医学界新聞

連載

2011.04.04

循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ

【第12回】
心電図のレッドゾーン“ST上昇”(その1)

香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)


前回からつづく

 循環器疾患に切っても切れないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。

 そこで本連載では,知っておきたい心電図の"ナマの知識"をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?


 この連載も開始から約1年,いよいよ佳境に入ってきました。今回からは何回かに分けて「ST上昇」の話題を扱っていきたいと思います。

“ステミ”さん

 ロナルド・レーガンは言いました。

The world is divided into two kinds of people : those who can and those who criticize.(筆者意訳:世の中には二種類の人間がいる。コトを実行できる人間と,それを批判する人間だ。)

 そして2011年現在,心筋梗塞は以下の2つに分割されています。

世の中には二種類の心筋梗塞がある。STが上がっている心筋梗塞とそうでない心筋梗塞だ。

 今回の話題はST上昇型心筋梗塞(ST-elevation myocardial infarction ; STEMI)です。心電図のST上昇を語る上でこの話題は避けて通れませんが,どこか可愛らしい響き“ステミ”とは裏腹に,かなりの緊張感を孕んだ疾患です。

 STEMIということは,冠動脈が詰まってまだ間もないということであり,12時間以内に血栓を解除して再灌流できるかどうかに心筋細胞の生存と,もちろん患者さんの予後がかかっています。“Time is muscle”とはよく言ったものです(時は「金」ならぬ「筋」なり)。しかし,今日の緊急再灌流を図るための最も一般的な方法はカテーテルによるPCI(冠動脈インターベンション)なので,夜間にSTEMIと診断した場合には,(1)当番である循環器内科医をたたき起こし,(2)カテーテル室の技師さんにも招集をかける,という大掛かりなことになってしまいます。一方で,見逃せば患者さんの死亡率は2倍に跳ね上がり,訴訟のリスクも計り知れません。STEMIの診断にかなりのプレッシャーがかかることは想像に難くないでしょう。

STはどこからが上昇か?

 こうした瀬戸際の緊急時,意外と知られていないのはST上昇の厳密な定義です。復習がてら見ておくと,「1 mm以上のST上昇が2つ以上の誘導で」というのが古典的なルールです。このときの「2つ以上の誘導」は,解剖学的に隣り合った誘導ということになっています。ですからV1-4あるいはII/III/aVFといったところが対象となり,この2つの誘導パターンでSTEMIのほぼ80%をカバーできます。

 「1 mm以上」という高さの定義ですが,米国では偽陽性が多いV 2,3のみ,「2 mm以上」という鉄の掟を課しています。V 2,3に関しては,さらにマニアックに男女差をつけて1.5 mm(♀)と2.0 mm(♂)にしてみたり,あるいは40歳以下では2.5 mmとすることもあります。こうした細かい定義ですが,すべては感度を下げずに特異度を上げるためのルールです(false alarmを防ぐため,文献1)。

 このfalse alarmですが,当直の循環器内科医の機嫌と寝起きに若干左右されるものの,一般的に5%程度が許容範囲と言われています。前回(2919号)も触れましたが,コンピューター診断に頼ってしまうとこの数値は20%前後になるので,そのギャップを埋めるのがERの差配ということになります。また,注意していただきたいのですが,このfalse alarmは低ければ低いほどよいわけではありません。「ウチの施設はSTEMIの診断を絶対に間違わない。カテーテルをすれば詰まっている血管が必ず見つかる」というような施設の方々は,むしろ確率的にPCIが必要なSTEMIを見逃している可能性があります。厳しくなりすぎないための数値が,この5%という値なのです。

そのSTEMIは本当にSTEMIか?

