは隣の居間を指差しました。患者さんをお部屋に残して,2人は居間に移動します。「いよいよでしょうか?」。お嫁さんが尋ねます。「ええ。このいつもと違う呼吸が,この前ご説明した下顎呼吸です」。すると,「先生,お茶でも……」と言って,お嫁さんは急に立ち上がり,台所に行ってしまいました。在宅医は心の中で思います。「あれ? まだ話の途中なのになあ。次の患者さんも待っておられるし,時間もないしどうしよう……」。そして,口に出します。「どうぞお構いなく。どうか座ってください」。「いえ,すぐですから」。お嫁さんは台所で,お茶を用意しながら,これから大事な話を聞くための心の準備をされているのかもしれません。彼女にとっては必要な時間なのでしょう。在宅医は焦らずじっくり待つことにしました。

つづく

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