論理的思考能力―考える(田中和豊)
連載
2011.06.13
連載 臨床医学航海術 第65回 論理的思考能力-考える 田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長) |
(前回よりつづく)
臨床医学は疾風怒濤の海。この大海原を安全に航海するためには卓越した航海術が必要となる。本連載では,この臨床医学航海術の土台となる「人間としての基礎的技能」を示すことにする。もっとも,これらの技能は,臨床医学に限らず人生という大海原の航海術なのかもしれないが……。
第61回から第64回までは,「英語力-外国語力」について考えた。今回は,人間としての基礎的技能の第7番目である「論理的思考能力-考える」について考察する。
表 人間としての基礎的技能 | |
|
「考える」とは?
第63回で,医療行為に限らず,ある学芸などの技能は,反射的かつ無意識的に行えるようになって初めて習得したと言えると述べた。しかし,人間はあまりにも反射的にかつ無意識的に行動すると,「考える」ということができなくなるらしい。
以前,救急室でこんなことがあった。研修医が救急車で搬入された患者さんに点滴をしようとしていたので,「何の患者さんなの?」と聞くと,研修医は「献血で採血されるときに気を失った患者さんです」と答えた。それを聞き,「献血で採血されるときに緊張して気を失ったなら,ここで採血したらまた気を失っちゃうんじゃない?」とさらに問いかけると,「救急車で来た患者さんには全員採血と点滴をするんじゃないんですか?」と聞き返された。 これは,救急患者に採血・点滴を反射的かつ無意識に行うことが,過剰になりすぎてしまった一例といえよう。
だからといって,逆に考え過ぎてしまうというのもいけない。救急室で研修医に診察している患者さんの鑑別診断を聞くと,ありとあらゆる鑑別診断を答える者がいる。最近の研修医向けの救急の書籍には,研修医が陥りやすいピットフォールなどがよく記載されている。確かにピットフォールを覚えておくことは非常に大切だろう。しかし,あまりにもピットフォールばかり考え過ぎてしまうと,患者さんを帰宅させることができなくなるのではないか? もしかしてこの患者さんはまれにみる致死的な疾患なのかもしれない,見逃したら訴訟になる……などと考えれば考えるほど,検査したくなり,専門医を呼びたくなる。そして,単なる「風邪」の患者さんさえも帰せなくなってしまうのだ。
これらのことから,「考える」ということは,適切な時に適切な場所で適度に行われなければならないことがわかる。「そんなに難しいことじゃないのでは?」と思う読者もいるかもしれない。しかし,「考える」ということはそれほど簡単なものではないのである。
「考える」規則
ここで, 「コレステロール値が高くなると,死亡率が上昇する」という仮説が正しかったとしよう。では,果たしてこのことから「コレステロール値を下げれば,死亡率は低下する」といえるだろうか。「そんなの当然では?」と言う方もいるであろう。
しかし,これは論理的には正しくない。「コレステロール値が高くなると,死亡率が上昇する」という命題が真である場合,同じく真といえる命題は,元の命題の裏に当たる「コレステロール値が高くならなければ,死亡率は上昇しない」ではなく,対偶である「死亡率が上昇しないならば,コレステロール値は高くなっていない」という命題なのだ。ここで,「命題」「真」「対偶」「裏」とか何を言っているんだと思われるかもしれないが,これらは実は高等学校の数学で学習しているはずだ。ここでは解説を省略したい。
上記の例からわかるように,われわれが日常的に正しいと考えていることの中には,実は間違っていることも多々あるのだ。また,「考える」という行為には一定の規則があるため,われわれは,正しく「考える」ために,その考える規則を知っておく必要がある。
この「考える」規則を研究する学問こそが「論理学」である。これは学生時代に絶対に学習すべき学問であろう。なぜならば,思考の基本法則である基本的論理を知らなければ,正しい思考もできないし,他人との議論もできないからだ。
「論理学」については,少し古い本で難解ではあるが,
沢田允茂著『現代論理学入門』
(岩波新書,1962)
がバイブルであろう。近年,合理的思考方法を学ぶということで,ちまたでは「論理学ブーム」が起こっており,新しい「論理学」の本が多数出版されているという。しかし,医学界では,論理的におかしいのではないかという議論がいまだに多く見受けられる。このようなトンチンカンな議論が起こるのは,ひとえに医師自身が「論理学」を学んでいないからではないだろうか?
考え過ぎ
生きる上で思考の基本法則である論理を知っておくことは非常に重要だ。しかし,人間は「論理,論理」と言っていると,「論理」を絶対視するようになるらしい。当たり前だが,人間の生活には論理では説明できないこともある。
これはEBM,つまり科学的根拠に基づく医学においても同様に当てはまる。もちろん医学を科学的根拠に基づいて行うことは非常に重要だろう。しかし,現在の医療において治療方針の決定がランダム化比較試験による科学的根拠に基づいて行われたのは,10-60%の患者についてのみであったという報告もある1)。
EBMを普及させることは非常に大切なのだが,EBM信奉者の中にはこのEBMを絶対視する人もいる。そういう人の中には,何かにつけて「エビデンスはあるのか?」「エビデンスがない検査や治療は絶対にするな!」などと極端なことを言う人もいる。
しかし,医療行為やわれわれの生活でエビデンス,エビデンスと言うと,ほとんど何もできなくなってしまうはずである。例えば,いまこれから皆でお酒を飲もうというときに,誰かが「とりあえず生ビール!」と注文したとしよう。それを聞いて,「『とりあえず生ビール』にエビデンスはあるのか?」と言い出す人がいたらどうであろうか……? 一同,笑顔が凍りつくはずである。
「考える」ことは確かに大切である。しかし,あまりにも考え過ぎてしまうと,夏目漱石が『草枕』に書いたように「智に働けば角が立つ」状態になってしまうのだ……。
(つづく)
参考文献:
1)小山弘,福井次矢.診療行為の根拠と患者のアウトカム.日内会誌.2004; 93(1): 178-85.
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