 このほかカテーテルチームを呼ぶか,というところを判断するために役に立つ情報に,STEMIでは必ず鏡像変化が存在するということがあります(図1)。教科書では皆知っている現象ですが,これを真剣に探す必要があります。理屈の上では,STEMIでは常に解剖学的に反対側の誘導にSTの低下が生じるはずであり,気を付けてみれば90%以上のSTEMI症例で何らかの鏡像変化が見られるはずです。このときの鏡像変化は微妙な場合があることもまれではなく,コンピューターに頼らない医師の目が必要です。早期脱分極,心膜炎,左室瘤,というようなよくSTEMIと間違える疾患では鏡像変化を来すことがあり得ないので(心膜炎でのaVR誘導は例外),STEMIの診断を確定させようとするときに非常に役に立ちます(図2)。

図1 急性下壁梗塞の心電図
V1-4のST上昇とII/III/aVFの鏡像変化によるST低下の割合が,ほぼ同じであることにご注目いただきたい(絶対値ではなく,QRSの高さとの比で比較する)。中央の画像は心筋シンチと冠動脈CTを組み合わせた画像で,左前下行枝(LAD)と左回旋枝(LCx)と右冠状動脈(RCA)の位置関係を示している。

図2 左室瘤の心電図
STはV1-4で派手に上昇しているが,鏡像変化は全くない。

 あとは,早期に出現した異常Q波などもSTEMIの確認に役に立ちます。実は3分の1から2分の1の症例では6時間以内というごく早期に既に異常Q波が見られ,異常Q波が見られる誘導でST上昇があれば,これもSTEMIを強く示唆します。

二分法

 ここまでで今回は紙面が尽きてしまいましたが,次回はこのSTEMIの「6時間の壁」についてもう少し触れようと思います。

 余談ですが,最初のレーガンの言い回しは二分法と呼ばれる弁論術のテクニックで,両極端な二つの意見を出して聴衆をけむに巻いたり,危機的な状況を強調するために用いられます。

POINT

●STEMI診断に有意なST上昇は1 mm以上とされているが,V 2,3だけは2 mm以上。
●早期脱分極,心膜炎,左室瘤などといったSTEMIと紛らわしい鑑別疾患の存在を忘れずに。
●鏡像変化はSTEMIの診断を確定させるのに役立つ所見。時には目を皿にしてみよう。

メモ 心筋梗塞の分類 あれこれ

Q波と非Q波梗塞
 STEMIのほかにも心筋梗塞の分け方はあります。PCI以前は,異常Q波が梗塞巣の局在性(貫壁か非貫壁か)を表すなどの分け方が主流でした。しかし最近の画像検査の進歩で,異常Q波は単に梗塞巣の大きさを反映するのみ,ということがわかってきました(場所によらず梗塞が大きいと出現)。また,Q波が出現してくる時期はイベント発生の24時間後くらいが多いので,そのときには再灌流療法のタイミング(12時間以内)を逸してしまっています。そうしたわけで,基本的にQ波があろうとなかろうと大きな治療方針は変わらないので,異常Q波の診断は最近ではあまり用いられなくなっています。

急性と陳旧性梗塞
 さらに,急性と陳旧性(通称:old MI)と分類する向きもありますが,これは個人的に手抜きにすぎる分類ではないかと思っています。イベントを起こした後の心筋梗塞というのは千差万別で,急性期にどういった治療を受けたのか〔例:STEMI status post PCI to LAD(左前下行枝へのPCI後)〕,PCIやバイパス手術を受けなかったとしたらそれはなぜなのか(例:STEMIで12時間経過後や,Non-STEMIで低リスクだった)などの情報はその後のリスク評価には欠かせません。また,たまにエコーで動きが悪いだけ,あるいは心電図変化が出ただけのold MIの方がいたりします。こうした情報を盛り込まずに,急性期を過ぎた心筋梗塞をold MIとひとくくりにするのは,ちょっと大雑把ではないでしょうか? old MIという表記にはなんとなく「胃腸炎」のような胡散臭さを感じてしまいます。

つづく

参考文献
1)Rokos IC, et al. Appropriate cardiac cath lab activation : optimizing electrocardiogram interpretation and clinical decision-making for acute ST-elevation myocardial infarction. Am Heart J. 2010 ; 160 (6): 995-1003.

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