セラピューティック・タッチ(李啓充)
連載
2012.02.27
〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第216回
セラピューティック・タッチ
李 啓充 医師/作家(在ボストン)(2965号よりつづく)
代替医療をめぐる議論については本連載でも何度も触れてきたが,『Cancer』誌2012年2月号(118巻3号777-87頁)に非常に興味深い論文が掲載されたので紹介しよう。
論文のタイトルは「 Complementary medicine for fatigue and cortisol variability in breast cancer survivors : A randomized controlled trial (乳癌生存患者の倦怠感およびコルチゾール変動と補完医療:無作為化比較試験)」。漠然と「補完医療」とうたっているものの,この研究で具体的にその効果が検討されたのは,いわゆる「セラピューティック・タッチ(therapeutic touch,以下TT)」である(註)。
米看護界でも支持を集める「手かざし療法」の有効性は?
日本の読者にはなじみが薄いかもしれないが,TTは,当地の看護界にあってかなりの支持を集め,正規の教科としてカリキュラムに含めている看護学校も多い。治療法として開発されたのは1970年代初めであり,75-87年にアメリカ神智学協会会長を務めたドラ・クンツ,および,ニューヨーク大学看護学部教授だったドロレス・クリーガーの二人が創始者とされている。「人間の体はひらかれたエネルギー場であり,エネルギーのバランスが崩れると諸々の疾患が発生する。このバランスの崩れを感知し正す」治療法として,二人はTTを開発したのである。
TTは,時に「手かざし療法」と訳されることが示すように,多くの場合,その「手技」の実際は,治癒者が患者の身体に直接触れずに手をかざすことから成る。きちんとトレーニングを受けた治癒者は,手をかざしただけでエネルギーのバランスの崩れを感知し,その崩れを正すことができるというのだからにわかには信じがたい話であるが,本当に効果があるのかどうか,これまで度々疑義が呈されてきたのは言うまでもない。
今回の『Cancer』誌の論文は,無作為化比較試験によって乳癌患者の倦怠感についてTTの有効性を検証したのであるが,「TT実施群」に対し,「治療未実施群」と「模擬TT実施群」の二つが対照群として用意された。「TT実施群」はTTについて「正規」のトレーニングを受けた医療者が実施する一方,「模擬TT」はTTについて懐疑的な医療者が手技だけを模倣する形で実施された。ちなみに,「模擬TT」実施者に対しては,彼らが患者によかれと願って「誤って」効果を上げてしまうことのないよう「模擬TT施行中,頭の中では,研究計画とか研究予算の申請とか,患者やその病状とは全く無関係なことを考えるように」とする指示が出されたという。
さて結果であるが,TT実施群も模擬TT実施群も治療未実施群と比較して倦怠感が有意に軽減したものの,TT実施群と模擬TT実施群の間で有意差は認められなかった。つまり,ごく単純に解釈するならば,TTの倦怠感軽減効果は「プラセボ効果」によりもたらされることが示唆されたのである。
今回の研究に対するメディアの反応であるが,シカゴ・トリビューン紙が「なぜこんな『無駄な』研究に国民の血税を使った!?」と糾弾する趣旨の記事を掲載,注目された。同紙は,「研究予算を配分した国立衛生研究所『補完代替医療センター』は科学の名に値しない研究に多額の予算を配分し,けしからん。こんな役所が本当に必要なのか」と,その存在理由に対して強い疑義を呈したのだった。
小学生による科学的検証
実は,TTを科学的に検証した研究がメディアの注目を集めたのは今回が初めてではない。1998年には『米医師会誌(JAMA)』に,「A close look at therapeutic touch」(279巻13号1005-10頁)と題する論文が掲載され,研究のデザインが非常に単純であったこともあり,大きく報道される事件があったのである。
「デザインが単純だった」と書いたが,TT実施者の前についたてを立てて視界を遮った上で両手をかざさせ,ついたての向こうで片手だけ出している研究者の手の左右を当てさせたのである。もし,TT実施者に患者のエネルギー場を感知することができるなら,ついたての向こうのどちら側に手が出されているかを正確に当てることができるはずだった。しかし,「正答」が出されたのは280回中123回(正答率44%)にしか過ぎず,「エネルギーを感知することができる」とする主張に対し,根本的な疑義が呈されたのだった。
しかも,この実験は,当時9歳だった小学生エミリー・ロサが,学校のサイエンス・フェアの発表用に立案・実施したものだった。小学生の研究がJAMA誌に掲載され,論文共著者の史上最年少記録を作ったとあって,大きく報道されることになったのである。
というわけで,TTに対して科学的疑義が呈されたのは今回が初めてではなかったのだが,なぜか,TTはいまだに根強い人気を誇り,看護界を中心に広く実施される状況に変化はない。長年TTのご利益を信じてきた人々にとって,その効果に対して否定的な論文が一つや二つ出たからといって,信念を変えるには至らないようなのである。
ちなみに,今回発表された『Cancer』誌の論文に共著者として名を連ねたTT専門家ロザリン・ブリエールは,TTと模擬TTの間で倦怠感減少効果の差が出なかったことについて,「患者と身近に接すれば治ってほしいと願うのが医療者の素直な気持ち。模擬TT実施者も,手技を施行しながら,つい,患者の症状がよくなることを願ってしまったからTTとの間に差が出なかったのではないか」と述べているそうである。
(つづく)
註:論文の著者は「TT」ではなく「biofield therapies」なる呼称を使っているが,本稿ではより一般的な呼称である「TT」を使用した。
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