安定狭心症はどれだけ「安定」しているか?(後編)(香坂俊)
連載
2012.03.05
循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ
【第23回】
安定狭心症はどれだけ「安定」しているか?(後編)
香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)
(前回からつづく)
循環器疾患に切っても切れないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。
そこで本連載では,知っておきたい心電図の"ナマの知識"をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?
前回は安定狭心症に対する治療法,主にカテーテルを用いる経皮的冠動脈インターベンション(PCI)と,冠動脈バイパス術(CABG)の変遷を扱いました。血管の狭くなったところを広げるPCI,迂回して新たな血液供給路を確保するCABG,この二つの優れた治療法を得て安定狭心症の治療は確立されたかにみえます。しかし,この10年で進歩してきたのはこうした侵襲的な治療法ばかりではありません。運動や食事の指導法,そして薬の使い方についても格段に理解が深まり,劇的に進歩しています。
束になった薬の威力
約30年前にCABGが薬物療法と初めて比較されたとき(CASSという臨床研究),薬らしい薬といえばニトログリセリンぐらいで,何とアスピリンが使われていた割合が全症例のたった3%,その他の薬は影も形もない時代でした。
それから,まずアスピリンやクロピドグレルといった抗血小板薬の劇的な予後改善効果が確立し(1980年代),さらに心拍数を落として酸素消費量を抑えるβ遮断薬(90年代前半),コレステロールさらには狭窄部位のプラークを退縮させるスタチン(90年代後半),そして左室収縮能が落ちている心臓のリモデリング(線維化)を防止するACE阻害薬とアンジオテンシンII拮抗薬(ARB)(2000年代)といった薬が虚血性心疾患の二次予防に導入されてきました。
これらの薬剤は,1剤につきおおむね10%程度の心臓突然死や急性心筋梗塞といったイベントの抑制効果があるので,4剤合わせれば理屈の上では,0.94≒0.66でイベント発生数は3割以上の減少です。ここに週5回ほどの運動(1回20分の有酸素運動)や魚中心の食生活などといった生活指導が加わると,ちりも積もれば山でかなりのパワーを発揮します。なお,この虚血性心疾患の二次予防の項目は,米国のガイドラインでは以下の「ABCDE」という語呂でまとめられています。
A Aspirin and ACE/ARB
B Beta/blocker and BP
C Cigarette and Cholesterol
D Diet and Diabetes
E Education and Exercise
(太字は薬剤関連)
Like a Rock
PCIとCABGがしのぎを削る間に,20年間にわたって密かに力を蓄えてきた「ABCDE」ですが,われわれの想像以上の威力を秘めておりました。ここ5年くらいの間に行われた循環器分野の大規模臨床試験のなかで,2007年に発表されたCOURAGE試験ほど衝撃をもって迎えられた試験はないでしょう。有意狭窄が血管造影で証明された安定狭心症例に対し,全症例にしっかり「ABCDE」を順守させ,その上でPCIを行って狭窄を解除するか(PCI+至適薬物療法群),それともそのまま様子をみるか(至適薬物療法群)でランダム化したRCTです。この試験では,約2200例を5年間追跡しましたが,生存率や生活の質が改善される度合いに長期的には差は認められませんでした(図1)。
図1 COURAGE試験の結果 |
低リスクの安定狭心症例では,至適薬物療法にPCIを加えても長期的な予後に差はなく,むしろPCI直後にイベント発生数の増加(矢印)を認めています。これは,PCIでつぶしたプラークの破片が末梢に流れこみ,少数ですが急性心筋梗塞を起こすことがあることによります。(Boden WE, et al. N Engl J Med. 2007 ; 356(15): 1503-16より改変引用) |
狭窄度が70-90%の立派な狭窄に対しPCIを行っても,大きな効果は認められない……。これはいったいどうしたことでしょう? もしかすると,日本で年間20万件以上行われているPCIは,そのほとんどが必要ないのでしょうか? 実際,米国ではCOURAGE試験発表直後にはPCIの件数が13%ほど減少し,長期的にもその時期と前後して減ってきています(図2)。理論上,PCIの件数は3分の2ほどになるのではと言われていましたが(医療費削減効果は約4000億円),ランダム化するに相応しくないと考えられた症例(近位部病変などリスクが高い例)をあえて試験に登録しなかった可能性も指摘されています。また,PCIの成績の施設間格差が著しい(米国の施設,特に在郷軍人病院系列の成績が悪い)などいろいろな問題が浮上し,この程度の減少にとどまっていると言われています(文献1)。人間なかなか長年の習慣や考え方を変えられないということもあるのでしょう。
図2 メディケア加入者1000人当たりのPCIとCABGの件数 |
(Riley RF, et al. Circ Cardiovasc Qual Outcomes. 2011 ; 4(2): 193-7より改変引用) |
しかし,COURAGE試験の発表以降PCIやCABGに対する考え方は確実に変わりました。Occulo-stenotic reflex(OSR)という言葉がありますが,これは狭くなった病変を広げたくなるという循環器内科医特有の反射です。少し前までは笑い話で済んでいましたが,もはやシャレにならなくなりました。「ABCDE」で岩のように安定した狭窄に対し介入を行うには,それなりの理由がなくてはならないのです。
最後にPCIやCABGといった介入を加えるための条件を考えていくことにしましょう。
解剖学的評価から機能的評価へ
狭くなった病変に介入をかけるべきか。それは,視覚によって解剖学的になされるべきではなく,機能的になされるべきというのが現在の安定狭心症の考え方の要です。つまり,狭窄の数やその見た目(狭窄度)ではなく,結果的にどのくらいの領域が負荷時に虚血にさらされるかを重視することです。COURAGE試験やSYNTAXスコアでは,血管造影で得られるパイプラインの情報を集中的に見てきましたが,その結果としてどれだけの土地(心筋)が干上がっているのかを見ていかなければ,総合的な評価はできないという考えです。できそうだから介入してみる,というOSRではCOURAGE試験の教訓を活かすことができていません。
さて,虚血にさらされている領域はシンチグラフィなどの画像検査で定量化することができます。現在カットオフとして提唱されているのは10%で,それ以上が虚血の状態にあればPCIやCABGに値し,それ以下ならば「ABCDE」で問題ないだろうとする考え方が登場してきています。そこを検証しようというのがCOURAGE試験の次の段階とされていて,その名も「ISCHEMIA試験」です。今夏から全世界で行われる予定です。日本からも4施設(榊原記念病院,小倉記念病院,豊橋ハートセンター,慶應義塾大学病院)が参加する予定です(施設募集中:日本事務局cadet32@gmail.comまで)。
ほかにも,狭窄の見た目だけに頼らない方法はあり,例えば狭窄前後の血流量を計測するFFRという手技があるのですが,そこで流量が20%以上ダウンしていなければ,介入をかける意味がないというところもはっきりしてきました。ここの部分,今年の1月にアップデートされたばかりです。
*
安定狭心症は,「ABCDE」の力を得て,文字通り盤石の安定度を誇れるようになりました。以前は負荷時の心電図の動きだけで診てきましたが,いまはカテーテルによる血管造影,そして虚血の領域の定量評価や狭窄前後の流量の評価でPCIやCABGの適応が選べるようになってきました。やはり冠動脈も,見た目より中身ですね。次回,いよいよ最終回です。
POINT●安定狭心症では,薬や生活指導が「根治的」な治療法としてとらえられるようになっている。
|
(つづく)
参考文献
1)A Simple Health-Care Fix Fizzles Out. Wall Street Journal, February 11, 2010.
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