医学界新聞

連載

2012.02.06

学ぼう!! 検査の使い分け
シリーズ監修 高木康(昭和大学教授医学教育推進室)
○○病だから△△検査か……,とオーダーしたあなた。その検査が最適だという自信はありますか? 同じ疾患でも,個々の症例や病態に応じ行うべき検査は異なります。適切な診断・治療のための適切な検査選択。本連載では,今日から役立つ実践的な検査使い分けの知識をお届けします。

第12回
梅毒検査

TP法

STS法

高木 康(昭和大学教授・医学教育推進室)


前回からつづく

 梅毒検査には,病原微生物の梅毒トレポネーマ(TP)を抗原とした検査(TP法)と類脂質抗原を用いたSTS(Serologic test for syphilis)法の2種類があります。両法ともTP感染により生体に産生される抗体を検出することで梅毒感染の有無を判定する手法です。検出する抗体を認識する抗原が違うため,これら2法の臨床的な意義は異なります。今回は,梅毒検査での両法の使い分けについて解説します。


梅毒の検査法

 梅毒トレポネーマ(TP)は血中で検出されることは少なく,TP感染により生ずる初期硬結や,硬性下疳あるいは扁平コンジローマなどの湿潤性第II期疹を摩擦清拭し,深部から湧き出た刺激漿液をスライドガラスに塗抹して染色する方法で検出しますが,検出率は悪く,手技も煩雑で日常的には行われません。

 現在,梅毒感染の有無は,TP感染により生体に生ずる抗体を検出することで行います。抗体検査には2種類あり,TP自体を抗原として用いるTP法と類脂質を抗原とするSTS法があります。前者はTPそのものに対する抗体を検出するため,TP感染に特異的です。一方,後者はTPにより破壊された組織に存在するカルジオリピン様物質に対する一種の自己抗体を検出するもので,TP感染以外の病態・感染症などでも陽性となることがあります。STS法は,感染初期から陽性となり,しかも治療により陰性化するため,治療効果判定の指標としても使用されています。

 TP法にはTPHA法,FTA-ABS法,TPI法,TPLA法などが,STS法には補体結合反応(緒方法,Wassermann反応),梅毒凝集法,ガラス板法(VDRL法)のSTS3法のほかに迅速測定に優れたRPR法などがあります。

梅毒検査を行うとき

 梅毒TPへの感染が疑われるときのほか,STS法におけるBFP(Biological False Positive:生物学的偽陽性反応)が診断基準となっている疾患が疑われるときにも測定されます。

症例1
 68歳男性。陰部皮膚炎を主訴として来院。3週間前から陰部に痛みのない硬結が出現し,潰瘍を形成するようになった。意識清明。身長167 cm,体重56 kg。体温36.8℃。血圧128/82 mmHg。血液所見:赤血球数337万/μL,Hb 11.2 g/dL,白血球数7400/μL(好中球68.0%,好酸球4.2%,好塩基球0.9%,単球9.1%,リンパ球17.8%),血小板数25.1万/μL。血液生化学所見:血糖97 mg/dL,総蛋白6.8 g/dL,クレアチニン0.82 mg/dL,総コレステロール177 mg/dL,AST 19 U/L,ALT 16 U/L。免疫学的所見:CRP 0.3 mg/dL,梅毒検査:STS法(ガラス板法陽性,凝集法陽性),TPHA法(陽性,×640)。

症例2
 35歳女性。上部消化管内視鏡検査のために来院。身長156 cm,体重48 kg。体温36.2℃。血圧108/68 mmHg。血液所見:赤血球数452万/μL,Hb12.9 g/dL,白血球数8700/μL(好中球81.1%,好酸球0.1%,好塩基球0.1%,単球1.8%,リンパ球16.9%),血小板数23.3万/μL。血液生化学所見:総蛋白7.5 g/dL,クレアチニン0.58 mg/dL,総コレステロール187 mg/dL,AST 19 U/L,ALT 14 U/L。免疫学的所見:CRP 0.04 mg/dL,梅毒検査:STS法(RPR法弱陽性)。

