コンピューターが人間に勝つとき~心電図版~(香坂俊)
連載
2011.03.07
循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ
【第11回】
コンピューターが人間に勝つとき~心電図版~
香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)
(前回からつづく)
今回は初心に戻って,心電図はどう読むべきかについて考えてみようと思います。
外科医が心電図を読むには
先日,友人の整形外科医に術前の循環器疾患の評価を依頼され,その折に「心電図はどう読んだらいいんだ?」と相談されました。その彼にモニター心電図の切れ端(メモ)を見せたところ,
メモ モニター心電図の切れ端 | |
|
「で,どっちが上なんだ?」
ときました。確かな手術の腕で患者さんの信頼も厚い彼ですが,なかなかユニークかつ心電図読影の根源に迫る質問です。そんな彼は,今まで心電図をどんなふうに読んできたのでしょうか。
「ここに書いてあるじゃん」
と彼が指さしたのは,12誘導心電図で右上の方に書かれているコンピューターの診断のところでした(図)。なるほど,モニター心電図にはこの模範解答欄はありません。
図 とある12誘導心電図 |
この気さくな友人にも今から心電図の東西南北をマスターしてもらったほうがよいのでしょうか? それとも,12誘導心電図の模範解答欄をこのまま信用してもらってもよいものでしょうか? ちなみに,この友人が診る整形外科の患者さんは若い方が多く,ほとんどの心電図は正常だそうです。
チェスと心電図の違い
チェスの世界ではコンピューターが世界チャンピオンを破りました。もっと単純なオセロのようなゲームでは,人間はコンピューターにまず勝てないそうですが,心電図の読影ではどうでしょうか。
こうしたゲーム(正式には"二人零和有限確定完全情報ゲーム")でも,負けると死ぬほど悔しいものらしいですが,心電図は例えばST上昇心筋梗塞の診断など文字通り人命がかかっているので,今のところコンピューターの読影を人間が確認しないということはありません。ないはずです。
ただ最近思うのですが,コンピューターの読みは横の変化には非常に強くなりました。PR間隔,QRS間隔,QT間隔,RR間隔といったところはほとんど間違えません。適切に平均化し,最大幅を読むところはきちんと一番広いところを取ってきます。QT間隔などは,本来カーブの接線を引いてその交点を使って計測するのが正式な方法ですが,そんな微分積分も一瞬です(現在のアルゴリズムでは本当にT波を微分して変曲点から終点を規定しています)。代表的な例として挙げられるのはI度房室ブロックですが,これはコンピューターによって100%の精度で診断可能と言われています(文献1)。
しかし,縦の変化には脆いことが知られています。それはST変化であったりT波異常であったりするのですが,コンピューターの読みでは万難を排して引っかけすぎというくらい引っかけるようになっています。ですから「急性心筋梗塞」と書いてあっても若年者の早期脱分極であったり,「前側壁の虚血が疑われます」というものが低カリウム血症の心電図だったりします。救急車の中で自動的にST変化の判断ができれば,行き先の病院を絞ったり,早めにカテーテルの準備ができたりするのですが,まだその感度は前壁で80%,下壁で60%程度です(文献2)。さらに側壁や後壁など,解剖学的によりわかりにくい部分では精度がさらに下がると思われます。
心房細動など,リズムの問題はどうでしょうか? こちらもあまり「コンピューターが勝った」と言えるような状況ではなく,心房細動のコンピューター診断は20%くらいの症例で間違っていると言われています。もっと重要なことに,コンピューターに誤診された患者さんの10%に不適切な抗凝固療法が開始されてしまったとする報告もあるので事態は深刻です(文献1)。
確かにチェスと同様,コンピューターもネットワークアルゴリズムなどを用いるようになり,昔ほど偽陽性は見られなくなったと思います。そして,事前にコンピューターが「下読み」しておいてくれると診断がかなり楽なことも事実です。しかし総合判断では,まだ人間に全く歯が立ちません。
正常な心電図の意味
では,件の整形外科医はどうすればよいでしょうか? 心電図一枚一枚に筆者を呼び出すようなことをすると,学生時代以来の友情にも...
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