心電図診断のコツとは?(香坂俊)
連載
2012.04.09
循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ
【第24回】(最終回)
心電図診断のコツとは?
香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)
(前回からつづく)
循環器疾患に切っても切れないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。
そこで本連載では,知っておきたい心電図の"ナマの知識"をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?
心電図一発診断
最終回は心電図の連載らしく,12誘導心電図から始めてみましょう。
下の心電図(1)は,いったい何の所見を表す心電図なのでしょうか? 一見してST上昇なので「すわレッドゾーンか」と思いきや,よくみるとこのST,冠動脈の解剖と関係なくいろいろなところで花火のように上がっていています(緑矢印)。このST上昇大安売りの心電図は心外膜炎の心電図です。心外膜炎では,心房の再分極も炎症の影響を受けるので(心房も心膜で覆われています),ちょうどPRの部分も下降します(黒矢印)。国家試験にもよく出題されるパターンですね。
心電図(1) |
では,心電図(2)はどうでしょう? 緑の四角で囲まれている部分,よーく見ると何かおかしくないでしょうか? 普段はV1からV6にかけて,だんだんとR波が高くなっていくはずなのですが(心尖部に近づきます),この心電図ではV4-6にかけて急にRの高さが失われています。これは左肺の気胸を起こしている方の心電図です。大量の空気が心臓と電極の間にはいってしまって,本来すくすくと育っていくはずのR波が不自然に減高しています。
心電図(2) |
最後に心電図(3)を見てください。大きくT波が陰転化しています(矢印)。これはgiant negative T waveと呼ばれるものです。これが何を意味するか,もはや知っているか知らないかの問題なのですが,実はこれ,くも膜下出血に特異的な心電図変化です。交感神経系の中枢である星状神経節が障害され,そこからの心臓へのインプットに左右差が出てしまってこのような心電図になると言われています。
心電図(3) |
この3枚,なかなか味わい深いですよね? 心電図はやはり奥が深いです。実にさまざまな場面で応用可能であり,各々の疾患の深いところまで理解することができそうです。まさに,
心電図を制するものは循環器を制す!
でしょうか?
禁断の果実
確かに心電図1枚から病態を一発で探り当てることは達成感もあり,格好もいいのですが,もう一度先ほどの心電図(1)-(3)をよーく考えてみてください。
(1)心外膜炎の診断は臨床診断です。胸痛の性状や心膜摩擦音に耳を傾ける必要があります。こうした所見からある程度目安をつけ,その上で心電図をとって診断を確定させる流れが本当です。
(2)気胸の診断は胸部X線で行います。もし呼吸音の左右差から緊張性気胸が疑われれば,心電図ではなくてドレーンを持って来いということになります。
(3)「くも膜下出血か?」という状況で,のんきに心電図をとっていたらたぶん怒られます。
心電図の「一発診断」とか「深読み」という言葉は蠱惑的な響きをたたえていますが,本来の心電図の役割は確定診断ではありません。
昔からよく語られていることですが,臨床診断の7-8割は患者さんの話から得られます。残りの1割程度が身体所見から,そしてたまに検査(心電図を含む)から診断がつくこともある,といったところが現状ではないでしょうか。わかりやすい例では,失神の鑑別がこれに当たります。失神のなかで心電図が有用なケースはほんの5%程度です(文献1)。
一回でも一発診断を経験すると,「また次も心電図ですべてがわかるのではないか」と期待してしまいますが,それはいってみれば禁断の果実です(5%のラッキーを期待しながら診察業務を行うわけにはいきません)。
イチローは三振しない
しばらく医師を続けていると気付くことがあります。それは,この仕事で大事なのはホームランを打つことではなく,三振をしないことです。つまり,珍しい疾患を見つけることよりも,治療できる状態を見逃さないことが優先されます。
First, do no harm
しばしば臨床現場に登場する言...
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