 症例1は,陰部の硬結,潰瘍で受診しており,患者との医療面接でも梅毒感染が疑われたため,STS法とTPHA法を行いました。結果はともに陽性で,梅毒と診断されました。直ちにペニシリン製剤を8週間投与した結果,ガラス板法が×128から×4に低下し,TPHA法では初診時×640が×1280まで上昇した後,4か月後に×640まで低下し,1年後には陰性となりました。ガラス板法にはTPHA法より早く陽性になり,しかも治療により抗体価は低下するという特徴があります。

 症例2は,内視鏡検査のための事前検査でRPR法が弱陽性となった症例です。医療面接では感染を疑わず,追加検査で行ったTPHA法やFTA-ABS法が陰性であることからBFPを疑い,自己抗体を検査しました。リウマトイド因子や抗核抗体,ss-DNA,ds-DNAをはじめとする自己抗体は陰性でした。

 BFPと関連して近年注目されているのが抗リン脂質抗体症候群です。抗リン脂質抗体(抗カルジオリピン抗体,抗カルジオリピン-β-グリコプロテインI複合体抗体,ループスアンチコアグラント)は,動静脈血栓症や習慣流産などの原因となる自己抗体で,特発性血小板減少性紫斑病の原因との関連も推測されています。STS法陽性で,TP法陰性の場合には,抗リン脂質抗体を検査する必要があります。

TP法とSTS法の解釈

 梅毒感染症の検査に2種類の抗体法を併用するのは,TP法とSTS法とで異なる特徴があるためです。STS法はTP法より早期に陽性化し,治療により陰性化します。実際,STS法では感染後3-4週間で陽性となるのに対し,TPHA法ではそれより2週間ほど遅れて陽性となることが多いです(表1)。

表1 梅毒の経時的な臨床症状と検査の陽性率
大楠清文:梅毒血清反応(STS).中原一彦(監):パーフェクトガイド検査値事典.総合医学社,2011より引用。

 STS法だけが陽性となる場合は,BFPが考えられます。BFPは20-30歳の女性に多く出現します。出現頻度は約1.6%とされ,妊娠,肝疾患や膠原病・自己免疫疾患(SLEでは診断基準の1つ)で高率に出現します。BFPの抗体価は一般的に低値で,疾患の経過とともに陽性となったり,陰性となったりすることが多いのが特徴です。

 TP法とSTS法が陽性であれば梅毒感染と診断可能ですが,治療を特に行わなくても長時間経過した場合にもSTS法は陰性となります。なお,TPHA法でも偽陽性反応があり,ハンセン病,伝染性単核球症,異好抗体,あるいは梅毒TPと共通抗原を持つTPによる感染でも陽性となりますが,頻度は極めて低く,他の検査を参考にして診断することが可能です(表2)。

表2 STS法とTPHA法との総合判定

まとめ

 梅毒感染が疑われる場合には,STS法とTP法の検査を行います。これらは,感染後に陽性となる時期と臨床的意義が異なるため,利用に当たってはその特徴を十分に知っておく必要があります。梅毒はSTD(性感染症)ですが,BFPの可能性もあり,プライバシーの点からもその解釈・診断については慎重に行うべきです。

ショートコラム

 STS3法やTPHA法は,試薬の調整・検査手技が煩雑であり,多数検体を処理することや検査の自動化は困難でした。しかし,現在ではラテックス粒子を担体として類脂質抗原やTP抽出物を感作させたラテックス凝集自動化法(RPR-LA法やTPLA法)が開発され,多くの大規模病院の検査室や検査センターでは利用されています。この方法は従来のSTS3法,TPHA法より感度が高いため,治療により完治しても陰性とならない症例もあります。検査の感度向上により,臨床上の解釈を変更しなければならない場合もでてきています。

つづく

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